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world for you  作者: ロースト
二章 深雪に微睡む
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「数年前からよからぬ輩が占領しているそうです」

「数年前?」

(ならばアカデミアに入るまでの間の行動は?)

 山茶花の素性を調べようと思ったこと自体はただの偶然だ。ちょっとした懐疑はさほど重要でもなく、手の空いている後輩に頼んだ。すぐに終わるだろうと見越して、フィグローゼの気まぐれでしかない。けれど、実際にはどうだろうか。余計に山茶花への疑いは濃くなった。疑いは確信に変わった瞬間でもある。

「これ以上は潜入してみないことには……」

 後輩の調べたことに疑いは持っていない。手抜かりは無いだろう。

 しかし、それが確証ならば不明点がある。書類の記載事項はかなり細部まで正確に記入されているのだ。その事象と事象の間に何か、書いておきたくないものがあったのだとするならば、それは特段に問題はない。自己申告ゆえに、それは正確でありさえすれば書かなくてもいい事は多々存在する。だが、

「――潰せ。ただし、良心的にな」

 意図的に改竄を行っているならば――状況は変わってくる。


「フィグローゼ」

 名を呼ばれて視線を上げれば、目前に立つ男がいる。同僚のジープニーだ。


「パーティーですよ、ここは」

「わかってる、言うな。……ああ、じゃあな」

 穏やかな口調で忠言を向けてくる彼に軽く返し、通信を終えた。

 手につけていた安いブレスレットが粉々と床に金の燐粉を落とす。テレパワス・リングという名の通信用道具で、広く普及した純度の低い、“劣化版”ファラカイナである。使用限度があるために、使い捨てとなったそれは砕けるのだ。

 それを見やった後、フィグローネは壁から背を放した。

「子どもは気楽でいいな」

 ジープニーの手にあるものを見て、フィグローゼはボーイを呼び止め“大人の楽しみ”を一つ受け取った。含むと甘く、芳醇な香りが口の中に広がるのに気分が少し上昇する。

「いいじゃないですか。今の彼らの仕事は思いっきり遊ぶことですよ」

 軽く笑って式場いっぱいの子どもたちに視線を巡らす。

 彼らも一応の年齢として、羽目を外しすぎることもないだろうが、格式ばった場所にいることはもはや覚えていないのかもしれない。笑顔を浮かべ、珍しく光栄なる出来事への参加に興奮の様を見せていた。

 けれど、昼頃にあった出来事を心の底から忘れていることもないだろうに、苦笑しながらフィグローゼは見やる。殺伐とした世界で、戦いから逃れられない命にあって笑うことの出来る彼らを眩しくも思った。そして同時に思う。なぜ、自分たちはそうではなかったのか、と。

(吾平がいるからだ)

 その存在がいて、その強さが彼らを導いて、だからこそ、彼等は迷うこともなくひたすら前を見定められる。その強さに安心と、平和への望みを感じられる。笑える。

(私たちのもとにはなかった、“光”だ)



「それで?何の用だ。そこらのお嬢さん方が睨み付けてくるんだが」

 グラスを空かすのを機に、本題に移る。実際問題として、男臭さのない穏やかな美貌と長身を持ち合わせたジープニーへと向けられる視線とともに降り注ぐ、フィグローゼへの“殺伐”とした空気に堪りかねていた。

「私も彼らに倣ってね。君を誘おうと思いまして……」

 言葉は止まった。向けた視線の先には件の人物、山茶花と吾平がいた。ただし、ジープニーの話を向けた先で行われていたのはダンスをしていたはずの二人を強引に引き剥がす、姫様の姿だったのだが。「私と踊りなさい!」――命令口調は山茶花へと向けられていたが会場全体に響く。取り合うはずの吾平はといえば、早々に飽きたように背を翻して、チセへと寄りあう。見捨てられた形となった山茶花が姫を引っ付け、ぶら下げながら吾平に近寄ろうとして吾平はそれを鬱陶しげに突き放す――そこにあるのは先ほどの雰囲気を霧散させ欠片も感じさせない、完全にいつものやりとりだった。

「ハッ冗談。――幼馴染の世話というものもここまで来るとただのバカだな」

 少し引きつった表情で彼らを見つめるジープニーに言葉を向けると、フィグローゼも身を翻す。パーティーでの会食を思う存分味わう暢気な様子を曝け出す同僚へ声をかける。

「ユーフェ、私と踊っていただけるかな?」

 優雅に手を差し出しても淡いピンクに身を包んだ背は振り返りもせず言葉を吐き出す。

「スーツ姿で出てきたと思えば、食事が美味いぞ。二十歳も過ぎたもの同士で何を子どもじみた遊びをしておるのや、いい気味じゃがな。なんだか彼が可哀想でもあるよ、まったくタイミングの悪い。うむ、もう一皿」

 可愛らしい容姿とは別にしゃがれたような低い声だ。語尾の安定しない、聞きづらいものでもあった。そして返された言葉自体も何が言いたいのやらさっぱりと分からない。要旨だけを複数まとめて繋げた感じだ。だが同僚として時を過ごし、それにも次第に慣れた。

「あんなのはサタバと酒を飲んでればいいのさ」

「素直にならんといつ失うか分からぬ」

 気を取り直すかのように、言葉を繋げたフィグローゼにすぐさま答えが返ってくる。今度は明瞭なる示唆だ。

(だからこそ、)

 だからこそ、フィグローゼは他の誰ともこれ以上の交友を望んではいない。

 死んで悲しむ近しい人々は同僚の三人。それ以上もそれ以下もない関係。それこそが、フィグローゼの心の許容だった。その時、

 「不吉だ!」子どもの声が木魂した。

 それはフィグローゼにだけ聞こえる訴えだ。それはいつのものか、誰のものかもわからない。誰も言ってないのかもしれない。けれど、それは確かにフィグローゼの中に形を持つ。あるいは彼女の本心がそこにあるのか。

 会場の賑わしい世界、華やかな色合い、優々たる音。その中に歪に折れ曲がった言葉が反響していつまでもフィグローゼの耳に言葉を残す。

「サクラ」

 親しい者だけが呼ぶ名。柔らかい声音。――けれど、(ああ、似てるかもしれない)その声と、現実の声が(そんなはずないというのに)重なる。




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