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Viva la Vida| 男装彼女の素性について  作者: みやつゆ
第08章 海辺の街 再会編

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第077話 世間話 * エーベルハルト〈シュリダンテ〉

シュリダンテ目線。

傍仕えのルシアスが書類を引き取りに執務室に入ってきた。もうそんな時間か。

肩が凝っていたためグイっと背伸びをしながら眼鏡を外すと、短髪で真面目そうな彼が、珍しく緊張した面持ちに何か言いたげな様子でこちらを見ていた。


いつもなら部屋に入ると、すぐさま机を挟んで向こう側の定位置に足を運び一礼して『頂戴致します』と事務的に言い、書類を受け渡すとすぐに退出するといった流れなのだが、今日は若干斜めの位置でこちらに近づきもせず待機姿勢を保っている。

俺は「どうした?」と確認すると、ルシアスはおずおずと近づき普段ではありえない雑談をしてきたのだ。

「……シュリダンテ様は、本日も例の会合、なのでしょうか」と。

意外だな。そもそも俺に雑談を持ちかける者などあまりいないし、ルシアスは特に自分に関わる職務外の事を気にかけるような男ではない。

決して冷たいという訳ではないが、見た目からしても、上の者にへつらうような上手げもなく、ドライと言うか、淡々とした様子で仕事をこなす方だ。

俺にとってはビジネスライクに応対してくる者の方が扱いやすいため彼を重用している節はあるが、それはあくまでも仕事と線引きした上であり、ガレンとの付き合いのようなオフでも慣れ合う関係に至っている訳ではない。


会合なのでしょうかとわざわざ俺に聞かずとも、ルシアスの立ち位置なら公式な予定として把握しているはずだが?

彼の言う『会合』とは平たく言うと『俺のお見合い』であり、明らかにこの男の職務範疇外な内容だ。そんなことにわざと首を突っ込むような物言いに、俺からすると微妙な違和感があった。

少しの間、躊躇いと言う沈黙はしたが、特に取り立てて『それがどうした』などと回答を差し控えるような問いかけでもなかったため、ありのまま返答をした。


「あぁ。本当にうんざりだがな」

そう言いながら書類を揃えて、近づいた彼にいつも通り手渡すと、一礼して退出するかと思いきや更に質問を被せてきた。


「……良い女性は、おられなかったのでしょうか」

「……?」


コイツの口から『良い女』など……。気のせいか、若干落ち着かない様子でもある。

年寄連中に、実務の間に俺の好みを確認しておけとでも言われて来たのか……?

まぁ確かに、幾度か実施された会合での俺は、傍から見ても『義務的にこなしているだけ』というのは明らかだろう。

顔を上げると、ルシアスは我に返った様子で「いえ!立ち入った話をするつもりは!」と恐縮したので、一瞬どうしようか顎に手を置き回答を迷ったが、最近は何かとガレンも忙しいらしく書状を出して呼び寄せるなど憚られるため、俺自身も久しく世間話というものから縁遠くなっていた。

仕事も一段落したところでもあったため、気晴らしに個人的な世間話を許した。


「……それなりに、美人揃いではあるな」

「はぁ」

「だが、何か物足りない」

「物足りない、ですか」

半分分かったような、分からないような顔でルシアスは俺を見ていたが、視線を下げて机に肘をつき暫く考えた。


その理由は俺自身もわかっている。

例の女兵士と比べているからだ。


今までの相手に対して文句をつけるなど、世間の男共に袋叩きにあいそうなほど、美人揃いではあった。

食事会と称した会合をセッティングされ、その場に集う女たちは、位、美貌、知性、作法等、この国のファーストレディとして必要な要素を兼ね備えた、まさに王女にふさわしい一流の女ばかりだと言える。

恐らく、俺の嫁候補として幼い頃から育て上げられたのだろう。そんな努力が各所作や言動ににじみ出ている。

『その中から好みを選べ』という趣旨だが、選ぶ側の俺にとってはどれも同じにみえてくるのだ。


大体が、差し障りのない返答に、自分で美しいと分かっているかのような作り笑いを浮かべ、男であれば誰でも食いつくだろうという隙や色香を漂わせながら、思わせぶりに話を展開していく。

まぁ、見るからに計算されていると分かってはいるが…、彼女たちの自尊心を傷つける趣味もないため、内心、『俺をたらし込もうなどいい度胸だ』と思ってはいるものの、当然それを口に出すことはない。

