第十三話「誇りと絆」
金色の髪の少年が、正面ロビーの吹き抜けから二階を見上げる。
(あの野郎……!)
舌打ち。
そして携帯端末を取り出す。
「ルー!」
携帯端末を手に、声を張り上げる。
「あの野郎、火災警報器を作動させやがった!」
『え? 警報器を——?!』
驚きの声。
「そっちで確認できないのか?」
『待ってください——今やってます!』
「俺のいる一階の正面ロビーには、人が押し寄せてきているぜ」
利用客と何度もぶつかるので、少年は舌打ちをした。
『標的の現在位置は、二階ですか?』
上を見上げると、標的が奥へと走り去るところだった。
「ああ——いま、二階の奥に走って行った!」
『あれ? 監視カメラの映像——』
戸惑いの声。
『どうして……?』
「ルー! どうした?!」
『監視カメラを支配下におけない!』
「至宝が支配できない?」
(まさか、あいつ……?)
「それなら追いかけるぞ!」
少年は二階に向かうエスカレーターを駆け上がる。
二階の警報器の前に人が集まっている。
周辺を見渡す。
(どこだ……? あの野郎!)
『二階の奥には非常用の外階段があります』
携帯端末から聞こえる声に焦りがうかがえる。
『そこから逃げた可能性も……』
「ああ——だが、そう見せかけて、潜んでいる可能性もある」
少年は走り出した。
「ルー! お前は引き続き、認識阻害を継続していてくれ!」
『わかりました……』
専門書の書架が並ぶエリアを走り、確認して回る。
(どこだ……? どこに行った?)
(此処にもいない——それなら……)
二階フロアをしらみ潰しに捜索するが、標的の姿は見つからなかった。
ふと、二階北側の奥に非常口が見えた。
(まさか——逃げたのか?)
『ルー! 二階にはいない! 外階段から下りるぞ!』
少年は非常扉に駆け寄ると、勢いよく扉を開ける。
その時だった——。
館内にアナウンスが流れ始める。
しかし、緊急避難を告げるものではなかった……。
『え~。シャルル・エディアール君。シャルル・エディアールくん』
おちょくるような声——。
しかも、名指しで呼ばれる。
『クリストファー・テトレー様が決闘を希望されております――』
(決闘——だと?)
『一階の中央広場だ! 逃げずに来いよ——三銃士の名が泣くぜ!』
「あの野郎……舐めやがって!」
『シャル! 落ち着いて!』
「落ち着いているさ! ルー、お前は認識の阻害を継続していてくれ!」
『待って! せめて監視カメラの情報を私が支配下に置いてから――」
「これは俺が売られた決闘だ! ルー! お前のサポートはいらない!」
少年は携帯端末を切ると、一階の中央に位置する広場へと足を向けた。
◇◇◇
クリスは誰もいなくなった中央広場に、ポツンとひとり立っていた。
マレーネは彼の傍らにあった腰掛けに座っている。
『主よ……』
頬杖をつきながら、マレーネはクリスの手にした得物に視線を向けていた。
「なんだ? マレーネ」
『決闘を申し込んだ主の勇敢さに——』
マレーネは嘆息を漏らす。
『妾はときめいたのじゃがのぉ』
「さらに惚れたとは——」
まんざらでもない表情。
「照れるじゃないか、マレーネ」
『たわけ! 呆れておるのじゃ』
クリスが手に持つ物体を指さす。
『何じゃ、その手に持つ得物は?』
「デッキブラシだよ」
マレーネの方に突き出す。
『そのくらいは知っておる!』
「ほら——」
クリスは後ろに見える洗面所を指さす。
「あそこの用具入れに置いてあった」
『そうではない!』
荒げた感情を鎮めようと、深呼吸。
『主は……それで彼奴の業物と渡り合うつもりなのか?』
「そのつもりだが?」
当然のごとく言い放つ。
『いくら主が剣術に長けていたとしてもじゃ』
今度は、ため息を一つ。
『それでは無理じゃろ?』
しかし、クリスは余裕の笑み。
「それを補えるのが至宝の能力だろう?」
『ほう?』
マレーネが少し興味を持ち始める。
『何か……秘策を思いついたのか?』
「秘策って、程のものじゃない。あくまで物理法則の――」
クリスは人の気配を感じ、口を閉ざす。
金髪の少年——シャルル・エディアールだった。
黒塗りの鞘に収まった打刀を手にしている。
ゆっくりとこちらへ近づいてくるエディアールに向かって、クリスはポケットから取り出した物体を放り投げた。
クリスの手を離れ、放物線を描いたソレは、ズチャ……という、妙な音を奏でてエディアールの足元に落ちる。
それを見て、エディアールは立ち止まった。
「よう――待ちくたびれたか?」
爽やかな笑みを浮かべる。
「——クリストファー・テトレーくん」
「いや――そうでもないかな?」
それを受けて、クリスもにこやかに微笑む。
「——シャルル・エディアールくん」
二人は互いに仮面のような笑みを浮かべる。
「なあ……」
エディアールが足下にある物体を指さす。
「お前が投げた——コレは何だ?」
「決闘を申し込んだまでは良かったんだが——」
肩を竦める。
「手袋の持ち合わせがなくてね……」
クリスは人の悪い笑みを浮かべる。
「ほら——拾えよ」
「ふざけるな!」
足元に落ちている白いゴム手袋を蹴飛ばした。
その行動を見て、クリスはニヤッと笑みを浮かべた。
「なるほど……どうやら決闘よりも、話し合いで解決したいって言うんだな?」
うんうんと頷く。
「今さら——」
エディアールが、鼻で笑う。
「何を話し合うって言うんだ?」
「ひとつ——」
クリスは人差し指を立てる。
「訊ねたいことがあるんだが?」……いいか?
