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Viva la Vida| 男装彼女の素性について  作者: みやつゆ
第07章 護衛任務 山岳冒険編(ヴィクトル編)

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第064話 最期の別れ * レイモンド村〈リュカ〉

リュカ目線。

ジョイが部屋を去ってからミネアが自分のために作ってくれた女物の衣装をもう一度じっくり眺めた。


体の線に沿った細見のかたちで、上等な色とりどりの布が足元の裾にかけて花開くようにデザインされている独特の作りだ。

裾の長さもくるぶしまであり、膝上まで切れ込みが入っているのが気にかかるが、そのおかげで足は十分に自由がきくし、意外と上半身は首元まで詰まっているため、胸が露わになるような代物ではなく、着ていて安心が出来るものようだ。

多少激しい運動に対しても融通がきくように作られているのか。


足元には光るような糸で細かい刺繍が施され、片方の腰のあたりに描かれた大輪の花が斜め上の肩に向かって花びらが舞うような構図で、本当に小さな石を糸で縫いつけて描いているように繊細に、立体的な花が咲き乱れているようだ。

見事な衣装。

見れば見るほど素晴らしく、自分を想って一つ一つ縫い上げてくれたのだと思うと胸が熱くなった。


躊躇いながらもギュッとそれを抱きしめたが、やはり女物の衣装を自ら着るということに勇気が出ないため、また傍らに置いた。

決心がつかない。

……何度それを繰り返しただろう。素晴らしいが、素面しらふで女物の衣装を着るのだぞ……?

もう少し、考えさせてくれ。

あの海辺の街の時はされるがままだったから、拒否するなど自分の感情を挟む隙がなかったが今はこうして自分に任されている。


そうこうしていると日も完全に落ちたため、立ち上がり一か所だけ明かりをつけた。

暖色の灯が揺らぐこの光景も久しぶりだ。

自分がここの借家で過ごした時は何を考えていたのだろう。もう、昔の事のようだ。


ふと思い出してミネアから別れの時授けられた短剣を手に取った。

彼女はあの時こう言っていた。


『リュカ、約束して頂戴。あなたは、生きるために戦うのであって、戦うために生きては駄目。そして、この剣は、あなたを守るためだけに使うのです。これは私の分身だと思って』


その意味を正確に理解はできていないが、ミネアがこの短剣に込めた特別な思いだけは感じ取ることが出来た。

分身と言った短剣。

それをじっくり見たのは今が初めてではないだろうか。

思いのほか手の込んだ造りで相当な細かい模様を隙間なく掘られているが、ミネアの作ってくれたこの衣装とは全く味わいが違う。


衣装は色とりどりの色をふんだんに使い明るく華やかなに仕上げているが、この短剣は真逆。

とても荘厳で昔風。幾何学的で緻密な模様がびっしりと掘られている。

木の枝なのか、何筋にも二股に別れた絵柄が、一つの窪みを囲んでいる。

疑問に思ったことがなかったが、その窪みに何かをはめ込むのか、それともそういう造りなのか。

手に握ると、この鞘は何で出来ているのかわからないが温かくも冷たくもあるような不思議な素材なのだ。

それは、胸元に忍ばせた例の石と似たような手触りだった。


短剣と、石。それぞれを見比べていると、何故か仄かに石が輝いた気がした。


気のせいか。ゆっくりと短剣に近づけると、更に石が熱を持ったように感じた。

不思議な気分でそれを見ていたが、もしかして、この窪みにこの石がはまるのではないかと何気なく近づけると、


「!」


一瞬、ゾワっと全身の血が震えるような違和感を感じた。

な、何だ。

今までに感じたことのない悪寒がする。


本能的に、それは駄目だと解釈して、石をまた首にかけた。


今のは、何だ……。


まだ胸のあたりがドキドキしている。


そうだな。短剣の窪みにはまって取れなくなっても…面倒だ。

…ロクシアとミネアは、仲もよくなかったみたいだし、と心の中で言い訳をした。


あまり深くは考えないでおこう。




窓を少し開けると、まだミネアの小屋から声が聞こえてくる。

そういえば、ジョイが言っていたな。「今夜村人は墓へ行くことはない」と。

何となくそんな気はする。風に乗って流れてくる声は意外にも楽しいものだったから、ミネアを忍んで夜通し宴会でもするのだろう。

どこかの街で見た葬式も祭りのように楽しげだったのを思い出した。

一定の期間この世に魂魄が残っていると考えられていて、まだそこに死者が居るかのように酒を振る舞ったり、会話を楽しんだりするのだ。風習など信じてない自分からすると滑稽に思えたが。

