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大天使降臨

 配置に着いた私は呼吸を整え、“索敵”を使用する。脳内にフロア全体の地図と、ザナファを示す巨大な赤いマーカーが浮かび上がった。その足元で交戦している四つの赤いマーカー。これはアルラトの表示だ。


 私のマーカーと対極に位置する場所では、もう一つの青いマーカーが待機している。これは咲耶。そして、ザナファの後方へ回り込むため移動中のマーカーが二つ。ドッちゃんとハーちゃんだ。


 やがて、ザナファの後方へ二つのマーカーが到達する。全員が配置に着いた。あとは咲耶の合図を待つだけ。


 私は視線を最前線へ向けた。そこでは、私たちそっくりの姿に擬態したアルラトが、ザナファと激しい戦闘を繰り広げている。まるで自分の動きのリプレイを見せられているような、不思議な光景だった。思わず手に汗が滲み、私は心の中でアルラトを応援する。


 “ラト、がんばれ!”


 息を潜め、真剣に戦闘を見守っていると、ザナファを挟んだ対岸の壁際で、“神ノ雷(ディトニトル)”の破砕爆発と放電現象が巻き起こった。天井のあるダンジョン内では使用制限されていたけれど、50階層は空と直結した開けたフロアなので“神ノ雷(ディトニトル)”が使えるのか……と納得する。


 ――そして、あれが合図だ!


 私は"影分身"と"縮地"を使い、アルラトとは別角度からザナファへ斬りかかる。アルラトと咲耶も、タイミングをずらすように時間差で攻撃を仕掛けた。


 総合攻撃力なら、本来はアルラトが一番ダメージが高いはずだ。しかし現在は、基本値の私たちに擬態している状態。そのため、武器強化値や自由に割り振れるボーナス値が反映されている私たちプレイヤーの方が、単体による攻撃力は上回っている。


 中でも、ヒーラーで腕力極振りの咲耶が、一番ダメージを出しているはずだ。当然、ヘイトも向きやすい。そのため、私ほど回避能力が高くない咲耶は無傷では済まない。今すぐ援護に向かいたいけれど、それでは作戦が台無しになってしまう。


 "索敵"で、二つの青いマーカーがザナファと重なるのを確認する。今のところ、ヘイトは攻撃を加えている私たちへ向いている。ここまでは作戦通り。問題は、本体の四本腕とは別に、背中から生えた熊のような四本の剛腕だ。それぞれが炎・氷・風・電撃属性に特化しており、反属性の装備では大ダメージを受けてしまう。


 そこで最大の問題となるのは、ドッちゃんの「種族弱点」が電撃属性であること。どれだけ耐性を強化しようと、「電撃無効」を付与した装備を身につけようと、種族弱点だけは覆せないのだ。


 ダメージはほとんど通らないのは承知の上で、私はクナイや手裏剣などの遠距離武器を使い、電撃属性の腕のヘイトをこちらへ向け続ける。分身体と同時に、複数の投擲武器を電撃属性の腕へ放つ。ドッちゃんとハーちゃんが、万全の状態でザナファの頭部まで到達できれば、それでいい。


 ヘイト誘導に成功したのか、上空から幾筋もの雷撃が私に向けて降り注いだ。忍者で回避極振りの私は、それを余裕で回避する。仮に被弾しても、“神衣(かむい)天衣無縫(てんいむほう)ニルヴァーナ”で属性ダメージは半減される。だから死ぬことはない……はず!


 分身体は何度か脚や腕の攻撃を受けて消滅したが、大技を使っていない分、SP(スキルポイント)の消費は少ない。さらに、回復量二倍のフィールド効果の恩恵もあるおかげで、すぐに補充できる。


 索敵内のマーカーが、ザナファの巨体中央へ到達した瞬間――頭上から大きな高笑いが響いた。


「ハーッハッハッハ!! 喰らうが良い。我が最強の一撃を!!!」


 フロア全体に聞き慣れた声が響き渡り、次の瞬間、視界が真っ白に染まるほどの閃光が空間を包み込んだ。


 あれは攻撃魔法職最高位の“カオスソーサラー”が扱える、24時間のクールタイムを要する最強の無属性魔法(ネルエレメントスペル)……名前は「なんとか……アルバ」。うん、忘れた。以前ハーちゃんから聞いた話では、LV100で習得しても、ステータスが条件を満たさなければ使えない極大攻撃魔法(アルティメルスペル)らしい。


