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「感謝してもよろしくってよ!」
そんな言葉から始まった。
「気にくわないのよっ!容姿は神が一人一人に与えた贈り物よ。なのに……何、その乱雑に編まれた髪は!」
マシンガントークとはこのことでも言うのか、という程の未知なる勢いで語る姫が言うのは吾平の外見への無関心さだ。
姫の成人式典として昼間は国民の前に立つことになったが、それとは別に夜は貴族その他へのお披露目パーティーが開かれる。ガダン王国に限らず、こちらには他国で築いた姫の友人たちも多く招待されていた。勿論、各国の重鎮・名のある人たちなので昼より規模の小さいパーティーであっても警戒態勢に変わりはない。ただ、護衛でありながら訓練生は参加者としても参列できるとの事で、その折に吾平を改造、もとい磨き上げると称してこの会話は生まれた。
主に、チセと姫の会話だが。その不平の矛先が向けられるのは吾平には違いない。
「冒涜よッ!その容姿に生まれたことに感謝なさいッ!」
吾平にとってはまったく的外れとしか言いようのないものであったが、剣幕に圧されて頷く。了承の意は伝わった。それは“改造”に対しても、任意を伝えることになったのだが。
鏡を見て思う。
女性として成熟した身体、魅力的な体つきは異性を惑わせる。月のような銀を纏う髪は腰まで届き、結われたそれは人の目に追いかけられたがるようにスルスルと空を泳いだ。強気な瞳はかつてまっすぐに敵意をたぎらせ敵を睨み据えた。バラ色の頬とバラ色の唇。眩いほどの白さ、滑らかな肌。
――姶良だ。その存在こそ姶良だ。
鏡に触れても届かない。身体を共有する吾平は姶良と同じ外見をしている。だが二人は違った。決定的と言って良いほど、二人は似ていなかった。
吾平は姶良を羨ましく思う。愛しく思う。
(姶良……)
着飾った姿に、鏡に映った姶良に、手を当てた。
「吾平くん」
チセが呼びかけてくる。
「顔色、悪いけど大丈夫?具合悪いなら休んでも……」
「大丈夫だ。チセにも、姫にもいろいろとよくしてもらったし、」
具合が悪い、というほど騒ぎ立てるものでもない。実際には腹痛を感じていた。しかし、今になって、とも思う。痛みを感じるのはこれが初めではないからだ。いつも通り、暫くたてば自然と直る。
吾平は鏡の前から立ち上がった。赤と黒の服が翻る。
「あ、ああああ、吾平さん!?」
深紅のドレスに身を包んだ吾平を前に山茶花はどもって声をかけた。
吾平が部屋に入ってきた瞬間から沈黙が広がった。それは以前吾平が受けていた“差別”ではない。ただ、言葉もなくなるほどの感嘆を覚えての沈黙だった。
静謐――そんな言葉が似合う。赤という激しい色合いであるのに、吾平自身の存在が酷く落ち着いている。所々に加えられた黒と銀髪が美しい対比を醸し出していた。
山茶花も常には見かけない吾平の姿に見蕩れて、すぐには声をかけられなかった。だが、吾平の不機嫌を悟って慌てて声を掛けた。奇しくもそれはどもりとなり、吾平の機嫌を更に損ねる結果となったのだが。「なんだよ、うっさいな」と返されても明瞭には返せない。
「それは、その……ど、どうしてそんな格好をいきなり」
とりあえず、とばかりの調子ながら本題を持ち出す。周囲の目が気になったのは吾平の格好と口調のチグハグさからだった。事情も知らぬ人にはあまりに目を引きすぎる。それは吾平に心傾ける数ある人たちの中のただ一人でしかない山茶花にはライバルが増える、という危惧を醸すのみで厄介限りなかった。
しかし、吾平がその心情を知るはずも無い。殊更大声で山茶花に言い返す。
「……いいだろ別に。俺が何着てもかんけ―ねぇだろッ!それともなにか?俺には似合わないとでも言うつもりかよ」
「いやいやいやいやッ!逆ですからッ!似合いまくってますッ」
(わざとらしい)
気が高ぶるのは山茶花が相手だからか、姶良に対しての侮辱と思ったか。
「いや、ほんとに。めちゃくちゃ似合っていて可愛いし綺麗だな、と思って、思わず俺、見蕩れ……あ」
「――自分で言って照れるな、馬鹿」
褒められるのは姶良に対する賞賛だ。嬉しい。
(その、はずなのに……)
何処と無く腑に落ちないのは何故か。
豊な胸元はゆったりと幅が取られている。だが、胸がキツイ、と吾平は感じた。
「……踊るか」
紛らわすように吾平は呟いた。
「 」
山茶花の反応は気にしなかった。
(せっかくのパーティーで壁の華もなんだし、この格好では女に声かけてもな……)
自分に言い訳をするように思考しながら、二人してステップを舞う。ひらりとドレスの丈が翻った。その中には、ちゃっかりと武器が――ファラカイナが装着、仕舞われている。警戒は怠らない。壇上で会場の客と言葉を交わす姫からも視線を外すことはなかった。
ただ、その際に、あの女がせせら笑ったのが、見えた。




