第076話 白馬に乗った詐欺師 * レイモンド村から帰還〈リュカ〉
リュカ目線。
―――― レイモンド村
ヴィルと別れ、村に戻るとすぐに集会場へ向かった。
ミネアが亡くなった衝撃で昨日はまともに誰とも話をしていなかったから、せめて村長にお悔やみを言うくらいしてから学校へ帰ろうと思ったのだ。
村はいつも以上にひっそりとしていて、ミネアの葬儀で夜中まで騒いでいたのか、殆どの村人は就寝中といった具合だったが、かろうじて村長は眠気眼で応対してくれた。
久しぶりの帰還だ。ミネアの話や、最近の警備に関することなどで散々盛り上がった後、話題が落ち着いたところで村長がぽつりと言った。
「……リュカも一人前になったもんだよな」
昨夜の飲みすぎかで腫らした目をトロンとさせながらこちらを見る。
出された茶をすすりながら答えた。
「なんだ、突然」
目の前の村長は肘をついたまま、遠くを見るようにして言った。
「先日も、先生が直々に来られて、今回も王子のような護衛が来ているじゃないか。
一介の学生がそこまで目をかけられるというのは、やはり一人前になっている証拠だろう」
先生が直々に??
王子のような護衛??
……一体、なんのことだ。
先生がと言うのは全く何の事か想像できないが、恐らく『王子のような護衛』というのは、昨晩、自分が王子のような気品ある男から『護衛を頼まれた』ことをジョイが話し、大切な部分を聞き間違えたのだろうと思った。
護衛が『来ている』のではなくて、自分が護衛を『していた』のだと訂正しようと思ったが、横に控えたいつも険しい顔をした村長補佐役のテオが付け加えた。
「護衛に関しちゃよ、うちの娘達もキャッキャと騒いでおったわ。あのバカどもが……」
……。
誰にも会っていないと思ったが、明け方着替える時、一瞬だけ自分の小屋から出た際に見つかってしまったのだろうか。
それにしても、あんな時間帯によく遭遇したものだな。
まさかジョイが『王子みたいだった』とか女子みたいに吹聴することもないだろうし……。
周辺を見て今気付いたが、この場にジョイがいない。
最近は村長の跡継ぎとして幹部会にも参加し、大体が補佐役テオの隣についているということだったが。
明け方まで起きていてから、まだ寝ているのだろうか。あれほど遅かったのだ、無理もないか。
出立の挨拶もなしに会えないのは少し残念だが、起こすのも可哀想だ。
「それと、ジョイにも礼を言っておいてほしい。色々…助かったとな」
「水臭ぇな。それならリュカ自身で言ってやってくれよ。
アイツはホント、口には出さんがお前を目標にしているところがあるからなぁ」
村長はジョイに似た、疑いの知らないような屈託のない顔で笑う。
「いや、随分遅くまで起きていたようだから……まだ寝ているだろう?」
自分の問いにテオは首を振って言った。
「あいつには、お前の護衛の相手をしてもらってるから起きてるはずだが」
は?
目を丸くする自分にテオは続けた。
「だから、さっきから言っているだろう。
白馬に乗った『王子のようなお前の護衛が来ている』と…。
彼が恭しく言うもんだから、緊急用馬車を送り返したが」
反応のない自分に、テオは焦りを見せた。
「ええっと……?リュカ、まさか、何か?てっきり俺ら信じちまったが、あの男、護衛じゃない、とかか!?」
思わず勢いよく立ち上がったテオを手で制して、眉間を指で揉みながら立ち上がった。
白馬に乗った…。
嫌な予感がする。
「……いや、この目で確認しよう。どこにいるんだ、そいつは」
まったく……こんなところまでご苦労なことだ。
自分の小屋にジョイともう一人。
図体の大きい赤毛が寝台の上に足を組んで座っていた。
全くもって、小さく殺風景なあばら屋にはひどく不釣り合いな存在。
例えるなら間違えて家畜小屋に舞い降りてしまった、お伽噺の天に仕える鳥のようだ。
さっきまでのヴィルとの気分転換で軽くなったはずの心が、ずっしりと重みを増す方向に振れたのがわかる。
隣のジョイも居心地悪そうに、何故か正座をしている。いや、確かに、正座をしたくなる気持ちはわからなくもない。
先程まで一緒にいたヴィルも、男性と言えど『美しい』と表現出来る容姿だが、こいつの美しさ加減とは少しジャンルが違う。
ヴィルはどちらかといえば甘い容姿のため親近感を感じるが、この男の場合は無表情に黙っていると切れ味のいい刃物のような赤い瞳と、整いすぎた顔立ちが逆に俗世からの隔たりを感じさせるのだ。
出会ったころ、まるでこのような冷たさを一切感じなかったのは、良いか悪いか、あの変な女口調の所為だ。
気配を察した彼は顔を上げた。
「遅かったですね」
今日は『遅かったわね』じゃないのか。
何とも言えない気持ちが過ったため咄嗟に返答が出来ず、じっと彼を見たが、悪びれない様子で口元だけにこやかに笑顔を作った。
「……はぁ」無意識に深い溜息が口から洩れた。
まぁ確かにこんな閉鎖的な村で、あの受け入れがたい女キャラを押し通されても逆に面倒なだけだ。
その判断だけは認めてやりたいが、
「遅かったじゃないだろう。こんなところにまで押しかけて。どういうつもりなんだ、レイ」
ジョイはハッとした顔で言った。
「え?コイツ、リュカの護衛だって…」
また、「はぁ……」と長いため息が出たが、レイはすかさずジョイにフォローを入れた。
「ジョイさん。私は護衛と言いつつ、まだリュカに認められていないんですよ……。
