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異世界で最も美しい土下座

「ミカさん! ミカさん!」


 私は上空で落下し始めたミカさんへ向け、ありったけの声量で叫んだ。アクセサリ「神格の後光」が放つ光の粒子を振り撒きながら、彼女は中空から自由落下している。


 私やサクラが転移した時は、気を失った状態で草原に倒れていた。見たところ、ミカさんも気絶している。そんな状態で数十メートル上空から落下したら、いくらミカさんでも…


 ――そう考えた瞬間、私は改めて上位ランカーのギルドマスターという存在を思い出す。彼女は、“超硬い”のだ。


 聖騎士最高位“ロード”の職業特性「ディフェンスバースト・クラウン」。さらに、ボーナスポイントを“防御極振り”へカスタマイズしているミカさんなら、無傷かもしれない。……いや、でも駄目でしょ。起きないなら、受け止めなきゃ!


「ミカさん、起きて!」


 私は叫びながら、彼女の落下予想地点へ向かって走り出した。その時、一つの案を閃く。


 名案――とは言えない愚案だけど、一か八か。私はクナイを数本、ミカさんへ向けて投擲する。上手く刺されば、目を覚ますかもしれない。


 高速で飛んだクナイの一本がミカさんの額へ直撃した瞬間、鋼鉄同士が衝突したような甲高い音が響いた。彼女に直撃したクナイは弾かれたように方向を変えて落下する。そして同時にミカさんの瞳が開く。彼女は、自分の置かれた状況を理解できていないようで、困惑した表情のまま周囲を見回していた。


「ミカさん! ザナファに(とど)めの一撃を! お願い、皆の(かたき)を!!」


 私の叫びに気付いたミカさんは、一瞬だけこちらへ視線を向け、すぐに眼下の暗黒神ザナファへ向き直る。リアルで医学生だった彼女なら、混乱しながらでも、今の状況を即座に把握して対応できるはず。


 ミカさんが天空へ宝剣「ウリエガノフ」を掲げる。次の瞬間、“神如聖威光輝(ホーリーレイ)”の光柱がザナファ本体へ直撃した。さらに、落下と重なるように、彼女の宝剣が一層強い輝きを放ち始める。


原初の光剣(オリジンレイブレイド)!」


 クリスの扱う“天業ノ黒(てんごうのくろ)”すら凌駕する(まばゆ)い光の粒子が、宝剣を包み込む。そして、巨大なエネルギーの光剣が形成された。落下速度を乗せるように、その光剣が振り下ろされる。半壊したザナファの兜、その中心を捉え――斬り裂いた。


 闇を振り払うように光の大剣がザナファの巨体を切り裂き、その身体を霧のように崩壊させていく。腹部にあたる蜘蛛の複眼を押し潰し、胴体から膨れ上がった腹部に至るまで、巨大な光刃が余すことなく両断した。


 巨大な断末魔がフロア全体へ響き渡る。そしてザナファは闇の霧となり、ミカさんが地面へ着地すると同時に、完全消滅した。


 濃い紫色の雪と瓦礫に覆われたフロアへ、空から光が差し込み始める。巨大な雲に覆われていた空が晴れ、フロア全体へ明るさが戻っていった。温かな日差しに包まれながら、私は壮絶な戦いの終焉を実感する。


 “勝った……勝ったんだ。皆、勝ったんだよ”


 嬉しさ。悲しさ。安堵。そして、極限まで張り詰めていた疲労。様々な感情が一気に溢れ出し、私はその場で膝をついた。自然と涙が零れていく。眼前に立つのは、神々しくも可憐なギルドマスターの姿。ゲームの中でも、圧倒的なカリスマとプレイヤースキルを誇っていた彼女は――この世界でも健在だった。


 ――――うん?


