幼少期の思い出
子供のから、よく言われたことがあります。
「どうしてお前は、普通に出来ないんだ」
同級生、先輩後輩、先生、親戚、そして親。私は会う人会う人みんなにとってはノイズだったんだと思います。
心無い言葉を初めて掛けられたのは、私が幼稚園生だったころです。
私が通っていた幼稚園では、先生や友達の前で何かを発表する時間が設けられていました。ある人は自宅で育てた朝顔、ある日は妊娠した猫のレントゲン写真、金持ちの子は自宅で練習したという当時流行っていた『千の風になって』のピアノ演奏。先生はとてもやさしい人で、たとえ砂場のお山でも手拍子で褒めてくれました。
私はそんな周りの子供たちがとても羨ましかったです。私も褒められたい。いや、誰よりも先生に『凄いね! みわこちゃんが一番だよ』と言われたかった。
私は先生が褒めている理由はなんだろうと思って、皆のことを観察していました。そこで出た結論は今振り返ってみればとても安直でした。
『珍しいもの』
朝顔も、レントゲン写真も、ピアノも、私は初めて見たからとても興味津々でした。きっと先生もそうだ。先生も、初めて朝顔を見たんだ。だから驚くほどに嬉しかったんだ。そんなはずないのに、私は謎に確信がありました。
そうと決まれば、やることは簡単です。
私も、珍しいものを持ってこよう。
手始めにポケモンを捕まえようと地元で一番大きかった長居公園を探しました。朝日がまだ本領発揮していない時間から、街灯の明かりだけが照らされる時間帯まで探しました。
見つかったのは野良猫だけでした。野良猫なんか、よく街で見かけます。こんなの持って行っても、先生は驚いてくれない。
次に私はピアノを習おうとしました。幸運なことに家の近くにピアノ教室があったので、いつでもピアノが弾けると思い、お母さんにお願いしました。返ってきた答えは「ダメ」の一点張り。「どうせ飽きる」「ピアノを習うにもお金がいる」と言われ、私のピアニスト計画は失敗に終わりました。
よくよく考えれば、ピアノを弾いた子と私には、相当な収入格差がありました。あっちは夏休み、冬休みのたびに海外へ旅行に行った話をしていましたが、私が家族でいった旅先で一番遠いのは北海道です。
次に私は、お花を育てようとしました。植木鉢は年少の頃に持って帰ってきたものがあったので、あとは土と種さえあれば完璧でした。
お父さんに猛反対されて終わりました。「お前、チューリップどないした」
もともと、植木鉢に入っていた花はチューリップだったのです。そして花は、面倒くさく一度も水をやらなかったため、ほかのみんなが満開の花を咲かせていた中、土の中で本来の姿を取り戻すこと亡くなくなりました。
「次はちゃんと育てる」とコーナンの前で一時間くらい駄々をこねましたが、「おいていくぞ」の一言で恐怖心が生まれた私はすぐに花やり計画を放棄しました。
万策尽きた。という表現がぴったりでした。私はこれで、もう先生に褒められることはないのかなと思い、悔しくて泣いていました。
そんなある時です。いつもより早く目が覚めた私は、チュンチュンと聞こえる雀の鳴き声に誘われたのか、フラッと外に飛び出しました。
すると、昨日の夜までにはなかったはずの白い猫が一匹、すやすやと眠っていました。
まるであるしている最中にポテッと倒れたように、口から血を流して。




