みっちゃん
みっちゃんこと黒木美和は、私と同じ早稲田大学の同級生です。同じ学部、同じゼミ、そして美和子と美和で共通点が多いことから、大学時代はよく遊んだものです。
みっちゃんは東京のIT企業に就職したことから疎遠になり、連絡もここ三年近くとっていませんでした。
「久しぶり! みっちゃん!」
いろいろと話したいことがありますが、この感動の再会をかみしめたいのが一番の想いです。
人通りの多い中、衝動にかられた私はこれでもかというほど強い力で抱きしめました。
「ちょっと、なに!?」
私の感動と反比例して、みっちゃんは私の抱擁を一秒でも早く引き離そうとしていました。
私は思わず手を放してしまいました。その言葉はほかっからでもない、目の前の彼女から出てきた言葉だったからです。
「……みっちゃん?」
「みっちゃん言うな」
目が座っていました。
「あなた……どちらさまで?」
私のことを忘れたように、さっきまで範囲にいたみっちゃんはすんと離れていきました。だけど、私は知っています。みっちゃんは嘘をつくとき、目を合わせる癖があることを。
「え、美和子じゃない。忘れたとは言わせないよ」
「私はあなたのような露出狂と友人になった思い出はありません」
その時、私は我に還りました。ふと自分の姿を見てみると、まるで特攻服のように前を全開にしてただ羽織っているだけの着物一着と、白足袋一足。前からはだけた胸や股はかろうじて下着を装着していたため難を逃れましたが、第三さとしての私の姿は、完全で堂々とした唯一無二の痴女です。
「いや、違う、これは、誤解なの⁉」
私は必死に弁明――という名の言い訳タイム――を行いました。今まで戎橋の下で落語を披露していたこと。誰も聞いてはいなかったが関心は持ってくれていたのかこちらをチラチラと見ていたこと。警察官に職質を喰らっていたこと。みっちゃんの姿が見えたからその職質を中断して追いかけたこと。その時に着物の走りにくさに日本文化の欠点を憂い、帯を途中で放り投げたこと。
あれ、私また軽犯罪犯してない?
全てを話し終えると、それまでけげんな表情を浮かべていたみっちゃんが、心をどこかに置き去りにしたような虚無の表情を浮かべていました。
「へぇ、そうなんだ。それは大変だったね」
言葉はかけてくれましたがそこに血は流れていないのは、私の耳が証明しています。業務事例として行っているだけの会話。物事を事務的に早く終わらせてこの場から立ち去りたいときによく使われている大人ルールの一つです。
私の周りにいた人はこの手を使って逃げる人が後を絶ちませんでした。だから空位が小学生より読めないと陰で叩かれている私にも、みっちゃんが嫌悪していることは分かりました。
あぁ、そうか。みっちゃんも、そっち側へ行ってしまったんですね。
「美和ちゃん。元気ならよかった」
もう私にはどうすることもできません。ここまでくれば後は、お互いに無駄な時間を過ごすことになるだけです。
今日で限りなくゼロが、完全にゼロになりました。何度経験しても、友達が目の前からいなくなるという経験は、とても辛いものです。
「じゃあ、また暇だったら連絡するね」
「うん、いつでも待ってるよ」
嘘つけよ。
どうせブロックしているに決まってます。人間はいつもそうです。本音と建前という言葉を借りて、結局は正面でぶつかることから逃げている悲しい民族です。
「いや」
背後から声が聞こえました。振り向くと私に職質を掛けた警察官が二人揃って立っていました。
「あなたには、いろいろ聞きたいことがあります。それに、色々言いたいことも」
あらら。これは抵抗したら問題になるということは、長年の経験と周囲の人の歴史からわかっています。
ここはおとなしく従って、ハイハイ言っておきましょう。私は何も悪意を持って行ったわけではないので、厳重注意で済むはずですから。
「じゃあね、黒木美和さん」
最後の当てつけとばかりに、私は衆人環視の前で彼女の名前を放ちました。
「ええまた。高柳美和子さん」
……やっぱり彼女は、私と違って頭の出来が違いました。




