暑い。とにかく暑い。2.
帰社すると、事務所にいるのは3人だけだった。
事務社員の女性、三宅さんと藤川さんの二人に、男性チーム管理者の大友さん。常勤も登録ヘルパーも基本的には直行直帰で、事務所はいつもスペースが余っている。
「おかえりぃ。23日橋田さんのやつ見ました? キャンセルやて」大きな体でデスクチェアを軋ませながら、パソコンのシフト表とにらめっこしていた大友が事務連絡を知らせる。帰りがけに見たチャットグループへ届いていた内容だ。
「行くの浅田君でしたよね。時間数割とギリギリやから、25の岸本さんケアを箕輪さんと交代しときましょうか」
「ういー。変えときますぅ」
バイクのヘルメットを窓際に置いて、ウォーターサーバーから冷水を汲む。
もう夏だ。移動がきつくなってくる。
「新規どうでした?」眼鏡を外して書類をチェックしていた三宅が、デスクから声を投げてきた。「特殊区分やから、入れる人限られそうですよねぇ。しかも女の子ですし」
「そうなんですよねぇ」
自分のデスクに座り、パソコンの利用者フォルダから新規アセスメント雛形ファイルを呼び出す。
利用者氏名:沢田 杏 女性 17歳
診断・区分:特発性体表燃症 特殊区分3級
月経期、不安や緊張状態の際に燃症発現の可能性あり
女性ヘルパー希望
ケア内容:母親就業時間中の移動支援、居宅見守り、軟膏塗布等
入力したアセスメント表をプリントアウトして、テプラの名前シールを背表紙に貼り付けたファイルへ挟む。
誰に行ってもらったらいいんだろう。
クラウドに保存してある女性ヘルパーのシフト表から、スケジュールを組めそうな担当者に当たりをつける。
登録ヘルパーだと労災がおりないので、安易に行かせることは出来ない。常勤で落ち着いて対応でき、思春期の年代に理解を示せる人が望ましい。
うちはこのご時世に珍しいと言って良いぐらい、人材には恵まれている。
登録ヘルパーも合わせると34人、そのうち男性ヘルパーが4割を占める。
毎度課題となるのは、特殊区分での報酬制度だ。他の利用者に比べて物理的なケガのリスクが起こりやすいのに、重度訪問介護と同じか、少し安いぐらいの水準になっている。
普通は行動援護のような特定資格を作って対応すべき話だが、まだそのような資格制度が整っていないから、現場のさじ加減に丸投げされている。
今のところは訪問時間を少し長めに取り、早めに終われば退室して良いという許可をもらって帳尻を合わせることもあるが、自己負担が含まれる利用者としては不満が出ることも考えられる。
諸々を整理すると、常勤で実家に住んでいるか結婚していて、世帯主が別にいる人が望ましいということになる。
「今だと真鍋さんぐらいかなぁ……」
他にもいないことはない。しかし希望の曜日が他のケアとかぶるから、自ずと候補が絞られる。
うちぐらいの規模でもこの調子なのだから、受け入れ先となる事業所が少ないのも納得だ。
そもそも、特殊区分という枠にくくられる人の棲み分けがまだ曖昧なのだ。
体から火が出るだけではない。
石のように硬化したり、帯電体質で生活に支障が出るのはまだ分かりやすいが、ヘモグロビンの働きが異常に活発なおかげで誰よりも速く走れる人が、パラリンピックで無双して良いのかなんて論争も、記憶に新しいところだ。
海外ではこのような体質を持った人のことを「Political Monster」の略称で「POLIMON」と呼んで差別する兆候もあるらしい。
ポリモンて、任天堂に怒られろ。せめてX-MENあたりにしたってくれとも思う。
ああ、愚痴が止まらない。居酒屋で会社の悪口を言うような大人にはなりたくなかったのに。
「真鍋さんやと、世代的に難しくないです?」藤川が顔を上げる。「会話がメインやし、年近い方がいい気はするんですけどね」
「菊池さんあたりでもいいとは思うんですけど、シフトがねぇ。真鍋さん、娘さんが同年代ぐらいやから、その線でどうかと思って」
「ああ、なるほど」彼女は立ち上がり、冷蔵庫からアイスコーヒーの入ったボトルを取り出し、紙コップに中身を注ぐ。「たしかにお母さん目線の方が、微妙に話合わんくても気にならんかもですね」
「かもです」
圭介はパソコンのウィンドウを切り替え、ブラウザからAIチャットのページを開く。
特発性体表燃症患者の介護へ従事するにあたって必要な準備物、留意点について教えて下さいと入力すると、すぐさま回答が記述された。
ケア現場には耐火スーツ、濡れタオルを必ず持参すること。必要以上のコミュニケーションで感情を刺激し過ぎないこと。
参照:厚生労働省ホームページ
概ね想定通りの内容だった。
耐火スーツについて検索すると、最初の方に出てきたのはレーシングドライバー用の白いツナギだった。
125ccのスクーターで移動する人がこれを着るのには違和感しかなく、他の商品をあたってみる。
全身が銀色のアルミ製で溶接工のような頭巾までついたものもあるが、さすがに大げさすぎる。
最終的にAmazonでポチったのは、カーキ色をした薄手のツナギタイプのものだった。本人のサイズが分からないが、とりあえずLサイズで注文した。
スマホのグループから連絡先を引っ張り、通話ボタンを押す。
〈はいはいー。どうしました?〉
快活なおばちゃんの声が、少しだけ音割れして聞こえてきた。
「お疲れ様ですー、すみません。真鍋さん今大丈夫ですか? 特殊の方で新規行けるか相談なんですけど」
〈はいはい、どんな? 近いん?〉
「場所は谷九寄りの天王寺なんですけど、発火系の女子高生なんですよね」
〈ハッカ? あたしあんまり好かんわ。のどキンキンすんのがねぇ〉
「あーそっちじゃなくて。体から火ぃ出る方の」
〈火ぃ出るてあんた、危ないやないの〉
「そうなんですけど、いうて基本は自分でコントロール出来てるんで、普通の女の子なんですよ。話し相手ぐらいの感じで、木曜の15時-17時とかなんですけど……」
〈木曜? 15時かぁ、その時間はちょっとなぁ……ええよ〉
ええんかい。
「すいません、ありがとうございます。詳しい事と持参物について伝えるんで、また事務所寄れる時教えてください」
〈はいはいー〉
通話を切り、ほっと息をつく。
とりあえずケアの体制が整ったというには、まだ足りないところだらけだが、最大の壁である人員については真鍋に感謝だ。
パソコンのウィンドウを切り替え、圭介は少女の症状について詳しく調べ始めた。
しょうじょの、しょうじょう……あぁ、しょうもない。




