死神
2020年ぐらいから、道頓堀橋の下は『大阪のトー横』だと囁かれていました。
私も社会人になってから言ったことありますが、目を合わせるのも恐ろしい色とりどりの人たちがぞろぞろと群れていました。
そして今日も、怪しく派手な服装を身に纏った高校生くらいの若者たちが、会談に座り込んで何かお話をしています。川を挟んだ向こう側では、着物とレプリカの刀を持っているコスプレイヤーが自撮りしていました。
今日もにぎやかな道頓堀下――通称グリ下――で、私のお祭りが幕を開けます。
スマホで昨日のうちにダウンロードした、三味線で奏でる題名も分からないBGMを大音量で流しました。チャンチャカチャカチャカと軽快な音に合わせ、私は持ってきた座布団の上で一つ深く頭を下げます。
周りの若人がこちらをガン見していますが、彼らはいったい何を思っているのでしょうか。なにを思っていても、どうせ関わりが無いのですから別にいいです。
「え~季節も夏のくれということながら、ここは少し軽快な噺を一つ」
私が今からお披露目するのは、落語の代表作の一つ【死神】
「アジャラカモクレンアカネバナ。テケレッツノパー」
ユーネクストで『昭和元禄落語心中』を観てから、私の行動計画は一時間もかかりませんでした。今はアマゾンがありますから、一式を揃えるのにも一日あれば十分です。
「私がポンと手を叩いたら、布団を半回転していただけませんか?」
私には落語家に弟子入りするほどの熱量もなく、知り合いに落語家さんもいません。YouTubeのネタを聞いて見様見真似でしているだけなので、聞くに堪えないものです。
「消えるぞ……消えるぞ……」
主人公が風前の灯となっている自分の寿命を、長いろうそくに移そうと励むシーンです。本当なら主人公は火の移しに失敗して死んでしまいますが、私は素人なので好き放題できます。
なので、本当はやってはいけないことを行おうと思います。
「……っ! 点いた! 点きました!!!」
私は死神のようになめたような表情を浮かべ、「フッ」とひと息を吐きました。
死神が主人公の寿命を自らの手で消すーーもとい殺す。
立川談志さんが考えたニュー死神。私も面白いと思ったので真似させていただきました。
丁寧に、舞妓さんのようにおでこが床に当たるほど頭を下げました。お後がよろしいようで。
「ちょっといいですか?」
「はい?」
頭を上げると、そこにはお巡りさんの格好をした男性と女性が二人おられました。表情は怪しいものを相手するような、ハツカネズミを見る目でした。
「キミ、ここで何をしているの?」
なんだコイツ?
初対面の分際でため口とは、国家権力とはそんなにも偉いモノなんでしょうか。見た目は私と同い年くらいですので、警察になったのは三年前でしょう。
「落語を披露していました。先ほどまでご覧になっていたのであれば、お分かりなのでは?」
男性警官はムッとされたような気がしましたが、私も同じ気持ちなのです。こんな扱いは慣れていますし、私が悪いのは重々承知です。ですが、こちらにも言い分があるし、もう少し言い方というものもあると思うんです。
「許可は?」
「取っておりません」
「じゃあ、こんなことしちゃいけないよね。周りの人の迷惑でしょ」
「……そうですか」
つい私は、周りの人を見てしまいました。階段に腰掛けて喋っているゴスロリ女とメタル風少年。写真会を行っているコスプレイヤー。喧嘩している外国人。
私以外にもたむろしている人はたくさんいるのに、どうして私だけなんでしょうか。
「歳は?」
「二五歳です」
「二十五だったらこんなこともしちゃいけないって分からん? ね。常識でしょ」
はぁ~。気が滅入ります。本当に気が滅入ります。
常識とか、年相応とか、違法でないものを違法として扱うための言葉は嫌いです。
しかし、国家権力には逆らえません。私は日本国民なのですから、日本のルールには従わざるをいけないのです。
中古の座布団を小脇に抱え、「申し訳ありませんでした」と謝り、その場を去ろうとしました。
その時でした。戎橋を横切る一人の女。
私はその方を追いかけました。もしかしたら、見間違いかもしれません。ですが私の答えと同じであれば、これはきっと運命の再会のはずです。
きつく締めた着物はあまりにも走りにくく、日本の文化に思わず舌打ちしてしまいます。
走りながら帯を解き、自由になった足を滑車のように回転させました。
私の好奇心は、もう止まりません。早く顔を見たい。会ってみたい。もう今日を逃してしまえば、もう一生会えないような気がするから……
「みっちゃん!」
目印になっていた大きいリュックを見つけて、私は叫びました。気づいたその人は、私のほうを振り返りました。
私のヤマ勘は的中していました。みっちゃんは、みっちゃんでした。
「ハァ……ハァ……ッ」
やっと……追いつきました。
だけど、普通にしては少し、距離が遠かったような気がします。




