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神との対話

「うう……ひどいよ」


「はいはい、よしよし」


 モンスターと勘違いされて、ミカさんに危うく両断されかけたアルラトが、私に抱き着きながら泣きついてくる。どことなく演技っぽく見えなくもないけれど……可愛いので許す。


 サクラたちが復活し、皆で笑い合っていたところへ、複数の腕が生えた異形の姿をした傷だらけのアルラトが近付いてきた。その結果、ついさっき転移してきたばかりのミカさんが、モンスターの生き残りだと勘違いして斬り伏せてしまったのだ。


「……すみません。まさか階層ボスが仲間になっていたとは、(つゆ)ほども思わず」


 転移直後で状況把握も追いついていない中、ゲーム設定では仲間にならないイレギュラーな存在のアルラトを敵と勘違いするのは当然だろう。二十階層のレイドボスが仲間になる。そんな設定は、開発に関わったハーちゃんですら知らないのだから。問題は、咲耶の回復魔法(リカバリースペル)でアルラトを治療できないことだった。


 ハーちゃんによると、アルラトは設定上“階層ボス”として扱われているため、プレイヤーの回復魔法(リカバリースペル)を受け付けないようになっているらしい。……言われてみれば、ごく当たり前の話だ。実際、“索敵”でもアルラトは敵を示す赤色のマーカーで表示されている。


 つまり――便宜上は仲間と名乗っていても、この世界そのものはそれを認めていない。そんな状態らしい。蘇生薬が存在しなかったり、ワープポータルが使えなかったりと、ゲームとの相違点が多いことも気になるところだ。


「しかし、ハーデスがSMOの開発関係者だったとはね、驚きだよ。この世界も何か新しいゲームのアルファテストなのか?」


「違うな。この世界がSMOを真似ているのは事実だが、今の現実は我々の技術力の範疇を大きく超えている。我程度では理解が追いついていない」


 ハーちゃんは珍しく、中二病じみた言い回しを避けて答えた。この話題は、誰もが抱いている疑問そのものだった。結論など出せないから考えないようにしていたんだけれど…。


 けれど――このゲームそっくりな世界は、一体何なのだろう。そもそも、暗黒神ザナファを倒せば現実世界へ戻れるのではなかったのか。改めて様々な疑問が頭を巡る。浮かんでは消え、浮かんでは消える。


 そんなことを考えていた時だった。不意に、周囲の空気が変化したような感覚を覚える。気圧が急変した時のような、耳鳴りにも似た違和感だった。


『暗黒神ザナファの討伐、おめでとう。君たちは今日より、この世界の英雄だ』


 フロア全体へ、声が響き渡る。男の子のようにも、女の子のようにも聞こえる、不思議な声だった。皆は一瞬で武器へ手を掛け、警戒態勢を取る。しかし、生物の気配はない。私の“索敵”にも何一つ反応がなかった。


「何者だ! どこから喋っている!」


 ミカさんが中空へ向け、大声で叫ぶ。明確な位置は分からない。だが、その直後――クスクスと小さな笑い声が響いた。まるで私たちの反応を楽しんでいるかのような。そんな笑い方だった。


『フフッ……自己紹介がまだだったね。僕は、この世界を造った“神”みたいなモノだよ。一応、はじめまして……と言っておく』


 神を自称する存在の出現に、その場にいた全員が息を飲んだ。


 この感覚には覚えがある。カジノでの一件だ。あの時はスロットマシンのモニターに映る妖精の声を通して話しかけてきた。――たぶん、同一人物。


「ご存じかもしれませんが、私はミカエル=アルファと申します。神様、一つ質問をしてもよろしいでしょうか?」


 ミカさんは剣の柄から手を離し、片膝をつくように姿勢を正して神へ問い掛ける。その優美な所作に一瞬見惚れてしまったが、私は慌ててミカさんにならい腰を落とした。他の皆も同様に姿勢を正す。


「我々がこの世界へ来た理由とは、何なのでしょうか? そして、この世界は現実なのでしょうか?」


 誰もが知りたかった疑問だった。この世界へ連れて来られた意味。そして、ゲームそっくりに造られたこの世界の正体。皆が何度も話し合い、様々な仮説を立ててきた問いだ。


『うん、特別に教えてあげよう』


 神は楽しそうに声を弾ませる。


『この世界はね、君たちがいた三次元世界をベースにして、SMOっていうゲームのシステムを加えてアレンジした世界なんだ。僕……と、僕の生みの親が作ったんだよ』


 ……意外性のない答えだった。むしろ予想通りすぎて、別の意味で驚いてしまう。思わず「まんまじゃん!」とツッコミを入れたくなるくらい拍子抜けだ。あと、神に親がいるというのも妙に人間臭い話だった。


