第19話:守護竜の新たなる姿!投資回収と最高の大浴場
しばらくの沈黙の後、どういうわけか一向に答えが返ってこないので俺は再び疑問を口にした。
「いや、『む?』じゃなくて。一人称が『我』とか『わし』だから多分、ジジイだと思って今まで気にしてなかったけど、風呂に入るなら重大な問題だろ」
「大家様……」
ふと、横から呆れ果てたような声が聞こえた。
見れば、リッカが両手で口元を覆い、ドン引きした顔でこちらを見ている。
「いくらなんでも……女性に向かってその質問はデリカシーがなさすぎます……」
「……ああ。やっぱりこいつ、最低だな」
リッカに続いて、クロエもまたスッと目を細め、信じられないものを見る目でこちらに視線を向けてきた。
「えっ!? お前、女だったの!?」
「失礼なやつじゃな! どっからどう見てもこの美しいボディで分かるじゃろ! まあ……よかろう」
シルヴァは俺の肩からふわりと飛び立つと、フンと小さな胸を反らした。
「魔力はすっからかんじゃが、『人化』する程度なら造作もない。これまではやる必要がなかったゆえ、この姿でいたまでじゃ」
「人化……! そんなことできたのか」
「ふふん! 仕方ない、特別に我の麗しき姿を見せてやろう! 超絶美しくグラマラスな美女姿に見惚れて、鼻血など出すでないぞ!」
シルヴァが自信満々に叫ぶと、その小さな白い体が眩い光に包まれた。
――グラマラスな美女。
その単語に、健康な成人男性である俺の胸がほんの少しだけ期待に高鳴り、ゴクリと喉が鳴る。
やがて光が収まり、そこに立っていたのは――。
「……ふはは! どうじゃ、我の美しさに声も出まい!」
見事な銀糸の髪に、頭からちょこんと生えた小さな二本の角と白い尻尾。
そして、俺の腰の高さほどしかない小さな背丈に、完全なつるぺたボディの――ちんちくりんな『幼女』だった。
「…………ああ、うん。知ってた」
「なんじゃその目はァァッ!? なぜ落胆しておる!! 噛みちぎってやるぅぅ!!」
「はいはい、シルヴァ様。行きますよー」
激怒してポカポカと俺の膝を叩いてくる銀髪の幼女を、リッカが「よっと」と脇に抱え上げる。ジタバタと暴れるシルヴァを抱えたまま、リッカは苦笑いで女湯の脱衣所へと消えていった。
「……はぁ。バカバカしい」
クロエも呆れたように深いため息をつき、リッカの後を追うように女湯の暖簾をくぐっていく。
嵐のようなやり取りを見送り、俺もようやく念願の場所に足を踏み入れた。
◇
――ザバァァッ……。
「――――ッッ、ふはぁぁぁぁぁぁぁ……っっ!!」
洗い場で泥と血の汚れを念入りに落とし、俺はついに一番風呂へと身体を滑り込ませた。
熱すぎず温すぎない、絶妙な温度のお湯が、凍えきっていた全身の細胞へと染み渡っていく。
「生き返る……マジで最高だ……」
擦り傷や打撲の痛みが温かいお湯に溶け出し、強張っていた筋肉が『ようやく終わった』と安堵の悲鳴を上げる。ヒノキの香りが肺の奥まで満ち、脳の芯まで蕩けそうになる。
全身の毛穴という毛穴から、溜まりに溜まった疲労と毒素が抜け出していく感覚。命がけの逃走劇の記憶すらも、お湯の温もりに溶けて消えていくようだった。
湯船の縁に頭を預け、異世界に来て初めての心からの至福のため息を漏らす。
すると、高い岩の仕切り壁の向こう側――女湯の方から、賑やかな声と水音が響いてきた。
『ふああっ……! 温かい……! 大家様が言っていた通り、身体がフワフワしてすごく気持ちいいです……っ!』
『極楽じゃ〜……大樹の魔力が溶け込んだお湯が、鱗の隅々まで染み渡るわい……』
リッカとシルヴァが、さっそくお湯の恩恵を存分に堪能しているようだ。
だが、もう一人の声が聞こえない。
『クロエさんも早く入ってください! 洗い場にずっと座ってたら風邪ひいちゃいますよ!』
『……ま、待て……! あたしはいい、お湯を軽く絞った布で身体を拭くだけで十分だ……っ!』
壁の向こうから、クロエの焦ったような声が聞こえてくる。
『ダメです! 大家様も、傷口からバイ菌が入らないようにちゃんとお湯で流して温めないとって言ってました!』
『バカ、引っ張るな! あたしは水が嫌いなんだ! 毛が濡れると重くなるし、そもそも猫族は本能的に水には――ひゃうっ!?』
ザバァァッ! と、ひときわ大きな水音が響いた。
どうやらリッカに手を引かれ、強引に湯船へ引きずり込まれたらしい。
『ふにゃあああっ!? ぬ、濡れっ……!?』
パシャパシャと慌てて逃げ出そうとする水音が聞こえたが、それは数秒でピタリと止まった。
『ほら、温かいでしょう?』
『……っ、ん……あ……なんだ、これ……』
壁越しでも分かるほど、クロエの警戒心に満ちた声が、みるみるうちにトロトロに溶けていく。
『……力が、抜ける……はにゃぁ……』
『ふふっ、クロエさん、しっぽがプカプカ浮いてますよ』
『……うるさい……もう、どうにでもなれ……にゃぁ……』
壁の向こうから聞こえてくる、野生の警戒心を完全に失った黒猫の気の抜けた声。湯気に包まれながら、俺は思わず吹き出した。
そんなふうに、男湯で一人手足を伸ばしてくつろいでいると、ポーン、と俺の頭の中に、軽快なシステム音が鳴り響く。
【通知:住人の極めて高い満足度・至福感が納入されました】
【アパート全体魔力:+80Pt(現在180Pt)】
「……おっ!」
俺は湯船の中で思わずガッツポーズをした。
大浴場を作るために消費した100Ptのほとんどが、たった一回の入浴で一気に還元されたのだ。
「言っただろ、シルヴァ。これは無駄遣いじゃない、『最高の先行投資』だってな」
アパートの魔力はしっかりと安全圏に回復し、住人たちも極上の癒やしを得て心身ともに回復していく。
壁の向こうの賑やかな笑い声を聞きながら、俺はただ深く、静かな安らぎに身を委ねるのだった。
とりあえずキリがいい所までは書き切りました!
また、しばらくどういう展開にするのがじっくり考えます( ;∀;)