 脳内で生じた些細な違和感。ミカさんが転移してきた瞬間からの光景を思い返していた。最初は、何に違和感を覚えたのか自分でも分からなかった。けれど、“とある”場面が脳裏で再生された瞬間、パズルのピースが嵌まるように、その正体に気付く。


 そう――"彼女"が「原初の光剣(オリジンレイブレイド)!」と叫んだ瞬間だ。


 私は確かに聞いた。ミカさんが、男性の声で究極特殊技能(アルティメルスキル)を叫んでいた。あれが地声だとするなら……間違いない。


 “彼女”……いや、“彼”は、間違いなく男性だ。サクラたちと同じ、俗にいう――「ネカマ」。


 リアル女性限定を入会規約に掲げるギルドのギルドマスターが、まさかの男性でネカマプレイをしていた。その事実を知っても、あまり驚かなかった自分に、思わず「……ぷっ」と吹き出してしまう。


「ミカさ~ん!」


 私は手を振りながら、“彼”へ駆け寄った。ミカさんは一瞬、大きく口を開き返事をしようとしたが、すぐに口元を押さえ、言葉を発するのを躊躇する。やっぱり、長年騙してきた――そんな後ろめたさがあるんだろうか。むしろ、こういう状況に慣れてしまっている自分の方が異端なのかもしれない。


「ミカさんって、男の人だったんだね。気にしてないから、喋っても大丈夫だよ」


 私は出来るだけ柔らかく声を掛けた。ミカさんは明らかに気まずそうな表情で視線を左右へ泳がせ、やがて俯き気味のまま上目遣いで私を見る。そして、小さく口を開いた。


「こ、これは……この声は、たぶんバグです」


 まさか、どこかの誰かさんと同じ言い訳がミカさんの口から飛び出すとは思わなかった。まぁ、たった今この世界へ転移してきたばかりだ。混乱しているのも無理はない。


 私は、この世界について掻い摘んでミカさんへ説明した。理解し難いという表情を浮かべながらも、彼は現実に自分の置かれた状況や身体の状態を確認し、半ば無理やり納得したようだった。その感覚は凄く分かる、私も最初は戸惑った。……私の場合は驚きの方が大きかったけど、少し嬉しくもあった。


「にわかには信じ難いけれど、この身体は確かに自分のキャラクターそのものだ。感覚もちゃんとある。シノブは、そのままの声なんだね」


「うん。私はもともと地声でプレイしてたから。他の皆も、音声チャット機能が切れて男の地声になってたし、もう驚かないよ」


 私がそう話すと、ミカさんは気まずそうに苦笑した。会話を重ねる内に多少は罪悪感が和らいだのか、わずかに安堵したような表情を浮かべる。


「ところで、皆はどうしたんだ? 姿が見えないようだが」


 ミカさんの言葉を聞いた瞬間、私は現実へ引き戻されたようにハッとする。私とアルラト以外、全員が暗黒神ザナファの攻撃により全滅させられた。そして――皆を復活させる手段は、今のところこの世界には存在しない。


「み、皆は……この戦いで死んだんだよ」


「そうなのか? では、すぐに蘇生しないと。シノブ、“索敵”で皆の場所は分かるかい?」


 ミカさんは、ゲームと同じ感覚で自然にそう口にした。この世界へ転移したばかりなのだから、歪められた設定を知らないのも当然だ。


 私は、この世界では蘇生薬や、それに準ずる魔法(スペル)が失われていることを説明する。話を聞いたミカさんは、自分のストレージを確認した。当然と言えば当然だけど、そこに入っていたはずの蘇生薬は消えていたようだ。魔法(スペル)についても、詠唱自体は出来るが、“発動している感覚がない”らしい。


「……確かに、ゲームの世界とは少し違うようだね。では、これはどうかな」


 そう言って、ミカさんは左手に装備した小型の盾を私へ見せる。純白の装甲に金色の装飾が施されたその盾は、鎧と同じ意匠で統一されていた。周囲の魔力(マナ)を帯びるように、青白く淡い光を放っている。


「……この盾は?」


「これは“ヒルドルの盾”。高い防御力と回避率を持ち、特殊効果として一定範囲内のプレイヤーをLP(ライフポイント)10%の状態で復活させることができる」


 そういえば、大規模レイド戦が開催された時、ミカさんに誘われて参加したことがある。その時、何度か使用しているのを見た覚えがあった。回復量は少ないけれど、範囲内のプレイヤーを同時に複数蘇生できる便利な装備だと感じた記憶がある。咲耶の持つ“雷槌ミョルニル”に付与されている“神ノ雷(ディトニトル)”と同じような特殊な武具なのだろう。


 急に、闇に閉ざされていた道へ光が差し込んだような感覚がした。私の中に希望が湧き上がる。すぐさま“索敵”と“影分身”を使い、サクラの砕け散った氷塊の周辺へ、皆の亡骸を集めた。


