第070話 理想郷 * レイモンド村〈リュカ〉
リュカ目線。
小屋に戻ったのはいいが、厄介なことになってしまった。
何故かこんな夜中(?)にジョイが自分の小屋に居たのだ。
帰ってきた自分たちに目を丸くするジョイは、後ろの男を見ながら震える声で言った。
「リュ、リュカ。……こんな夜遅くというか朝早くまで…何してたんだ」
「何していたとは妙な訊き方をする。お前が勧めてくれたんだろう。ミネアの墓参りだ」
「いや、ちょっと待て!じゃあ、その後ろの男は誰なんだ」
ジョイの指し示す指の先にはヴィルが立っている。
とりあえず軽く会釈したヴィルはやはり紳士だ。「こんばんは」と告げたが、すぐさま自分に耳打ちした。
「…リュカ。彼は、あなたの何なんです?
夜中に部屋に出入り出来る男…という解釈でよいのでしょうか…?例えそうであっても、信じませんが」
「つまりどういう解釈だ?」
夜遅くに酒を持って自室に遊びに来る連中は寮でもいるが、それ以上は言わなかった。
一方のジョイは自分に耳打ちするヴィルを見ながら、目を白黒させて別の仮説を口にした。
「と、言うか、お前さん…もしかして、都会から、男連れで帰ってきてたのか…?!」
軽くため息をついた。
…そんなわけないだろう。それならもっと先に紹介している。
何やら話がややこしくなってないか??
二人の間には若干、得も言えぬ険悪な空気が流れている気はするが、初対面だし、第一印象でソリが合わないとこういった具合になるのかもしれんな。
ここはきっちりと自分から話をした方がいいか。
「簡単に紹介しよう。彼はジョイ、恩人の孫。彼はヴィル、今しがた自分を護衛として雇った主人だ」
紹介された二人は、しばらく沈黙のまま目を合わした。
何とも言えない表情をしている。
「また、ぞんざいな説明だな。てか、リュカに護衛を頼むなんて…お前、一体何様なんだ」
あまり人に食って掛かる性質ではないはずのジョイが眉を寄せて(あまり怖くがないが)ヴィルをにらみつけた。
ヴィルはどこかすかした表情で、若干安堵したように、口元に手を当てて小さくつぶやいた。
「恩人の孫というだけの関係で、夜中に女性の部屋まで上り込むとは…」
「おい、何が言いたい!そういうお前も『今しがた』出会った仲で女の家まで来るというのは、はっきり言って無粋だろ!」
放置していたらいつまでも言い合いをしてそうだったため「…何を揉める必要がある。それくらいにしておけ」と止めた。
女性の家に上がるには特別なルールがあるのか?とふと疑問に思ったが、口に出すとまた『常識がない』などと馬鹿にされそうな気がしたため、その問題にはあえて触れなかった。
でも、一応止めはしたが、正直こういう軽口の叩き合いは聞いていて心地いいと思うのだが、自分はどこかかわっているのだろうか。
さぁ、夜が明けるまで時間がない。
着ていた服と鋼の胸当てを見つけると、首元のボタンを外した。
すると二人はほぼ同時に言った。
「おい、まさか今着替えるわけじゃないよな!」「リュ、リュカ、場をわきまえて下さい…」
「?」
ユスランが二人いるような錯覚を覚えた。
裸になるつもりはないのだが…それもダメなのか。
全く女とは、面倒なことだ。
「時間が…ないからな」と遠慮がちに答えると、口げんかしていたはずの二人だったが、どちらともなくため息をついてこの部屋から黙って出て行った。
なんだ、仲がいいのか悪いのか。
とりあえず一人になった部屋でいつもの服に着替え身支度を整えると、暫くしてから入室許可をキッチリと取った後、ヴィルが小屋に戻ってきた。
「ジョイはどうした?」
「寝ると言っていました」
そうだろうな。こんな時間まで自分が帰らないことを心配して待っていてくれたのだろう。
『一人にしてやる』などと言った手前、墓にも見に来れなかったのだろう。想像して苦笑した。
村に帰っても過保護な人がいたんだな、と。
さて、今は与えられた仕事をまっとうするまでだ。
周辺地図を広げ、指で国境をなぞる。
「これが国境の壁。そして、この山がここレイモンド村だ」
「ということはもうここが国境付近」
「そうだ、この家の敷地の本宅からも昼間は壁が見える」
「リュカは里帰りだと言っていましたよね?なら周辺の警備体制はわかりませんね」
変なことを聞く。
エーベルハルトへ渡ろうとしているのだろうか。
