第081話 君の夢は何なの? * 海辺の街ルフラン〈リュカ〉
リュカ目線。
前話より時間はしばらくさかのぼります。
レイモンド村から学校へ帰る道中の話となります。
ようやくだ。潮の香りがする。遠くに見えたはずの海がもう近づいているのだろう。
もうすぐ学校に一番近い市街地、海辺の街ルフランに到着する。
既に日も落ち、今から学校に向かったとしても、門を開けてはくれないだろうから今日はここで宿泊するしかないようだ。
着時間によっては素通りもあり得たのだが、自分にとってはルフランに少しでも長く居られることは嬉しかった。
「ようやく着いたな」
群青に染まろうとする空の果てに、ポツポツと街を照らす橙色の明かりが見えると、大勢の人の息遣いを感じた。
ルフランに向かうにつれて段々道幅も広くなり、すれ違う人も多くなる。殆どが商人だろうか。大層な荷物を馬に曳かせて団体で街に入っている。
当然、一時期は獣道を強行し、レイと二人きりの毎日だったが、こうして色々な人に出会うと世の中は絶えず動いているんだな、と取り留めのないことが頭に浮かぶ。
レイが代表して手続きを済ませてくれている間、二頭の馬を曳いて壁に凭れて待っていると、髪を麻のような布で纏めた若者が声を掛けてきた。
「お姉さん、暇してんの?」
お姉さん…だと?
自分は睨むような視線を送った。
「自分は男だ」
すると男は目をパチパチさせて「マジ?!ごめんごめん!てっきり綺麗な子がいるなって思って……」と返してきた。
フン。旅の中でそのような発言ももう慣れたが。男装の仕方も考えないといけないようだな。
他の都市よりもルフランは治安が保たれている。
恐らくその理由は関所の審査が厳しいからだ。そのためそれなりの身分以外の者が街に入るには相応の時間がかかる。
親しげに話かけてきた男も例外ではなく、自分たちと同じように街へ入る許可が下りるのを待っているのだろう。
見かけないようなダボダボとしたパンツに、カラフルな布を幾重にも纏った珍しい異国風の格好。
背丈は自分と同じくらいで温和な印象であり、士官学校でいるようなギラギラした猛者共とは全く違う、どちらかというとジョイのような優男といったイメージだ。
ここは明かりも殆どないため、暗がりではっきりとはしないが、その瞳はレイと同じ赤色だろう。
珍しいなと思っていたら同じように男も言った。
「綺麗な碧眼だね」
「うん。よく言われる」
素っ気なく返すと、男はもう一度「ねぇ、ホントに君、男なの??」と懲りずに言ってきた。まったく諄い男だ。
「俺が男と女を間違えて声かけるなんて、ありえないんだけど」と付け加える。大した自信だな。
あながちその勘は間違ってはいないが……。
「ルフランに何用で?見た目商人じゃなさそうだけど」
自分は意外そうに男を見つめると、くしゃっとした裏表のなさそうな顔で笑った。
自分は黙っていたら基本表情がないので『取っつきにくそうだ』と言われるため、知らない人から積極的に話しかけられることはまずない。
それに、男と知った時点で離れていくのが通例だが、この男は垣根を感じさせない素振りで普通に話し続けてくる。
シュライゼみたいな男だなと一瞬懐かしい顔を思い浮かべたが、首を横に振って忘れ去るように質問に答えた。
「特に用はない。宿泊のために立ち寄っただけだ。君は?」
すると男は目をキラキラさせた。
「へぇ~!ルフランがメインじゃなくて『立ち寄っただけ』?!