心配して、ここまで駆けて来たんですけどね。押しかけたなんて言われると…本当に胸が痛みます」
伏し目がちに遠くを見遣るレイに、「……苦労するな、お前も」と、ジョイは完全に同情している様子。
おい。これではまるで、自分が悪者じゃないか。素直なジョイを騙すな。この悪人め。
それにジョイも単純すぎるだろう。もっと人を疑った方がいい。
「けれども、リュカは私の尊敬すべき存在。
せめて護衛にと申し出たのは私の単なる我儘なのです。未熟な私をリュカに受け入れて頂けずとも……」
「……もういい」
茶番はやめろ。貴様の方が数倍強いだろうが。と心の中でツッコミを入れた。
レイの渾身の涙ぐむような演技に、ジョイは『それ、わかる…』と言う顔で何度かうんうんと頷くその様には思わず目を覆いたくなった。
我ながら自分も経験値を積んで、大人な対応が出来るようになったのかもしれない。
顔をひきつらせながら、『従順な護衛』に優しく声を掛ける。
「時間がないから、そろそろ学校へ戻ろうか」遠路はるばるご足労かけたなとは絶対に言わないぞ。と見ると、
「はい。喜んで」あたしもこんな退屈な田舎から早く出たいのよ、と聞こえた気がした。
大事な事なので何度でも言うが、護衛など一度も頼んでないからな。
色々と挨拶を済ませ、斜め後ろに控える白馬に乗った美形をため息交じりに見つめる女共が見送る中、レイモンド村を離れた。
荷物が多ければ帰りが遅くなると、丁重に土産を断るが、いつも以上の押しの強さに困ったのは、紛れもなくコイツがいるからだと思う。
この村の女性は、やはり流れ者である自分の野性的なところに少なからず怯えを感じており、積極的に関わりを持つことに躊躇いがあるようだが、目の前の美形は、ハッキリと言って貴族にしか見えないため、逆に女を寄せ付ける要素しかないのだ。
当たり障りのない、まるでユスランか、それともヴィルのように物腰の柔らかい紳士を装う。
まったく、得体のしれん詐欺師だ。
白馬に乗った、果実酒色の瞳と髪。男にするのがもったいない凛とした美しさを放っているのは間違いない。
『王子のような』と表現した時点で、自分自身も彼であるかもしれないと薄々感じていたくらいだ。
どれが本物なのか、段々わからなくなってくるところが怖い。
「リュカ、あたし以外の誰かに遭遇した?」
顔を向けずに訊ねてきた。
二人になった瞬間、女口調か。これが本来の彼…?いや、もはやどうでもいい。
ヴィルには会ったが、わざわざ彼が訊くのだ。何か知っておきたいことでもあるのだろうが、わざわざこちらから情報を渡す必要もないだろう。
それにヴィルも追われている身だと言っていたし、あまり公言するのはよくないからな。
「いや」
「ふうん、そう」
面白くなさそうに返答する。
「それはそうと、ユスランだけど」
思わず顔を上げた。何か良からぬことでもあったのか。
「どうかしたのか」
「滑稽なことに、あたしがあなたを狙っていると思っていたみたいだわ」
え?
何も知らないはずなのに、彼にはシュライゼ失踪時のことも、レイのことも一切話していないはずなのに、違和感を感じていたということか。
「それで、どうした……まさか、ユスランに剣を向けていないだろうな」
例えユスランでも、レイにはかなわないはずだ。
ユスランも自分もプロではない。所詮学生にすぎないのだ。
レイは、薄ら笑みを向けてなんでもないことのように話をした。
「剣を向けられたから、ちょっと脅したくらいよ」
「貴様……!」
「怒らないでよ。あたしはあなたを護ることが仕事なんだから、それを阻止されることはつまり営業妨害ってことだからね。
子供じゃないんだから、そろそろ熱くなる前に、その辺の事情ぐらい察してくれない?」
わかっている。
先程自分もヴィルの護衛を任されたものの、十分まっとう出来たとは言い難い状況に、ひどく恥ずかしさを覚えたばかりだ。
ただ、ユスランは自分の親友。その彼に剣を向けるなど……。
それとこれとは話が別で、断じて許されない。
「レイ。自分の護衛がお前の仕事だと言うのは、もう理解した。
だが、最低のルールは守ってくれ」
「へぇ。進歩したのね」
嫌と言い続けても、この状況が変わることはないからだ。
「例えどんな事情であれ、自分の味方に危害を加える様な真似はやめてくれないか。
味方が自分に危害を加えるような場面に出くわした際は、お前が剣を向ける前に、まず自分で対処させてくれ。
それを飲んでくれるなら、もうお前に護られることに、反抗はしない」
「意外と素直になったじゃない」
「素直になったとかじゃない。譲れない線がわかってきただけだ。お前の線も、自分の線も」
レイはあまり見たことがない優しげな笑みを浮かべた。
「なるほどね。わかったわ。でも」
前を向いたレイは遠くを見つめて独り言のようにポツリと言った。
「ちょっと妬けるわね」と。
どういう意味か、これも演技か。彼の本当はいつも掴めない。
自分のずっと先を歩いていて知らない何かを背負って、ひたすら任務を全うする人形のような男。
いずれ、彼の事も知ることが出来たら、このモヤモヤする隔たりがなくなれば、またあの頃のように話を出来るのだろうか。
手綱を強く引き、後れをとらないように口元を引き締めて、学校へ向けて馬を走らせた。
旅の道中で、レイの過去に纏わる因縁が、自分たちに降りかかろうとしていることも知らずに。




