初仕事は笛とともに
寮の一室でシノトは準備をしていた。
腕に籠手を巻き、腰までとどく髪を後ろで束ね、着替えると部屋の壁にかけてある祖父から渡された刀を持つと部屋の窓を開けて飛び降りた。そして、
ーー夜の闇へと消えていった。
夜の街。
「うわああああああああああ!!!???」
夜の街に叫び声が響き渡る。
叫び声をあげながら男が必死に走っていた。
男はどこかの店で酒を飲んだのか顔の頬が多少赤くなっている。しかし、今は酔いは覚め、顔には恐怖が浮かんでいた。
「はぁ、はぁ」
息を切らしながら後ろを振り返る。
誰もいない。
男はその場に崩れた。
助かった。そう思った。
その時。
こっちに近づいてくる複数の足音が聞こえてくる。
男は再び、顔が安堵から恐怖で歪んだ。
今度は男は身動きできなくなってしまった。
恐怖が体を支配していたのか、それとも、無理だと諦めてしまったからなのか。本人ですらそれは理解できなかった。
そして、男は、とうとう追いかけてきた謎の集団に囲まれてしまった。
「な、なんなんだ!?お前らは!?」
「お前が知る必要は、ない」
頭巾で顔を被った男達の一人が前に出て、腰にさした刀を抜き、頭上に振り上げる。
「死ね」
言葉とともにふりおろそうとした。
瞬間。
突然、笛の音が聞こえてきた。
男の動きが止まる。
場違いな笛の音。それはこの場を包む。
美しい音色がこの戦慄の現場を支配し始めていた。
そして、その笛の音はだんだん大きくなっていく。
そして。
その場に一人が笛を吹きながら男達に現れた。
「何者!?」
集団の一人が笛を吹く〝人〟に投げかける。
その場には場違いな笛を吹く〝人〟。
笛を吹く人が吹くのをやめた。
それだけで場の空気に緊張が走った。
街灯の明かりの当たった笛を吹く人を見た男達の一人がおもわず呟いていた。
「狐?」
街灯の光りに現れたのは。
顔を狐の面で隠し、巫女装束に似た服を着て左手には大幤を持っていて、そして、頭の上には狐の耳に後ろには尻尾らしきものが器用に動き、黄色と白色の混ざった腰までとどく髪は街灯の光りに当たり幻想的に輝いていた。
突如現れた謎の人物に男達は呆然としていたがすぐに全員、自分達の剣を抜き警戒する。
しかし、狐の面の人は全く動揺せず
「それ以上、命を奪うな。愚か者達よ」
はっきりと告げる。
それだけで場の空気が一変した。
その声には気迫があった。
「正義を掲げる、剣警隊の一員でありながら上位華族のふざけた遊びに手を貸し、罪なき人々が殺されるのを見てみぬふりをするとは正義から外れた、外道の所業」
「な、なんだと!」
「そして、その元凶である。貴様」
さらに、身なりの良い男を指差す。
「権力を盾に己の自己満足のために人の命を奪うとは、外道以下の何者でもない」
「だっ、だまれ!お前ら、あいつを殺せぇぇぇぇぇぇー」
絶叫とともに男達が襲いかかってくる。
しかし、狐の面の人は慌てることなく最初っの一撃を全て避け、すれ違い様に左手に持った大幤を男達の手首、首、腹を打ち、突いたりと一撃で全員を倒していった。
「なんだと・・・・」
一瞬の出来事に中心であった男は悪夢を見たように呆然として恐怖が顔に浮かんでいた。
「さて、最後はお前だけだ」
「わ、わかっているのか!わたしは華族だぞ!わたしを殺せば、どうなるかわかっているのか!?」
男は助かりたいが一心で声をあらげる。権力を盾に、自分の身分を盾に助かろうとしている。
しかし。
「殺された人々の苦しみを味わえ」
男の言葉を切り裂くように狐の面の人は言った。
「おっ、おのれぇぇーっ」
男は最後のあがきとばかりに自分の剣を抜き襲いかかってきた。
しかし、ここでもー。
男はその一撃を難なくとかわされ、他の者と同じように倒された。
だが、ひとつだけ違うのは男だけ、袈裟懸けに斬られていたことであった。さらには、男の剣も唾当たりで見事真っ二つになっていたことだった。
何が起こったのかわからず呆然としていた男はただ一人取り残され、全てを倒した狐の面の人が去るその後ろ姿をただ、ただ、見ているだけであった。