「あそこに渡ろうとするのは危険だ。やめておいた方がいい。あのような警備を抜けるなどプロでも不可能だろう」
「いえ、渡るつもりはないのです。状況だけを把握したい」
妙な要望だとは思ったが、何の目的か訊ねることには抵抗があった。
護衛を連れて単身でこのような場所をさまよっているのだ。楽しげな事情でないことだけは察しがつく。
「…そうだな、半年くらい前との比較であれば何となくわかる。毎日見張り櫓で隣国を眺めていたからな」
「え?」
淡い栗色の瞳が見上げた。
あまりこういう話はすべきではないのかもしれないが、偽る必要もないのでありのまま答えた。
「隣国には興味があったのだ。自分はそこへ旅をする途中でこの村に流れ着いた」
「リュカは旅人、だったのですか?何の目的で?」
「大した目的ではない。というか、目的は今となってはわからない。
ただ、自分は幼い日に興味本位で言ったのだ、『木』を見たいと」
「木?」
胸にしまった首飾りを引き出した。ロクシアが置いていったものだ。
手の上でコロンとそれを転がす。
「これはとある木の樹脂からできているらしい。この原木を見たいと言ったのだ。それが多分、旅の始まりだったんだと思う」
ヴィルは不思議そうに見つめた。
「珍しい石ですね。見たことがない……」
すると、何かを思い出したようにヴィルは付け加えた。
「……白い、花の咲き乱れる木…」
「ん?」
「いえ、昔、聞いたんです、母上から。異国の遠い地に白い花の咲き乱れる理想郷があると」
「理想郷か。良い響きだ。
それが自分の目的の地であるなら、エーベルハルトは理想郷ということなのかもしれんがな」
ロクシアが自分を理想郷に連れて行こうとしたと信じるのもいい。
夢見がちな一昔前なら、何の根拠もなく、そう信じたかもしれない。
口ではそう言ってみたものの、自分は想像だけで生きるのはもうやめたのだ。
今はまだ、策を練れるほど自分自身が成り立っていない。だから無謀にも渡航しようとは思わないが、いずれ向こうに渡ってロクシアの意図を掴みとりたいとは思っていた。
ただ、今は、身の程を弁え、色々な力を身につける時。
来たるべき時のために、自分は地に足をつけ、強くなる必要があるのだ。
そう心の内で決意表明してから付け加えた。
「それも想像でしかないから、最終的にはこの目で確かめてみたいが。
そういう意味では、自分の旅は、まだ続いているのかもしれないな」
目の前のヴィルも、自分の意志をくみ取ったかのような瞳で深く笑顔で頷いた。
「リュカ。あなたとは、意見が合いそうだ」
「え?」
「エーベルハルトはただ我が国を虎視眈々と狙う敵国であるとしか私も聞かされていない。
本当に野蛮な国なのか、母上の言った理想郷がその地のことなのか。
歴史上長年敵対していた国ですから何の情報もありません。あなたが仰る通り、出来るなら私もこの目で確認したい」
自分が思っていた以上にヴィルは大人なのだろうか。手間のかかる女性的な男という印象しかなかったがしっかりした意志がうかがえる。
「奇遇だな」
頷く自分に、ヴィルは優しく目を細めながら続けた。
「『見聞きする内容だけが全てではない』
母上にそう教えられて、実は、そのためにはるばるここまで来たのです。
それが、私の旅の目的なのです。色々な現実をこの目で受け止めたくて」
穏やかな口調だったが、栗色の目には強い熱意が感じられ好感が持てた。
「そうか」
正確な目的は理解できなかったが、漠然とした『ものの考え方』が自分と似通っている風に感じられたため、ヴィルの護衛をするにあたって『ありあまる程の報酬、つまり指輪に値する働き』を重視するというよりも、彼にとってより意味のあるものにしてあげたいという動機に変わっていった。
「わかった。なら、とりあえず国境付近の警備状況がよく確認出来る高台まで行こう。
あまり他人には知られたくはない、自分だけが知っているとっておきの場所だ。馬は置いていくしかないようなところだが、大丈夫か?」
この男が本当について来れるか心配だったが、ヴィルはあっさりと答えた。
「わかりました。よろしくお願いします」
行けなかったら引き返すまでか。
とりあえず彼が満足いくところまで付き合ってやろう。
剣を磨き、必要な物を鞄に入れて着々と準備を整えた。