「ああ——冥土の土産に、答えられることなら答えてやる」
「だったら単刀直入に訊く。俺を付け狙う理由はなんだ?」
クリスは気になっていた疑問を口にする。
「俺は塋域からすでに出ているんだぜ?」
「俺には仲間がいる——」
ため息交じりに呟くと、エディアールは肩を竦めた。
「腐れ縁だが……俺にとっては姉であり——妹でもあるんだ」
(二人……?)
「メルローズとウェッジウッドのことか?」
「ああ、そうだ!」
鋭い眼差し。
「お前はウェッジウッドの信用を貶めたんだ!」
「あ? 何を——」
「今さら言い訳か?! さらに貴様は、メルローズも虚仮にしたんだぞ!」
クリスの言葉を遮る。
「話しが通じないな……」
今度はクリスが肩を竦める。
「黙れ! 貴様は、二人の名誉に傷を付けたんだ!」
(そうかよ……)
「話し合いによる解決は——」
クリスの足下に、白い手袋が投げつけられる。
「お前から申し込んだ決闘だろ?」
鼻で笑う。
「だが、そうだな……。お前が泣いて二人に許しを乞い——」
(許しを乞い? まあ……頭を下げて済むなら——)
「盗み出した至宝を、渡すのであれば、話し合いの席を設けてやる」
「二人に詫びを入れるのは構わないが——」
首を横に振る。
「至宝はすでに所有権の登記を済ませてあるんだ。返せってのは筋が通らないぜ」
「だったら、金をくれてやる!」
「……あ?」
その言葉に、クリスは苛立ちを見せる。
だが……それを少し離れた所で聞いていたマレーネは目を見開いた。
不安がこみ上げてくる。
そして、クリスの横顔を凝視する。
「そうだな……」
エディアールは少し考え込む。
「至宝オークションの平均取引額の——ロイヤルディール金貨30枚でどうだ?」
(やれやれ……これだから貴族は……)
「——新紙幣にすれば、5000ディールにはなるぜ」
エディアールの嘲笑。
クリスは黙ったまま、考え込むように俯いた。
その姿を——マレーネは心配そうに見つめていた。
焦燥……不安……が、心中からこみ上げてくる。
『主! まさか妾を――』
マレーネが言いかけた、その時だった。
「エディアール!」
クリスは顔をあげて、相手を睨みつける。
「お前に訊くが――その金額を支払えば、メルローズとウェッジウッドに対する非礼を見逃してくれるのか?」
「は? 何を言っているんだ?」
エディアールは鼻で笑う。
「お前は二人のプライドを傷つけたんだ! 金で解決など、できるわけがない!」
「だったら! 交渉は不成立だ!」
「な……?!」
エディアールは鼻白む。
「決闘を申し込んでおいてなんだが——」
足元に落ちている手袋拾い上げた。
「お前からの決闘を受け入れるぜ!」
「バカが……」
エディアールは居合の構えに入る。
「浮かれるのも大概にしろよ?」
相対するクリスは、デッキブラシを構える。
「浮かれているように見えるのか?」
「ああ! 見えるぜ!」
エディアールの挑発。
「平民上がりの貴族が! 偶然手にした至宝で、調子に乗ってるようにしか見えないぜ!」
「この至宝は——」
クリスは俯いたまま呟く。
「絆なんだ」
「絆……だと?」
エディアールは鼻で笑う。
「誰との、だ?」
「お前に教えるかよ……」
クリスはマレーネの座る方へと近づいていく。
「心配するな、マレーネ」
マレーネを一瞥して、ウィンクをしてみせる。
「短い間柄だが――何もない俺たちが、唯一手にした絆だ」
ハッとして、クリスの横顔を黙ったまま見つめていた。
「そう簡単に手放してたまるか」
マレーネは、クリスの姿が何故かにじんで見えていた。
「安心しろ——」
クリスは相手を見据えたままだった。
「お前はそこで見ているだけで良い」
マレーネは黙ったまま……小さく頷いた。