 最大レベルかつ魔法攻撃力重視で魔力(マナ)極振りにした場合、総SP(スキルポイント)が足りず使用不可能になるという。逆に、ボーナスポイントをSP(スキルポイント)へ極振りした場合でも、発動時に総SP(スキルポイント)の80%を失うらしい。そのため、ボーナスポイントの割り振り調整か、装備強化による不足分の補填が必須になるのだとか。


DOS(ドス)!」


「……まかせろ」


 眩い光の中、一際大きな射撃音が轟く。それと同時に、周囲を覆っていた光が瞬間的に一点へ収束した。


 戻った視界の中に映ったのは、全ての腕を広げるように身体を反らせ、声にならない絶叫を上げるザナファの姿だった。


 フルプレートで守られていた頭部には巨大な空洞が穿たれ、紫色の血液が盛大に噴き出している。一目で致命傷と分かる傷だった。――作戦成功だ。


「やった、成功したんだ!」


 私と分身体は、喜びのあまりその場で飛び跳ねる。頭上ではハーちゃんの高笑いが響き、それを聞いた皆が勝利を確信した。


 ――その時、フロア全体へ影のような闇が、ザナファを中心に広がっていくのが見えた。


 上を見上げていた私は、すぐにその原因を発見する。大きく開いたアビスの大穴。その上空から、巨大な隕石が落下してきていたのだ。マグマのような熱を帯びた巨大岩石が、アビス内部へ侵入してくる。側面の壁を崩壊させながら落下し、その巨大な影がフロア全体を覆い尽くしていた。


「ば、馬鹿な……星如巨岩衝撃(アストラルインパクト)か!?」


 すぐ隣へ着地したドッちゃんが、上空の巨石を見上げ、焦ったような声を上げる。星如巨岩衝撃(アストラルインパクト)って、デイア姫が使う専用の究極攻撃魔法(アルティメルスペル)のはず。ザナファが使うなんて、見たことも聞いたこともない。


 巨大な燃える隕石が、大気を震わせながらゆっくりと落下してくる。そのサイズは、フロア全体をすっぽり包み込めるほど巨大だった。


 ――逃げ場がない。


 瞬時に理解した。その場にいた誰もが、絶望の表情で上空の巨石を見つめる。もはや回避行動に意味はない。防御姿勢を取り、耐えて生き残ることを祈るしかなかった。絶望に打ちひしがれ、空を見上げることしか出来なかった私を、ドッちゃんが地面へ押し倒し、守るように強く抱きしめる。


「ドッちゃん離して! このままじゃ、ドッちゃんが!」


 私がそう叫ぶと、ドッちゃんの腕にさらに力が込められた。巨石がザナファの巨体をすり抜けるような挙動を見せ、そのまま地面へ落下する。


 轟音。


 直後、凄まじい圧迫感が全身へ叩きつけられ、遅れて身体を焼くような灼熱が襲い掛かった。


 それが長い時間続いたような気がした……実際は一瞬だったのかも知れない。膨大なダメージを受けたと理解できるほど、全身に激痛が走り、視界がぼやける。私の瞳に映ったのは、フロア全体を埋め尽くす瓦礫と、暗黒神ザナファの巨大な影。そして――私の上で、機能停止したように動かないドッちゃんの姿だった。


 私はゆっくりと身体を起こし、ドッちゃんを揺さぶる。その瞬間、目の前の光景に息を呑んだ。瓦礫に埋もれたドッちゃんの下半身が完全に潰れ、腰から下が粉々に砕けていた。機械の身体を思わせる引き千切れた無数のコードからは血液のような液体が溢れている。