『意外と驚いてないみたいだね』


 どこか面白がるような声が響く。


『理由は……そうだね。もうすぐ“約束の(とき)”だからかな』


 少し間を置き、神は続けた。


『君たちには、その時のために近くへいてもらいたかった。……それだけだよ』


 含み笑いを浮かべているような、不思議な抑揚だった。


 “約束の(とき)”。


 初めて聞く言葉だ。その場の誰も意味を理解できず、互いに顔を見合わせる。


「現実世界の拙者たちは、結局どうなったのでござるか? もしや、すでに死んでいるのでござるか?」


 今度はサクラが口を開いた。それもまた、皆が抱いていた疑問だ。私たちは転移してきたのか。それとも死んで転生したのか。どちらもファンタジーじみた話ではあるけれど、その意味は大きく違う。


『君たちは現実世界で、ちゃんと生きているよ』


 神はあっさりと答えた。


『この世界とは時間の流れが違うからね。君たちの言う現実世界では、SMOのサービス終了からまだ一分も経っていないはずだよ』


「一分……?」


 思わず誰かが呟く。神はさらに続けた。


『君たちの言葉で説明するなら、精神だけがこの世界の肉体へ定着している状態かな。そんな風に考えてくれればいいよ』


 その言葉に、私は思わず息を吐いた。この世界では、もう一年近く生活している。それなのに、現実世界では一分も経っていない。驚きはあった。でも、それ以上に安堵が大きかった。……死んでいなくてよかった。


 この世界を気に入っている自分はいる。けれど、それでも現実世界への未練が完全になくなったわけではない。私たちは互いに顔を見合わせる。そして誰からともなく、小さく笑みを浮かべた。皆が同じように安堵しているのが分かった。


「その、"約束の(とき)"とは何なのでしょうか?」


『‥‥‥それについては、"その日"が訪れてからのお楽しみかな。もうしばらく、この世界で冒険を楽しんでもらえると嬉しい。この世界はよく出来ているだろう?』


 軽くあしらわれたような、はぐらかされたような回答だった。皆は特に気にしていない様子だけど、私は少しだけ引っかかる。声の抑揚が、その(かす)かな違和感を伝えてきたような気がしたからだ。


 気さくな神様との会話にも慣れ、皆は代わる代わる質問を続ける。そして気付けば、小一時間が経過していた。


「――状況は(おおむ)ね理解しました。最後に神様、私たちは現実世界へ帰ることはできるのでしょうか?」


『帰れるよ。僕の力でいつでもね。うーん、そうだね‥‥‥ゲームのストーリーモードまではクリアしたわけだけど、追加レイドボスを全部倒してみるっていうのはどうかな? せっかく造ったわけだし、楽しんで欲しいな』


 ――追加レイドボス。


 SMOではストーリーモードをクリアしてようやく中堅プレイヤー。そこから先は、際限のないランカーへの道が用意されている。大型アップデートにより暗黒神ザナファよりも強力な追加のレイドボスが多数存在していた。神様は、その追加レイドボスがこの世界にも存在すると明言したのだ。


 皆の死を目の前で経験した私は、以前のようにこの世界をゲーム感覚で楽しめるかどうか分からない。……けれど皆は、いつでも現実世界へ帰れるのなら楽しもうという結論に達していた。まぁ、ミカさんの盾があれば蘇生できるし、今後は安全なんだろうか。


『あ、そうそう。暗黒神ザナファを倒した記念に"ワープポータル"を起動させたから、上手に活用すると良いよ。あと、その魔人も仲間として再設定しておいたからね。フフッ、それじゃまたね』


 神様はそう言い残すと、まるで学校帰りの十字路で別れるかのような気軽さで会話を打ち切った。そして、周囲を包んでいた不思議な感覚と雰囲気が元へと戻る。急に緊張の糸が切れ、私はその場に座り込んだ。


 なんだろう。感覚的なものだけど、あまり良い気分ではない。その原因が何なのか、私には察することもできなかった。


「――神を自称するとは胡散臭い」


 珍しく神様に対して一切質問をしなかったハーちゃんが、誰に言うでもなくポツリと呟く。私は最初、"暗黒神ハーデス"という名前のハーちゃんが、自分を棚に上げた高度なギャグを言ったのかと思った。しかし彼の表情は真剣そのものだった。