ぶっちゃけるなら、夜伽の相手としてみるとどの女も不足はない。しかし、婚姻となると話は別だ。一生一緒にいたいかと問われると、首をひねりたくなる者ばかりなのだ。

国が決めたのならそれに従うしかないが、今のところ俺の意見を聞く気もあるようで、都度、会合後『いかがでしたか?』と問われるがはっきりした返答は避けている。

何人かは当然あるはずと思っている俺からの返答がないことを気に病み、相当危険な女もいるようだが、こればかりは同情でどうこうする問題でもない。


そう考えると、あの女兵士は、そんな計算されたも美しさではなかったし、弱くもなかった。

まして媚を売るどころか、あの時は俺も悪かったが、人生で初めて蹴りを入れられたんだからな。城内での出来事だったならば、恐らく処刑ものだろう。

結果的には旨かったが、妙なものも食わせられたし……。思い返すだけで今だに笑いが込み上げてくるほど、ありのままの自分で居れたし、一緒に居て楽しかった。

心からずっと一緒にいれたらと思った。

考え方も芯が通っており、俺よりも真剣に今を生きている感じがした。

大勢の女がいるのに、あれほど知りたいと思わせるような面白い女は周りにいない。


だが、何度思い出しても、ただ切なくなるだけ。

彼女はいないのだ。

いつかは消えると思ったこの感情も、『お相手を』と迫られる度に思い出すとは、なかなか…こじらせているらしい。


珍しくルシアスは部屋を退散せず、俺の言葉を待っているような気配だったため、ため息交じりに世間話を続行させた。

「お前は結婚しているのか?」

ルシアスは首を横に振った。

「いえ、未婚です」

「それならお前も他人事のように笑ってられんぞ。周りがうるさくなる前に好きな女と一緒になることだな」

俺の返答に若干目を見開くルシアスは、小さく言った。

「…王子は…」


どうせ、『好きな女がいるのか』と問うのだろう。すぐ逆に聞き返した。


「お前はどうなんだ?」

真面目そうに見えるこの男も、そういうたぐいの話が好きなのか。

見上げると、ルシアスは顔を背けて小さくつぶやいた。


「います…好きな人は」


ほう。正直に答えるのだな。

赤らめるその顔は、真面目そうなルシアスが見せる意外な一面だった。


「それなら早いこと一緒になれ」

「そ、そういう簡単な話では…」


確かに。俺の傍仕えをするくらいだ。彼自身もある程度の身分なのだろう。

位が高くなればなるほど、一族の意図で相手を決められるのが主流だ。


「…俺は諦めたが、後悔はしないことだ」

「諦められた、のですか?」


真面目そうな顔で確認する。諦める以外の選択肢があると言うのか?

皮肉めいた微笑で返した。


「俺の場合は、奇跡でない限り、自分の想いは通らない。

 国を背負っているからな。違うか?」


俺の発言は少々意地悪だったことを認めるが、何故お前がそんな切なそうな顔をするのか。

ルシアスは、物憂げに「そうですね」と目を伏せてから書類を抱えたまま考えたように立ち尽くし、独り言のように続けた。


「私は、王子のように諦めるなど、出来ません。

 ……忘れる方法を教えてほしいくらいです」


その後見上げるような鋭い眼光を向けるルシアスは、俺に対してか自分にか、どちらに怒っているのかわからなかったが、露骨に示す表情に興味をそそられた。

理性の塊とも思えるようなこの男がな。もう一度脇に置いた眼鏡をかけなおして言った。


「俺も忘れた訳ではない。ただ冷静になろうとしているだけだ」


ハッとした顔になったルシアスは頭を直角に下げて言った。

「も、申し訳ございません!込み入ったことをお伺いした挙句、感情的に…!」

「いやいい。久々にこういう話も面白い」

「………。」

「後悔せんようにな」


再度深くお辞儀すると、バツの悪そうな顔でルシアスは退出した。


結局、年寄連中に遣わされた感じではなかったようだな。

恋愛で思い悩むことでもあったのか。俺に気持ちを吐露するなど、相当混乱しているのか。

単なるドライで面白みのない真人間かと思いきや、ルシアスも人の子だな。


フッと笑いが込み上げ窓の外の雲を眺めながら、微妙な気持ちのまま俺はまた筆を取った。


『忘れる方法を教えてほしいくらいです』


……全く。それは俺のセリフだ。



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