第082話 自分の知らないレイ * 海辺の街ルフラン〈リュカ〉
リュカ目線。
そしてようやく石造りの、大きく開けた砦をくぐり、海辺の街ルフランへ入った。
もう夜が訪れようとしているのに、街中は騒がしくガヤガヤと色々な音がする。
心が躍る気がするのは、初めてルフランで過ごしたあの『あり得ない夜』を思い出したからか……。
横並びに並走していたが、無意識に少し前へ出た自分を窘めるかのようにレイは言った。
「浮かれてんの?」
そんな風に見えているのか。無意識だったが、また並ぶように心がけて気持ち速度を落とした。
「別に、浮かれてなんかない」
そう言い返してはみたものの、あの日のことを思い出そうと出すまいと、この街は夜でも活気があり、自分の気持ちが煽られているのは事実。
物言いたげにレイはこちらを見たが、自分は顔を逸らして先をすすめた。
宿を決めてから宿泊先に馬を繋ぎ、自分たちは徒歩で街を散策することにした。
貿易で栄えている港には、珍しい物が多く集まり、色々な人種が行き交っている。ここでは自分の碧眼も、レイの赤髪もあまり目立たない。
もうこんな暗がりなのに、今日はこれからというような気配を漂わせる。
昼間の露店はどちらかというと日常生活に必要な物が売られているが、夜は嗜好品や都会の夜を楽しむための物がメインとなっているようだ。
行き交う人の装いも、仕事着の者は殆どおらず、若干軽めで楽しげに見えた。
……あの頃ぶり、か。
レイにまた窘められないように思わず微笑んでしまいそうな顔を引き締めながら夜の街を歩いた。
頭一個分くらい高い彼が見下ろして訊ねてきた。
「お腹すかない?何食べる?」
「レイは食べたいものはないのか?」
「何でも。あんたに合わせるわ」
やはりここは海辺の街だから魚だろう。
あの味を思い出して正直に「魚料理は、どうだろう」と何気なく呟くと、すかさず被せるようにレイが返した。
「魚ね。こっちよ」
え?
そう言って、勝手を知った様子のレイはスタスタと細い路地へ入って行ったので、戸惑いながらも後に続いた。
この旅の中、ずっと思ってはいたが、レイはいろんなことをよく知っていた。
村からルフランに向かうまでの道のりも、今まで通ったことのない道を使って最短の時間で来れたし、『自分がどうにかしなければ』と苦労した覚えが全くないのだ。
大抵、レイが機転を利かせて段取りが済まされていく。
自分より年上なのは間違いないと思えるが、野生で培った自分の経験値とはまた違う、世の中を熟知していると思しき場面が幾度もあった。
多少交渉して金を払いさえすれば、面倒事などをすっ飛ばせるといったような合理的な手法や、その交渉術も巧みで、言葉の選び方も仕草も観察していると、自分の知る彼はごく一部の側面だったと痛感した。
レイに任せておけばなんとかなると思わせるような安心感はロクシアの隣に居た頃のようで、女口調なのに、兄貴肌というか、何でも卒なくこなすところがスマートで不本意ながら見直した。
恐らく、同じ学生であったならば、自分は浅はかにも彼をライバル視して嫉妬していたことだろうが、護衛を生業としている優秀な剣士と見方を変えると素直に負けを認めることが出来た。
自分と彼とは経験の積み方がまるで違う。それは、尊敬に似たものかもしれないと、旅の中で彼を見る目が若干変わったことは明らかだった。
ついていくと看板もないような古ぼけた扉があり、一見民家のように思えるが、暫くするとそこから人が出てきた。
「ごちそーさん。やっぱルフランに来たらここだよな~」
「そうそう。定期的に食べたくなる味なんだよな」
酒を飲んでいたのか、二人連れの男は楽しそうにゆらゆら揺れながらこちらに向かってくる。
狭い路地だったため、出てきたその客とぶつかりそうになった。
「おっと!ごめんよ、お嬢ちゃん」
すれ違いざまに言われたその一言がひっかかった。
お、お嬢ちゃん…?
本日二度目だな。
長身のレイの隣でいたら対比で自分が小さく見えるのかもしれないとジロリと仰ぎ見たが、それを察したのかレイは目を細めた。
「何睨んでんのよ”お嬢ちゃん”。さ、入るわよ」
「……言うな」
レイは勢いよく扉を開けた。
よくこんな店知っているな。方向感覚はある方だが、もう一度ここに来れるかというと自信がないくらい奥まった位置にある隠れ家的な店だ。
店内は結構狭く、厨房に立つのは気の良さそうな大将と、数名の客が一列に坐している。
レイを見ると大将は嬉しそうに声を上げた。
「あっらー!まぁまぁ!!レイリーちゃんじゃない!珍しいわね!ていうか、いつブリ??」
レイリー、ちゃん??
