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「吾平くん。大丈夫?辛そうだよ……」
「……なんでもない。なんでも」
再びの質問に繰り返し大丈夫だと伝えるが、吾平はもう既に限界だった。
「吾平くん――ッ!」
チセの叫びを最後に、意識は遠ざかった。
次に吾平が目を覚ましたのは、あまり良いとも言えない時だった。
前後の記憶を探りながら患部へと手を当てる。戦闘で腹部に傷など受けた覚えはない。腹痛はいつのまにか重苦しい感覚へと変化していた。今までに感じたことの無い種類の痛みだ。症状は毒のようにも思えた。
ふと、自らの足に嫌な汗を感じた。滑り、それは大腿部に伝うようにあった。
はっとしてシーツを捲る。
「!――――ッ」
驚きに声が出た。
なんと言ったのか、言葉にもなら無いそれはけれど音になった。
部屋と外とを遮る扉に誰かの気配を感じて、咄嗟に、怒鳴った。
「入ってくるな!!」
「……お願いだ。見るな――――みないでくれ……」
扉にかけられた手がそれ以上動こうとしないのが、微かに回ったノブからわかった。
(きっと、山茶花だ)
けれど、誰にも会いたくなかった。誰にも会えなかった。
特に、山茶花には会いたくなかった。
暗い室内。月も雲がかかり、僅かな光量だけが吾平の世界だった。
その中にあるのは、鼻につく――――血の匂い。
暗い中で、広がっているはずの赤に、ただその場から動くことも出来ず茫然とした。
窓から入ってきた風が室内の空気を流す。停滞は流れ始める。
「―――それ以上、近寄ってくれるな」
影など見えなくとも分かった。
「大丈夫、怖くない」
まるで、警戒をする小動物へと語りかけるようだ、と思った。
優しげに寄り添う温もりが、背中から伝わった。それで己が震えていたことを知る。
「大丈夫、大丈夫。当然な、自然なことだから」
落ち着かせるように、背を撫でられた。ゆっくり、ゆっくり、何かが伝わる。
頬を柔らかに拭われて気づく。いつの間にか、吾平は涙を滴らせていたらしかった。
甲斐甲斐しい世話をされた。平時ならば気恥ずかしいと文句でも言おうところだが、そんな気力もなく、なすがままにされ、手ほどきを受ける。
女性の、必要最低限の知識。姶良は知っていたかもしれない。だが、吾平にはなかったものだ。男性であると、そう強く念じていた吾平には、知らなくてもよかったものだ。
「今まで、出血がなくておなかが痛くなったことはある?」
こくり、と頷く。鬱屈とした気分は返答することも煩わしくさせたが、答えない訳にはいかなかった。重要なこと、なのだ。すごく。
「……やっぱり、そうだよね。17歳になるんだもの」
「……これからも、毎月起こる現象だから、慣れないと」
“生理”――女性の体は思春期に入るとそれが訪れる。毎月、下部からの出血が行われるのだ。重苦しく、痛々しい、女性になるための儀式だ。
また、何かをやろうとしたのだろう。吾平のために、なんらかのことを。
それでも、吾平は立ち上がったチセに手を伸ばした。
「ち、せ」
弱々しく、吾平は手を掴んだ。
チセの、細い手首。けれど、同時に吾平の手も、細かった。
引き止めるような仕草だが何も伝えることはなかった。何も言える様なことはなかった。
それにどう思ったのか、俯いた吾平の頭にやんわりと手が乗る。
「姶良ちゃんの身体が初めてかどうかは分からないけど、――少し、吾平くんの心が落ち着いたことでなったんだね」
“心が落ち着いた。”
見に覚えのないことだ。けれど、そう思えることがチセにはあるということだ。
(変わっただろうか。何か、俺は変わったのだろうか)
その瞳から発せられる疑問に、チセはまっすぐな瞳で言葉を紡いだ。
「私には、吾平くんが恋してるようにみえるよ」