都会の子みたいでメチャかっこいい‼
俺は遥々田舎からようやく辿り着いたって感じかな。ホラ、あの荷物」
男が指を差した方角を見ると、こんもりした荷馬車が何台か並べられている。
「あれは?」
「ダーカスって知ってる?それを乾燥させたもの。それを売りに来たんだ」
「なんだそれは」
「そっか、やっぱり都会の子は知らないかぁ。
俺たちの住む土地はすごく痩せていて普通の農作物なんて全く育たないんだけど、ダーカスには適しているんだ。
食べ物じゃないんだけど、都会ではあまり手に入らないらしくて高値で売れる。それが俺たちの貴重な収入源になってんの」
そう言うと、ポケットから子袋を取り出して手渡してきた。
「匂いを嗅いでみて」
言われるままに子袋を嗅ぐと、上品なお香のような香りがした。
「いい匂いだな」
「防虫に使ったりもするし、お茶にしたりもするし、液を抽出して香水にする場合もあるみたい。
色々な用途に使える俺たちのとっちゃ宝の植物なんだ。
ほら見て。この産地の印。他のよりうちのは良質で高いんだ。ブランド化が進んでいてね。貴族の間では今、結構有名なんだよ。
まぁ、うちのお師匠様はそういうことすっごくウマいんだ…」と苦笑する。
ブランドの印は、三頭の馬のマーク。
知らなかったな。こんなものにもブランドがあるのか。
パフパフとしながら匂いを嗅ぐと癖になりそうだった。
男はクスクスと笑って、「気に入ったのならあげるよ」と言われたので「高いんだろ?タダでもらうわけには…」と返すと、「いいのいいの。俺久々に同い年くらいの奴と話せたから、そのお礼」と言って強引に持たされた。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして」
確かに、商人集団の中で、ニコニコと笑う彼は最少者のようだ。
「村には同世代が極端に少ないから、行商の途中で嫁として連れて帰れそうな子を探してたんだけど、なかなかいないんだよね~」
「そうなのか…」
それが声を掛けられた理由か…。嫁として、な…。
最近の様々なことが頭を過りそうになったが即刻打ち消した。
「君は彼女とか居るの?」
「いや、いない」
「そっかぁ。モテそうなのにな。都会ならより取り見取りなんじゃないの?」
「……そう言ったことにあまり興味はない」
と言うと、男は「えーっ!」と顔を顰める。
「君くらい見た目がよかったら、俺だったら遊びまくるけど!てか、興味ないって、…確かに真面目っぽいけど、そんな女みたいな甘い顔して硬派な感じなの?ふーん、意外~」
………。
どこをどうやって返答すべきか。返す言葉がない。
男はぐーっと伸びて言った。
「俺はさ、周りに同世代がいないからかもしれないけど、実は踊りの演目でよくありそうな相思相愛的な恋愛に憧れてるんだ。
あ。女みたいって言わないでよね。俺、それ言われんの嫌いだから。
で、早く可愛い嫁さんをもらって、子供らと一緒に朝から晩まで畑をして、のんびり過ごしたい!それが俺の夢。平凡だけどね。
色恋に興味ないってことは、何か別の大きな夢でもあるの?
君の夢は何なの?」
夢?
自分の夢は……。なんだろう。
そう言えば、達成したいことや、義務や、希望はあるが、それは彼の言う夢とは違う。
恐らくもっと漠然とした夢だ。昔は、彼のような夢は持っていたと思う。
けれど、今はどうだろう。着実に成し遂げたいこと以外、淡い理想のような夢は、自分の中にない気がした。
「あ、難しい顔してる!ハハ。そんな考えないと出てこないことじゃないと思うんだけど」
軽い顔つきで笑う男は、とても幸せそうだ。
周りにいる誰よりも幸せそうに見える。
この笑顔が羨ましいと正直思った。
すると、遠くからレイが自分を呼ぶ声がしたので、男にすぐ別れを告げた。
「すまない。手続きが済んだようだから、自分は行く。この匂い袋。ありがとう」
「いやいや、俺も君と話せていい気分転換になったよ。こっちこそありがとな」
自分は男の無防備な表情につられたように、自然に笑っていた。
自分も久しぶりに他愛もない会話をした気がする。
「いい子が見つかればいいな」と言うと、
「……あ、あぁ」
言葉に詰まるようにして、男はぼーっとした顔で見つめてきたので、自分は片手を上げて「ではな」と踵を返した。
夢か。
理想のような夢を想像するだけなら、楽しいかもしれないな。
最近は、そんな気持ちの余裕すら持てなかった。
『夢見る』という思考を意識的にどこかに置き去りにしたようにさえ思う。
合流するとレイは「さっき誰かと話してた?」と尋ねてきたので「うん。商人らしい」と一言だけ返した。
農業か。
レイモンド村でのんびりと過ごすのも悪くないかもな。と、若干ジョイを思い出したが、例の変な空気を思い返して首を横に振った。
「そういえば、レイは結婚していないのか?」
自分は普通に訊いたつもりだったが、一瞬ピタっとレイの動作が止まったような気がした。
ふと見上げたが、いつもの冷たそうな美形だった。
「もししていたとしてもアンタに関係ないでしょ?一体何なの」
「それもそうだな。いや、訊ねただけだ」
馬具を正して、馬に乗ったレイは長い赤髪を束ね直して「変な子ね」と告げた。