呼びかけてきた大将には、色々と突っ込みたい点はあるが、ええと。これは、レイと同じような話し方の、中年男性である。
隣のレイを見上げると、ニコリと笑って大将に挨拶した。
「ご無沙汰。ソフィ。店はうまくいってるようね」
大将は全くソフィという名とはそぐわない程、見た目屈強な感じだが。
「お蔭様で♪さぁさぁ、こっちにお掛けなさいよ!」と返した。
大将の前にレイが陣取ると、周りのお客も会釈した。
「レイリーさん!お久しぶりです」
レイはニコヤカに会釈した。
「ご無沙汰」
ここでは、レイは有名人なのか。知られざる素顔を見た気がしたが、大将は自分を見てニコニコ笑った。
「あら、まぁ、可愛い子連れて!お名前は?」
すごく子供扱いされている気がするが…。答えようとした瞬間、レイが先に返答した。
「この子はルクスって言うの。あたしの遠い親戚らしくてね。今、面倒見てるのよ」
え?
レイの顔を見たがニコニコとした笑顔のままだった。
偽る必要があるのだろう。別に名前くらいどうだっていい。訂正せずにうなずいた。
「へぇ~めちゃくちゃ可愛い子じゃない!女の子みたいなのに、男の子なのね。思わず抱きしめたくなっちゃう♪」
……やはり男装の仕方がまずいのか?
「駄目よ。じゃ、今日のおすすめをお願いできない?」
「わかったわ。ルクス君もちょっとだけ待ってね♪」とウインクされた。
「はぁい、ルクス君。どうぞ~」
しばらくして出された器に釘付けになった。
見た目に透き通ってはいるが、色々なエキスが凝縮されてそうなこのだし汁が美味しそうだ。これだけで飲みたくなるほどの香りがする。
あの時食べた魚と同じ魚のようだが、まるで違う料理法だな。
白い身はホロリと解けて、付け合せの生地に巻いて食べた。
これは、とても美味しい……。
どうやって作るのか想像できない、複雑な味だ。大抵の料理は再現できる自信があるが、これは自分の力では無理だと言い切れる。
「見た目は悪いけど美味しいでしょ?」とレイは自然に話しかけてきた。
「うん。一度この魚は食べたことがあるが、独特の風味が後を引く。この味付けは全く想像できないな…大したものだ」
「この魚食べたことあるの?あなたも通ね。
けど、やっぱりソフィの料理は特別。ホント美味しいわ」
その言葉に気をよくしたソフィは後ろを向いて仕込みをしながら片手を上げて言った。
「嬉しい♪ホント店持ててよかったわ。全てレイリーのお蔭。レイリーはあたしの神様だから」
「大袈裟ね」
レイが他人のために何かをすることがあるのか。
自分は少し意外に思いながらも、やめられない美味しさに再度魚に口をつけた。
確かに、出されたどの料理も全て美味しかった。
お酒に口をつけながら、レイは肩肘をついて世間話をした。
「今ここの治安はどんな感じ?」
「そうね。ここは、あれから勢力が二分化してるようだけど……今のところ抗争もなく、それについては問題ないと思うわ。
それとは別に、もっと大きいところで不穏な噂もあるみたいだけどね」
ソフィがそう言うと、隣に座った客も口を開いた。
「何やらまた隣国と一揉めするとかしないとか。国の考えは全くわかりませんよね」
「ふーん」
レイは訊いたもののあまり興味がないような相槌を打つ。
「穏やかじゃないわよねぇ」とソフィはため息をついてから仕事を再開させた。
そうしていると、また新しい客か扉があいた。
反射的に大将は声をかける。
「いらっしゃーい」
ここは本当に人気店なのだろう。引っ切り無しに出たり入ったりしている。
今度は、人相が悪く、数人の女を侍らせた格好のガタイのいい男だった。
お金は持っていそうな感じの作りのいい上着をラフに羽織って、綺麗に刈った短い髭面が印象的だ。
趣味がいいのか悪いのか自分には理解できなかったが、引き締まったテカテカのその体を見せつけるためか、上着の下は何も着ておらず、これ見よがしに肉体を晒していた。
「……あ、あら。イグナシオ様…」
ソフィが躊躇ったように言うやいなや、レイが突然スッと音もなく立ち上がり台の上に代金を置いて、自分に「じゃ行くわよ」と小声で告げた。
「もう…行っちゃうの?」とソフィが名残惜しそうに言ったが苦笑しながらレイは「今用事を思い出したの」と自分の腕を引いた。
急だなとは思ったが、早速鞄をかけて出立準備をした。
すると、驚いた様子で、男はこちらに気付いたかのように、近づいて来た。
「お前…レイリーじゃないのか?」