 一抹の希望を込めるように、私は両手を重ね、静かに目を閉じる。ミカさんはヒルドルの盾を高く掲げ、小さく言葉を呟いた。その瞬間――(まばゆ)い光が周囲を包み込み、光の霧雨が降り注ぐ。


 ――――奇跡。


 そんな言葉を実感したのは、これで二度目だ。一度目は、“神”と呼ばれる存在が引き起こした、カジノでのJACKPOT(ジャックポット)。そして、今回が二度目。


 回復魔法(リカバリースペル)とは明らかに何かが違う。説明は難しい。けれど、周囲の魔力(マナ)の流れそのものが異質なのを、肌で感じ取れた。舞い落ちる光の粒子が、ドッちゃんの欠損した身体へ吸い込まれるように定着し、失われた肉体がみるみる再生していく。


 咲耶とハーちゃんは、傷が完全に塞がる前に早々と意識を取り戻した。私は改めて“索敵”を使用し、情報を更新する。死亡を意味していた灰色のマーカーが、生存プレイヤーを示す青色へ戻っていた。


「……隕石が降ってきて、その後の記憶がないですね」


「フッ、奈落の深淵へ赴いていたのではないか?」


 ハーちゃんは、つまり「死んでいたのではないか?」と言いたいらしい。私は涙目になりながら、笑顔で頷いた。2人は不思議そうな表情で、自分の身体を確認している。そして当然のように、ミカさんの姿を見つけた瞬間、驚きの声を上げた。


 ミカさんは少しバツの悪そうな表情を浮かべていたが、2人の声を聞いて、何かを察したようだった。


 そして――最大の奇跡。サクラの肉体が、光に包まれながら完全な状態で復元されていたのだ。咲耶は、全員の傷を癒すため回復魔法(リカバリースペル)を発動する。ヒルドルの盾による蘇生は、あくまで瀕死状態での復活で、怪我までは治らない。咲耶はそれに気付いたのだろう。周囲を漂う光の粒子へ重なるように、さらに温かな癒しの光が降り注ぐ。


「あったかい」


 蘇生の光。回復の光。二つの光が、身体の傷だけではなく、心の傷までも癒してくれるようだった。満ち足りた静かな時間が流れる。その優しい空間に浸っていると、聞き慣れた声が耳へ届き、私は意識を現実へ戻した。


「拙者はどうなったでござるか? 暗黒神ザナファは……」


 視線を向けると、どこか惚けたような表情のサクラが、周囲を見回していた。そしてドッちゃんも姿勢を起こし、自分の身体を確認している。私は思わずサクラへ飛び付き、そのまま強く抱きしめる。伝わってくる体温と鼓動。それによって、彼が本当に生き返ったのだと実感できた。


「シ、シノブ殿。急にどうしたでござるか? いや、こういうのは2人きりの時に……」


「馬鹿、なに言ってんの。サクラはバラバラになって死んでたんだよ……。もう生き返らないかもって……グスッ」


「も、申し訳ないでござる」


 サクラはそう言って、子供をあやすように私の頭を撫でる。


 しばらく泣き続け、ようやく顔を上げた瞬間――にやけた表情のサクラが視界に入り、私は自分の大胆な行動を急に客観視してしまった。……抱き着いちゃってる。私はそっと身体を離し、小さく「……お帰り」と呟く。するとサクラは、どこか照れくさそうに笑いながら、「ただいまでござる」と返してくれた。


 後ろで回復魔法(リカバリースペル)を使っている咲耶が、「私もバラバラになれば良かった……」と呟いている気がしたけれど、聞かなかったことにしよう。


「……どうやら、上手くいったようだね」


 全員の蘇生を見届けたミカさんが、ここで初めて口を開いた。皆の地声を聞いた上で、満を持して話し始めた――そんな印象だった。当然というべきか、返ってきた反応は予想通り。


「え……」「…はっ?」「…………」「……む」


 先ほど私がネタバレしてしまったので、「バグだ」という言い訳はもう使わないようだ。皆も、自分のことは棚へ上げつつ、「こいつネカマだったのか……」と言いたげな微妙な表情で沈黙している。