つまり墓で眠る前のミネアのための前夜祭というところか。


自分はこの村の風習などしらない。

ミネアに別れを告げていないが、みんなの前で騒ぐことが自分の別れ方ではない気がする。

確かに、ジョイが言ってくれたように、墓に向かい、ひっそりと、ミネアと二人で過ごすような別れ方がちょうどいい。


自分らしい別れ方だ。


それに、折角、こんなに細かな刺繍をちりばめて……、体がしんどい中、衣装を作ってくれたのだろう。

時間も相当かかっただろう。

その労力を考えると、着ない訳にはいかないし、今着ないと着る機会もないかもしれない。

暫くその楽しげな音を聞いていたが、少し寒い風が舞い込むと、意を決したように衣装を手にした。


こうもしていられない。自分なりの最期の別れを済まそうか。




簡単に粉で顔をはたき、唇には薄く紅だけひいた。

例の衣装より、この民族衣装の露出は少なく、動きやすい点がよかった。

念のために例の短剣を差し、ランプを持って、小さな借家から素早く抜け出した。


こんな恰好で誰にも見つかることは出来ない。

目的地までは慎重に周りを確認しながら息を切らして走った。



小高い山を登り少し開けた場所に墓地があった。


新しく設けられた一つの杭を見つけた。名前は書かれていないが恐らくこの下にミネアが眠っているのだろう。

埋葬時に撒いたのだろうか、この杭の周りには沢山の色とりどりの花びらが散り、月の光が優しくそれらを照らす。

ランプを置いて、そこに散らした花びらをかき集めた。

自分が辿り着けなかった時間を、巻き戻すかのように、もう一度その杭の上から両手で撒いた。


ひらひらと柔らかく舞い落ちる。

何度も、何度も。

そんな風習かは知らないが、ミネアに来たことを伝えるたえにそうしたかったのだ。


風が言っているような気がする。


『大丈夫よ、大丈夫』


遅くなったことを絶対に咎められることはないだろうが、彼女の最期を看取りたかった後悔は、一生消えることはない。

目頭が熱くなりかけたが、村の皆はあれだけ楽しげなお別れをしているんだ。

自分だけ泣いていては、ミネアも悲しく思うだろう。

そんな気分で無理やり笑顔を作った。


「ミネア、ただいま。……遅くなってごめん」


杭に寄り添うと、一緒に居てる気分になった。

帰宅したらまずどんな話をしただろうか。そうだな、結局学校のことはミネアに語れなかった。

近況報告といっても、入学当初からだ。色々あった。


「ええと、学校では一応元気にやっている。

 まず、友達が出来た。名前はユスランって言う。彼は自分とは全く違う立場の人間なんだけど、本当に優しい男だ。

 一見冷たい顔つきだけどな、本当に頼れる存在だ」


そう言うと、ミネアは何て返しただろうなと想像して笑った。

『一度村に連れておいで』と言っただろうか。

多分、もっといろいろな学校の事を聞きたがるはずだ。


「それに……」


と言って、首を横に振った。


……思った以上に、報告できないことが多いな。

入学式のいざこざや、シュライゼやレイの事は報告できない。

まして、あの黒い男の事などは……。


ふふ、そうだな。


あれから随分、時間が経ったのだな。

気付かない内に、ミネアに色々な話が出来る程、自分の周りの環境も変わった。


けれども……。


「やっぱり、まだ一度もロクシアに会えてない。

 会えてないけど、自分はもうその幻想だけに頼ろうとは思わなくなった、かな」


もう一度杭に触れる。


「ミネアにも、色々聞きたいことがあった。

 つらかったことや、楽しかったこと。昔の思い出とか。もっといっぱい話を聞きたかった。

 学校へ行って初めて気付かされたのだ。人に対して自分は随分無関心だったようだ。

 相対するその人の事情を、何も知ろうとしなかったんだって、痛感した。

 ……だから去って行った人もいた……。

 ロクシアも、そうだったのかも、知れない……」


深く息を吸い込んで続けた。


「けれどこれからは現実から、目を逸らさないようにする。

 そして、相手を知るように努力する。もう色々と後悔したくないんだ。

 ミネアは反対したけど、自分の生きる道は、剣を握る道、今はこれしかない。

 これ以外にあると思ったら、全てあきらめるよ。男であろうとすることも。

 けれど、それまでは、もう少し続けさせてほしい。

 自分は、どうして生かされてきたのか。自分は何者なのか。

 自分は……知らなければならない気が、するんだ」


メイリンが言った。

『今はアレフリル公国と言うのかしら。

 そこの『悲劇の王女』という有名な歌劇に出てくる一説よ。

 想い人が居ながら祖国のために嫁いだ悲しい美姫の話。

 旅立つ彼女は想い人に気持ちを伝えず国を離れる。

 その時、彼女は言えない思いを、その願掛けによって彼に伝える。

 『空を斬って、胸で結ぶ。あなたを傷つけるつもりはなかったの。これだけは信じて』ってね』


自分は『悲劇の王女』ではないけれど、ロクシアがそうしたようにアレフリル公国の願掛けをした。

自分は、王女などではないし、男装をして剣を持ち、戦いに明け暮れる女でもない。


ミネアの前では、ただの娘。ただの女だ。


「ミネア、心配しないでください。私は、大丈夫ですから。強く生きていきますから。

 安らかに、お眠りください」


そう言った瞬間、空に向けて突風が吹いた。


彼女が答えたと思うほどのタイミングで、色とりどりの花びらが、風に吸い上げられ、宙を舞ったのだ。


それは、幻想的な光景だった。


月を背景に浮かぶ花びら。

なんて美しい光景なんだ。


そして、足元の裾がひらひらと舞うのを感じ、民族衣装を着ていることを思い出した。


「……それと、ミネア、ありがとう、この服。自分のために作ってくれたんだってジョイに、聞いた。

 似合ってると、いいけど……」


て、何言ってるんだ自分。


と恥ずかしくなった時だった。



突然、茂みが揺れた気がした。

意識が一つに集中する。

咄嗟に携えた剣の束に手をかけた。



これは、風に揺れる音ではない。


人か、獣か……。



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