第十四話「人を殺せない剣」
「得物は、そのデッキブラシで良いのか?」
「お前程度が相手ならこれで十分だ」
「言ってくれるね」
互いに構えながら、余裕の笑みを浮かべる。
エディアールは間合いを探りつつ、鯉口を切る。
機先を制したのはエディアールだった。
抜刀からの斬撃――。
(来る!)
それに合わせて、クリスの左手に嵌めているグローブが緋色に変わる。
ワングリフ――。
『偏角構造強化――角度四十五度』
クリスはデッキブラシに——刻み込む。
エディアールの一閃が、デッキブラシを襲う!
しかし——。
キィィィンィィンィン!
打刀は、甲高い金属音を立てて弾かれる。
「な?!」
エディアールが驚愕の声を上げる。
斬撃はデッキブラシの柄を捉えていた。
そのはずだった――。
しかし、デッキブラシに傷はひとつとない。
相手の動揺を見てとると、今度はクリスが攻撃を仕掛ける。
デッキブラシは、攻撃範囲が長い。
その特性を活かす攻撃スタイル。
振り回すのではなく、隙の少ない突きを、攻撃の軸に据える。
エディアールの顔面や下半身と、狙いを読まれないようにしつつ、時折、脚をなぎ払う。
――攻守逆転。
エディアールは防戦一方になる。
青眼に構えて、デッキブラシの攻撃を的確に受け流す。
エディアールは間合いをあけると、再び刀身を鞘に納め、居合の構えに入る。
さらに——鯉口を切る。
いつでも抜刀できる体勢に入った。
クリスは警戒して間合いを開ける。
それでも、エディアールは抜刀!
キィィンィン!
デッキブラシの先端を捉える!
鈍い金属音!
今度は、僅かに跳ね上げるだけにとどまる。
しかし、エディアールは、そこからさらに一歩前に踏み込んだ。
踏み込みからの袈裟斬り――。
スタン!
竹を割ったような音——。
先端——ブラシ部分が転がりながら、広場から遠ざかっていく。
クリスの手には、柄だけが残されていた。
(こいつ……!)
今度はクリスが、バックステップで間合いを開けざるを得なかった。
「やはりな……。それが至宝の能力か?」
エディアールが掴んだとばかりに、笑みを浮かべる。
「角度による素材の強化か……?」
(気づいたか……)
内心、舌打ちをしつつも、クリスは首を傾げる。
「さて……何のことだ?」
クリスは惚けるが、エディアールは自信のある表情。
「刃の角度に対して50度……いや、もう少し鋭角か?」
探るようにクリスを見つめてくる。
「特定の角度のみ、強度が上がるようにしているんだろ?」
「……」
クリスは何も言わず、黙ったまま。
「それより、お前が持っているその刀……業物じゃないのか?」と、話を逸らす。
「この刀を褒めるか……。まあ、いい——」
エディアールは鼻で笑う。
「確かに業物だぜ。銘は『蒼月』――先月、ネットで取り寄せたんだ」
「まあ、お前には——」
クリスも鼻で笑う。
「不相応な、刀だけどな……」
先程までデッキブラシだった棒を肩に担ぎ、そう言ってのける。
「言ってくれるね」
エディアールは胸のポケットから片眼鏡を取り出して左眼に装着する。
「だが、そんな減らず口をいつまで叩いていられるかな?」
クリスは、相手が装着した片眼鏡が、至宝であることを悟る。
エディアールは居合の構えから一転。
正攻法の青眼に構え直した。
蒼月の切先を、クリスの目線に合わせる。
距離を測るように、そして静かに……間合いを詰めていく。
エディアールが切り掛かる――。
切先の角度を変えながら、変幻自在、縦横無尽にクリスに襲いかかる。
クリスはその切先の角度に合わせるために、どうしても防戦主体にならざるを得なかった。
しかし――。
シュタン!
スタン!
木材が切り落とされる音が、広場に響く――。
すなわち、デッキブラシの柄の先が少しずつ削られていく。
(――くっ!)
堪らず間合いを広げようとするが、エディアールはその行動すら見逃さなかった。
クリスの動きを先読みして、さらに間合いを詰める。
エディアールは、クリスを完全に捉えていた。
姿勢を低くして居合の構えに切り替える。
(まずい!)
クリスは防御にまわらざるを得なかった。
エディアールの抜刀――。
一閃が走る。
デッキブラシの柄は、真っ二つに断ち切られていた。
「残念だったな——」
エディアールは余裕の笑みを浮かべる。
「角度による素材の強化は、別の角度からは脆くなるんだぜ」
「まったく……大したもんだよ」
クリスは真っ二つにされた木片を、後方へ投げ捨てる。
「お前は至宝で、攻撃の度に、俺に気づかせないように僅かに移動させていたんだろ?」
「前や後ろに半歩ほどな。だから角度の調整に、対応しきれなかった……」
クリスは呆れたような表情を見せる。
「器用なことをしてくれる――」
「それに気づいているお前も中々だ——」
エディアールはクリスの言葉に、僅かな警戒心を覗かせる。
「これで……分かっただろ?」
「ああ……」
クリスは俯き、小さい声で呟く。
「よく分かったよ」
「だったら――」
エディアールが何かを言いかけた時だった。
「お前が人を殺せないってのが――」
クリスが鼻で笑った。
「よく分かったよ」
「――!」
その言葉にエディアールの表情が険しくなる。
「お前の太刀筋は見事だよ、エディアール」
やや呆れ気味にクリスは呟く。
「良い師範について修練を重ねたんだろう? それは相対すればよくわかる」
エディアールは無言を貫いている。
ただ、クリスを見つめる眼差しは鋭かった。
「だが、その太刀筋には——」
不敵な笑みを浮かべる。
「僅かだが迷いの色が見えるぜ」
「……黙れ」
「お前の剣術は、上澄みの――」
「黙れと言ってる!」
クリスは止めない。
「純粋かつ洗練された剣術だ——」
むしろ饒舌に話しを続けた。
「だが、それはどこまで行っても——」
「貴族様の——」
「貴族様による——」
「貴族様のための——」
「剣術なんだよ」
「己の精神を鍛えることはできても、人を殺すことはできない」
憎悪を内包した、歪んだ笑み。
「勘違いするなよ、エディアール。俺は別に侮辱しているワケじゃない」
クリスは頭を振る。
「お前は、圧倒的な力量の差を見せつけることで、相手の心を折る戦術をしているんだ」
「殺さない剣術の体現だ——」
クリスは賞賛の拍手を送る。
「実に……素晴らしいよ」
「黙れ!」
エディアールの内心を抉る。
クリスは尚も語り続ける。
「至宝の扱いについてもそうだ」
「空間の支配という能力があれば、俺を圧倒することは容易い」
「それがどうだ?」
「間合いを僅かに動かす程度に留めている」
「だから——殺せる間合いに入っても殺せない」
エディアールは手に持つ刀を、握りしめる。
「お前よりメルローズの方が、よっぽど怖かったぜ」
尚も煽る。
「彼女奴は、完全に殺しにきていたからな」
「うるさい黙れ!」
エディアールの咆哮!
