暑い。とにかく暑い。1.
どうしよかなぁ……。
目の前にいる人物との会話に相槌を打ちながら、篠崎圭介は内心で悩んでいた。
大阪市天王寺区にある小綺麗な2階建ての一軒家は、パッと見でそれほど変わった様子はない。
1階には四人がけのテーブルが据えられたリビング・ダイニングとキッチンがあり、その手前にバスとトイレ、2階は夫婦と1人娘の寝室が一つずつ設えられている。
圭介が訪問したこの部屋に住む沢田家の三人家族を見た時もも、家と同じ印象を持った。特に変わった様子はない、一般的な親子だ。
「うちの人に転勤の辞令が出まして」スヌーピーのTシャツを着た母の沙織が、ダイニングの席順に迷った末に立ったままでいる圭介を呼んだ理由を説明する。
「この家は買ったんで、耐火素材の壁紙とかスプリンクラーの設備とか、好きに出来るんですけどね。そこまで許可出る賃貸が、向こうで見つかる見込みも無さそうで」夫の善治が補足した。40代前半でクラシックなフォルムのメガネをかけた、落ち着いた印象の男性だった。
単身赴任で出向せざるを得ないのだという事情を、圭介はその言葉から受け取る。
「確かにお母さんとお二人となるとね。ご心配もあるでしょう」
彼の言葉に娘の杏は、少しムッとした表情をした。
ヤバい、と圭介は身構える。
杏は黙ったままだが、体の前で組んだ手の端から、小さな炎が灯るのが見えた。
「いや、心配ていうのは普通にアレですよ。親としてのね」
いちいち見え透いたこと言わんでええねんと、こちらを見る目が語っている。
「それじゃあ僕ら、ちょっと買い物行ってくるんで。篠崎さん、よろしくお願いします」
善治が頭を下げ、娘を促す。ポーチとエコバッグを持って、二人は部屋を出ていった。
沙織の向かいに空いたダイニングの椅子に腰掛け、圭介はホッと息をつく。
「すみませんね。難しい年頃で」
「いえいえ、そんな。ちなみに、発火するタイミングがこういう時っていうのは決まっていたりしますか?」
聞くと、沙織は誰もいないのに少し声を潜め、言いづらそうに答えた。
「決まってるのでいうと、だいたい目安があるんですけど……PMSがね、いつもひどいみたいで。そういう時ですね」
なるほど、と腑に落ちる。娘の目の前で本人の生理事情なんて話すわけにはいかない。とりわけ発火体質を持つ少女である。思春期の気持ちの乱れが、予期せぬ症状の発現に繋がりかねない。
「女性やと避けられない問題ですよね。ケアに入るのも基本女性にさせてもらおうかと思いますけど、どうしても担当の都合が合わない時は男性になるかも知れないです。そこは大丈夫そうですか?」
沙織は少しの間思案した。「多分、月イチのタイミング以外はあんまり問題ないので、その場合はキャンセルさせてもらう感じになると思います。あくまで、うちの人が心配だって言うのでお願いしてて、私がいれば必須ってわけでもなくて」
役所で同じことを言ったら、支給を打ち切られて全額負担にされてしまうだろう。よく申請がおりたものだ。
「そうですか。かしこまりました」圭介はメモ帳を閉じると、ホッチキスで留めた書類を沙織の方へ差し出した。「こちら契約書なんですけども、キャンセルの場合は24時間前まででしたら料金はかかりませんので。自己負担金が含まれますから、この点はお気をつけ頂けたらと思います」
その他の注意事項も沙織はうなずいて聞き入れ、最後に同意書へサインをした。
「それではお父様が転勤されるまで1ヶ月ありますから、それまでに問題なく対応していけるよう、担当とスケジュールを組ませて頂きます。このファイルに次回からの実績表と一緒に契約書も入れているので、分かりやすい場所へ置いといてください。ご質問は他にありませんか?」
大丈夫です、という返事を聞き、圭介は腰を上げる。玄関まで沙織に見送られ、訪問介護の新規契約に訪れた家を出た。
人体発火の利用者を受け持つのは初めてだ。
この類のケアに「介護」という言葉を使うことに、まだ慣れない自分がいる。
体から火が出るということ以外には何の問題もない、普通の高校生なのだ。
一般的な要介護者みたく意思疎通が取りづらいとか、ベッドから動くことができないということもない。父親と一緒に買い物へ行く程度には家族仲も良い。
それでも、彼女はその症状一点において、通信制のフリースクールに通い、一人で外出することができない生活を余儀なくされている。
なんとも荷が重い。