 そんな……嘘、嘘だ。


 ドッちゃんは、もう動かない。力強く抱きしめてくれていた腕も垂れ下がり、まるでマネキンのように反応がなかった。


 私は"索敵"を使い、周囲の反応を確認して絶句する。暗黒神ザナファの巨大な赤い反応。そして、その前方に小さな赤い反応、アルラトだ。最後に、自分の反応。


 それ以外は全て、“死亡”を意味する灰色のマーカーへ変わっていた。アルラトは、どうやら生きている。でも、ドッちゃん、咲耶、ハーちゃんは……全員、さっきの究極攻撃魔法(アルティメルスペル)で死んでしまった。


 なんで、私だけ……。


 そう考えた瞬間、ハッとする。自分が生き残れたのは、装備している伝説の防具“神衣(かむい)天衣無縫(てんいむほう)ニルヴァーナ”の恩恵だ。皆の協力があって完成したこの防具が私を守ってくれたんだ。当時の皆の笑顔が浮かび、思わず涙が零れる。


 巨石がザナファをすり抜けたのは、魔法(スペル)の使用者には当たらないというゲーム設定が、そのまま反映された結果なのだろう。私はゆっくりと立ち上がり、ザナファを見上げた。


「ハァ、ハァ……っ」


 息が切れる。腕から血が流れ、足取りも重い。


 ……まだ、戦いは終わっていない。


 私は涙を拭い、両手に刀を構える。ザナファも瀕死なのか、その場に立ち尽くしたまま動く気配がない。


 皆の……仇を取るんだ。


 唇を噛み締め、私はザナファの側面の脚から背中へ飛び乗る。そして"影分身"を発動。動きの止まった背中を駆け抜け、頭部へ向かう。


 ――あと一撃。私の全SP(スキルポイント)を使って、必ず倒す!


 背面の四本の剛腕は動かない。私はザナファの背骨を真っ直ぐ駆け上がり、後頭部が見える位置を通過した、その瞬間――ザナファの身体が大きく傾いた。目の前で、半壊した頭部が私の正面を向く。そして、崩れかけた顎部から猛烈な冷気が吐き出され、私を包み込んだ。


 分身体は氷塊となって消滅。かろうじて身をひねった私の半身にも突き刺すような激痛が走り、動きを封じられる。


「あああっ!? くっ、ま、まだだっ! ……地獄ノ業火連斬(カラミティブレイク)!」


 黒紫色の炎が、瞬時に身体を覆っていた氷を蒸発させる。私は最後の力を振り絞り、燃え上がる刀と小太刀をザナファの眉間へ突き立てた。


 その瞬間、ザナファの全身が仰け反るように大きく揺れ、その反動で私の身体が空中へ投げ出される。


 浅かった!? まだ死んでない――!


 落下にあわせてザナファの頭部が視界に映る。その破壊された兜の奥にある闇の奥に黄金色の瞳が垣間見え、その邪悪な眼が勝利を確信したように輝いた。


 生まれて初めて、“無念”という言葉が、悲しみと共に脳裏を過る。


 “ごめん、皆。(かたき)、とれそうにないよ……”


 悲しみと絶望に包まれながら、落下する浮遊感へ身を任せる。やけにゆっくりと周囲の景色が流れていく。死を受け止めた瞬間って、こんな感じなんだろうか……。そう考え、目を閉じようとした――その時。


 私の真上、遥か上空から、一筋の光が真っ直ぐ降りてきた。そして、暗黒神ザナファの上空で、一際強く輝く光が現れる。何が起きてるのかわからなかった。でも、その光の中に、とても懐かしい人物の姿が見えた。


 六枚の白い翼。


 青く輝く長剣。


 白と金で美しく装飾された鎧と盾。


 全身へ光の粒子を纏い、背中には後光が差している。


 長い金髪を揺らすその姿は、まさに大天使そのものだった。


 落下へ身を任せ、意識を失いかけていた私の意識が、一瞬で覚醒する。私は空中で無理やり体勢を立て直し、受け身を取って着地した。


 あの姿は……間違いない。“深紅の薔薇”ギルドマスター、ミカエル=アルファ。


 ――ミカさんだ!


 ピンチに現れた救世主……そんな登場には見えなかった。今まさに、この瞬間に、“この世界”へ転移してきた。そんな異質な現れ方だった。

お読みいただきありがとうございます。

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