「だったら! 貴様は人を殺したことがあるのか?!」
「いいや――」
クリスは肩を竦める。
「ないね」
「あ? ないクセに、偉そうなことをほざくな!」
それを聞くと、くくくと、声を押し殺して笑い始める。
「何が可笑しい?」
エディアールは苛立ちを顕わにして、クリスを睨めつけた。
「だったら——どうするんだ?」
「どうする……だと?」
「お前には、俺の心が折れている様に映っているのか?」
クリスに問われて、言葉に詰まるエディアール。
「虚勢を張っている様に見えているのか?」
エディアールは視線を僅かに逸らし、黙り込んでしまった。
「互いに譲れないものがあるから——決闘をしているんだ!」
クリスの怒号!
「殺すのがイヤなら! お前が泣いて負けを認めろ!」
「す、素手で……何ができる?」
「関係ない!」
クリスはエディアールから距離をとる。
「無手の技を知らないのか?」
「だったら——懐に入らせなければ問題ない!」
エディアールは刀身を指で撫でる仕草をする。
「認識だ。至宝で、空間を切断する認識をすれば良い」
「太刀筋の迷いを補填するか」
不敵な笑みを浮かべる。
「だが、そう上手く、書架を断ち切った様に斬れるのかな?」
エディアールからの返答はない。
無言のまま刀身を鞘に納め、柄頭を押し込む。
エディアールは居合の体勢に入る。
クリスも身構え集中する。
互いに睨み合いながら、じりじりと自身の間合いを探っていく。
エディアールが……鯉口を切った。
何度も見たその手順を、クリスは見逃さなかった。
鯉口を切る——その動作が、間合いの半歩手前。
すでにクリスは気がついていた。
瞬時に間合いを詰める!
今まで機先を取ってきたエディアールは、僅かに対応が遅れた。
だが——。
瞬息の抜刀――。
(——の野郎! さらに速度を上げるのか?!)
クリスは右脚の蹴りを繰り出す!
(間に合え!)
「な?!」
クリスの蹴りが速かった!
柄頭を右足で押さえ、抜刀を封じ込む!
さらに——。
柄頭の上に乗り上げ、刀を抜かせない。
勢いそのまま——。
右足を軸に、左膝をエディアールの顔めがけて蹴り上げた!
しかし——。
エディアールもクリスの膝蹴りを、咄嗟に右腕で防御する。
体勢を崩す二人。
防御した分、エディアールは体勢を立て直すのが早かった。
クリスは勢い余って、ゴロゴロと転がる。
エディアールは刀を抜くと、上段から起き上がるクリスめがけて振り下ろした。
クリスの頭上に迫る白刃——。
——限界だった。
マレーネはその場で立ち上がる。
『主よ!』
堪えきれず、叫んでいた。
『避けるのじゃ!』
瞬間!
時が止まったかのような静寂が、広場を支配した。
微動だにしない二人――。
「迷いのない――」
クリスは、僅かに笑みを浮かべた。
「見事な太刀筋だったぜ」
「し……白刃取りだと?」
エディアールは鼻白む。
クリスは、両の掌で白刃を挟み込んでいた。
「ああ――これを狙っていたんだ」
そう呟くと、左手のグローブが緋色に変化していた。
刀身に――物語が刻まれていく。
『蒼月は——飴細工の如く、その身は儚く砕け散る』
白刃が、わずかに震えた。
次の瞬間――。
エディアールの持つ刀が儚い音と共に、刀身が砕け散った――。
キラキラと輝きを放ちながら金属片が、粉々になって舞い散る。
……何が起きた?
一瞬の思考停止――。
クリスは、その隙を見逃さなかった。
呆然とするエディアールに向かって、掌底を叩きこむ。
膝から崩れ落ち、そして——。
エディアールは、意識を失った。
◇◇◇
通信が途絶えて15分が経過していた。
不安で堪らなかった……。
何度も連絡を入れてみるが返事がない。
彼の身を案じた彼女は立ちあがろうとした時だった。
テーブルの上に携帯端末が乗せられる。
彼の携帯端末だった。
「あの……相席よろしいでしょうか?」
不意の声——。
ゆっくりと顔を、声の先に向ける。
すると、そこには見知った少年が微笑んでいた――。
標的である——クリストファー・テトレーだった。