 ほんの少しだけ、気まずい空気が流れた。


 ……ここ、私が上手く仲裁しないといけない場面なのでは? そんなことを考えていると、ミカさんがその場で土下座を始めた。それは無駄な動きが一切ない、妙に洗練された完璧な土下座だった。大天使を模した峯麗(みねうるわ)しい姿で土下座をする光景は、何とも言えずシュールだ。ある意味、宗教的冒涜にすら見えるかもしれない。


「私はリアル性別を女性と偽り、長い間皆を欺いていました。弁明のしようもございません」


 そう言って、地面へ額が着くほど深々と頭を下げる。ついさっき「バグ」と誤魔化そうとしていた自分への反省も含まれているのだろう。


 ……なんだか気の毒な光景だった。そして皆もまた、どこか居心地の悪そうな表情を浮かべている。その時、ドッちゃんが静かに口を開いた。


「……一つ、私からも説明させてほしい。もともと“女性限定”というギルド規約は存在しなかったんだ」


「えっ!? そうなの?」


 思わず反射的に聞き返してしまう。ギルド拠点には規約が書かれたボードが大々的に貼り出されていて、その第一項に“リアル女性であること”と明記されていたのを覚えている。サクラと咲耶も意外そうな表情を浮かべていた。一方で、わりと初期からのメンバーだと聞いていたハーちゃんだけは、特に驚いた様子を見せない。


「……うむ。既に引退済みの創設メンバー2人が勝手に作り、いつの間にかそれが正式な規約として定着した……というのが正確だ」


 なんだか、噂や都市伝説の形成過程みたいな話だ。尾鰭(おひれ)背鰭(せびれ)が付き、些細な話が、さも事実であるかのように広まっていく。そして、気付けば信実として定着してしまう。


 昔聞いた話では、ミカさんとドッちゃん、そしてもう2人の4人で作ったのが、ギルド“深紅の薔薇”の始まりだったらしい。4人がどう出会ったのかは知らない。でも、ドッちゃんの話が本当なら、ミカさんはある意味――“ネカマを演じざるを得ない状況”へ追い込まれてしまったのかもしれない。しかも、規約内容の“女性限定”というのが、妙に胡散臭い。もしかすると、その引退済みの2人も、本当に女性だったのか怪しいところだ。


 ……いや、これは流石に勘繰りすぎかな。そうこう考えていると、不意に隣のサクラが口を開いた。


「まぁ、拙者達も人のことは言えた口ではないでござる」


「え、ええ。そうですね。むしろ我々も、シノブちゃんへきちんと謝らないといけないのでは……」


「…………」


 サクラ、咲耶、ドッちゃんの3人が顔を見合わせ、何やらヒソヒソと小声で話し合う。そして次の瞬間――私を正面に据え、ミカさんの隣へ並ぶように土下座へ参列した。


 ……何これ。どういう状況?


「いや、何これ。突然どうした……」


 あまりに予想外の流れに、私は少し引き気味で問い掛ける。すると咲耶が、土下座姿勢を維持したまま真面目な口調で答えた。


「いや、心からの謝罪の意味を込めまして……」


 なんというか、ミカさんへ便乗している感が凄い。でも、私の中ではもうとっくに解決済みの話だ。今さら改めて謝罪されても、正直リアクションに困る。そんな風に戸惑っていると、不意にハーちゃんが口を開いた。


「うむ。苦しゅうない、貴様らの罪を許そう!」


 漆黒のローブを(ひるがえ)し、暗黒オーラを撒き散らしながら、やたら仰々しい動きで場を制圧する。


 ……いや、そういうのって普通、懺悔を許す聖職者側のムーブでは? そして構図的には、完全に“魔王へ平伏する勇者一行”だった。そのシュールさに、私は思わず吹き出す。


「いや、お主もこっち側であろうが」


 サクラの鋭いツッコミが炸裂した瞬間、私は耐え切れず大笑いしてしまった。ダンジョンのボスフロアで繰り広げられる異様な光景も相まって、完全に笑いの壺へ入ってしまったのだ。


 自分でも制御できないほど、心の底から笑った。それを見た皆も、つられるように笑い始める。やがてミカさんもゆっくり顔を上げ、どこかホッとしたような表情を浮かべながら笑い出した。


 私はこの日を、『異世界で最も美しい土下座を見た日』として、日記に書き記すことになる。

お読みいただきありがとうございます。

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