「うむ。一度街へ帰還し、分かった情報を整理する必要があるな。ミカエルにも現状を把握してもらわないと」


 ドッちゃんの言うことはもっともだ。こんな地の底からは早く出て、フカフカのベッドにダイブしたい気分だった。


 そういえば神様がワープポータルを使えるようにしたと言っていたことを思い出し、一つ前の49階層へ戻って周囲を調べると、小さな遺跡のような構造物に囲まれた魔法陣が光を放っていた。


「ボス前とダンジョン入口を繋ぐワープポータルでござるな」


「ええ、確かに起動しているようですね」


 ワープポータルは大抵、ダンジョン入口と内部のボス前階層に設置されており、各村や街、城や砦のような拠点にも配置されている。今までの旅の中で何度か見かけてきたけれど、どれも起動していなかった。暗黒神を倒したことで使用フラグが立ったということだろうか。


 私たちは慎重に魔法陣へ足を踏み入れる。すると瞬時にアビスダンジョン入口へと移動した。どうやらアルラトを仲間に設定したという話も本当だったようで、彼女も私たちと一緒にアビスダンジョンの外へワープしてきた。生まれて初めて目にする外の光景に、アルラトは瞳を輝かせていた。


 ちょうど朝日が昇りかけている時間なのだろうか。紫色の雪景色を鮮やかに照らす光が、水平線の彼方から昇り始めている光景はとても美しかった。私たちは、その足で船着き場へと向かう。


 港が見えると、そこにはギュノス国の国旗が多数立てられており、来た時よりも大人数の騎士団たちの姿が見えた。私たちの姿を発見したようで、大勢の騎士たちがこちらへ向けて駆け寄ってくる。その先頭にいるのはゴウト騎士団長だ。数ヶ月という月日を思わせるように、綺麗に剃り上げられていた頭には芝生ほどの長さの髪が生え揃っていた。


「おお、皆さま。よくぞご無事で……!」


 何ヶ月でも待つとの約束通り、来た時と変わらぬ懐かしい顔ぶれを見て、なんだか嬉しい気持ちが込み上げてくる。しかし、一同の視線はある一点へと集まっていた。そう、来た時にはいなかったギルドマスターのミカさんにだ。


 当然と言えば当然だろう。彼の姿は、まさに大天使そのもの。純白の六枚の翼に荘厳な武具。麗しくも気高い佇まいにはアクセサリ効果の後光が射し、人とは思えないほど整った顔立ちと均整の取れた体躯。まさに天界より舞い降りた大天使。仮に全ての装備を外したとしても、男なら誰もが目を奪われる絶世の美女なのだ。


「あ、あの……シノブ様。そちらの御方は……?」


 ゴウト騎士団長は私の方へと駆け寄り、なぜか小声で問いかけてきた。その頬は微かに高揚したように薄紅色に染まり、若干表情が緩んでいるのが分かる。給仕服姿の私と対峙した時とは、えらく反応が違うな。相手はああ見えて中身は男なんだけどな……。っていうか、この空間に女性は私一人と言っても過言ではない。


 釈然としない感情を押し隠しながら、私はミカさんとアルラトを紹介する。ミカさんはダンジョンの途中で再会した旧友。アルラトはその同行者という設定にした。機転を利かせたサクラが有る事無い事を話し、ゴウトは興味深そうにそれを聞いていた。当然、アルラトが魔人であることは伏せている。


「そうでしたか。それにしても、ダンジョン内部で旧知の御友人と再会できたのは僥倖でしたな。ささ、船の準備はできております。凱旋としましょう!」


 まるで魅了の状態異常でも受けたかのように、騎士たちはミカさんを明らかに特別扱いし始めた。そして、その状況に露骨な嫉妬を見せ始めるサクラと咲耶。今まで自身の美貌を武器に男たちから都合よく奢らせたりしてきたネカマたちが嫉妬している光景を見て、正直かなりドン引きである。


 私たちはギュノス国の大型船へと乗り込み、ハルモニア大陸を出航した。一路、ギュノス国への帰路へと帆を進める。久しぶりの個室。ベッドに浴室、そしてトイレ。


 ごく当たり前に使用していた設備に、私は改めて便利さと、それがあることの幸せを感じた。シャワーを浴びて軽く食事を済ませ、個室に備え付けられた柔らかなベッドへ飛び込み、そのまま深い眠りへ落ちる。


 微睡(まどろみ)のなか、窓から射す光で目を覚ますと、船は快晴の大海原を進んでいた。流れる景色を眺め、翌日も休息日にしようと皆で話していたのを思い出す。軽く伸びをして改めて布団へと潜る。その日、私は(みずか)らの欲望に忠実に従い、ひたすら寝て過ごした。

お読みいただきありがとうございます。

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