↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
world for you  作者: ロースト
二章 深雪に微睡む
PR
37/100

35


「吾平くん。大丈夫?辛そうだよ……」


「……なんでもない。なんでも」

 再びの質問に繰り返し大丈夫だと伝えるが、吾平はもう既に限界だった。

「吾平くん――ッ!」

 チセの叫びを最後に、意識は遠ざかった。



 次に吾平が目を覚ましたのは、あまり良いとも言えない時だった。

 前後の記憶を探りながら患部へと手を当てる。戦闘で腹部に傷など受けた覚えはない。腹痛はいつのまにか重苦しい感覚へと変化していた。今までに感じたことの無い種類の痛みだ。症状は毒のようにも思えた。

 ふと、自らの足に嫌な汗を感じた。滑り、それは大腿部に伝うようにあった。

 はっとしてシーツを捲る。


「!――――ッ」

 驚きに声が出た。

 なんと言ったのか、言葉にもなら無いそれはけれど音になった。

 部屋と外とを遮る扉に誰かの気配を感じて、咄嗟に、怒鳴った。

「入ってくるな!!」


「……お願いだ。見るな――――みないでくれ……」

 扉にかけられた手がそれ以上動こうとしないのが、微かに回ったノブからわかった。

(きっと、山茶花だ)

 けれど、誰にも会いたくなかった。誰にも会えなかった。

 特に、山茶花には会いたくなかった。


 暗い室内。月も雲がかかり、僅かな光量だけが吾平の世界だった。

 その中にあるのは、鼻につく――――血の匂い。

 暗い中で、広がっているはずの赤に、ただその場から動くことも出来ず茫然とした。


 窓から入ってきた風が室内の空気を流す。停滞は流れ始める。

「―――それ以上、近寄ってくれるな」

 影など見えなくとも分かった。





「大丈夫、怖くない」

 まるで、警戒をする小動物へと語りかけるようだ、と思った。

 優しげに寄り添う温もりが、背中から伝わった。それで己が震えていたことを知る。

「大丈夫、大丈夫。当然な、自然なことだから」

 落ち着かせるように、背を撫でられた。ゆっくり、ゆっくり、何かが伝わる。

 頬を柔らかに拭われて気づく。いつの間にか、吾平は涙を滴らせていたらしかった。


 甲斐甲斐しい世話をされた。平時ならば気恥ずかしいと文句でも言おうところだが、そんな気力もなく、なすがままにされ、手ほどきを受ける。

 女性の、必要最低限の知識。姶良は知っていたかもしれない。だが、吾平にはなかったものだ。男性であると、そう強く念じていた吾平には、知らなくてもよかったものだ。

「今まで、出血がなくておなかが痛くなったことはある?」

 こくり、と頷く。鬱屈とした気分は返答することも煩わしくさせたが、答えない訳にはいかなかった。重要なこと、なのだ。すごく。

「……やっぱり、そうだよね。17歳になるんだもの」


「……これからも、毎月起こる現象だから、慣れないと」

 “生理”――女性の体は思春期に入るとそれが訪れる。毎月、下部からの出血が行われるのだ。重苦しく、痛々しい、女性になるための儀式だ。

 また、何かをやろうとしたのだろう。吾平のために、なんらかのことを。

 それでも、吾平は立ち上がったチセに手を伸ばした。

「ち、せ」

 弱々しく、吾平は手を掴んだ。

 チセの、細い手首。けれど、同時に吾平の手も、細かった。

 引き止めるような仕草だが何も伝えることはなかった。何も言える様なことはなかった。

 それにどう思ったのか、俯いた吾平の頭にやんわりと手が乗る。

「姶良ちゃんの身体が初めてかどうかは分からないけど、――少し、吾平くんの心が落ち着いたことでなったんだね」

 “心が落ち着いた。”

 見に覚えのないことだ。けれど、そう思えることがチセにはあるということだ。

(変わっただろうか。何か、俺は変わったのだろうか)

 その瞳から発せられる疑問に、チセはまっすぐな瞳で言葉を紡いだ。


「私には、吾平くんが恋してるようにみえるよ」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。