第18話:優良店子クロエの加入!念願の【大浴場】クラフト
「……落ち着いたところで、これからの話だが。クロエ、お前、行く当てはあるのか?」
俺が問いかけると、クロエは少しだけ視線を伏せ、短く首を横に振った。
「……ない。でも、すぐにここを出ていく。あたしは人間に追われる逃亡奴隷だ。ここにいれば、あんたたちにまで迷惑がかかる」
「迷惑なら今更だろ。それに、このアパートは『隠蔽結界』?とやらに守られていて、外からはただの大樹にしか見えないようになっている。ここにいる限り、人間たちに見つかる心配はないんだ」
俺が種明かしをすると、クロエは驚いたように猫耳をピンと立てた。
「結界……? そうか、だから森の中でもこんなに静かなのか……」
「そういうこと。だから、追手のことはもう気にしなくていい」
「……でも、あたしには金も何もない。命の貸し借りはこれでチャラだとしても、タダで住処まで世話になるわけには……」
「金ならいらない。家賃なら、さっき十分すぎるくらいもらったからな」
「は……?」
「さっき説明しただろ。あんな特大の魔力を出してくれたお前は、もう立派なうちの『優良店子』なんだよ」
俺が意地悪くニヤリと笑うと、クロエはさっきのやり取りを思い出したのか、再び顔をボンッと赤く染め上げた。
「なっ……! だ、だからあれはただの礼で、別に変な意味じゃ……ッ!」
「……あれー? よく考えたら、大家様」
ふと、横で聞いていたリッカが、訝し気にこちらを見つめてきた。
「私の時は『タダとはいかないぞ、ちゃんと対価を払ってもらう』って、あんなに凄んでたじゃないですか」
「ぶっ!? い、いや、あれは、食料調達とか掃除を手伝ってもらうつもりで言っただけで……!」
「……対価? あんた、この純朴そうな子に何を要求したんだ?」
クロエがスッと目を細め、ゴミを見るような極寒の視線を向けてくる。
「ち、違う! 完全な誤解だ! やめろその目!」
俺が必死に弁明すると、リッカは「ふふっ、お返しですよ」と小さく笑って肩の力を抜いた。
「……ごほん!まあいい。とにかく、もう誰にも怯えなくていいから、ここに住んでゆっくり傷を治せ」
俺が咳払いをしながら真っ直ぐに告げると、クロエは言い返す言葉を見つけられなかったのか、耳をペタリと伏せる。消え入りそうな声で「……分かった」とだけ呟いた。
「よし、交渉成立だな。さて、本当ならすぐにでも横になりたいところだが……その前に、どうしてもやらなきゃならないことがある」
「「やらなきゃいけないこと?」」
俺の真剣なトーンに、リッカとクロエの声が重なる。
砦で支給され、着替えたばかりだというのにすでに泥と汗まみれになった自分の服。そして、満身創痍で無理をしてくれたであろう彼女たちの姿を見つめ、俺はここぞとばかりに答えた。
「リッカ、シルヴァ! いよいよ念願のアレを作るぞ!」
「あ、アレって……大浴場ですか!?」
「ぬおっ! ついに風呂とやらのお出ましじゃな!」
俺の胸の上で力尽きて伸びていたシルヴァも、『大浴場』というワードを聞いた途端、弾かれたように飛び起きてきた。
俺は頭の中で『アナライズ』を開き、現在のステータスを呼び出す。
【現在のアパート魔力残量:200Pt】
【大浴場(103号室)改装/必要魔力:100Pt】
……これを実行しても、残りは【100Pt】。
アパートを隠す結界の維持ラインである50Ptに対しても、十分すぎる余力を残せる計算だ。
あんなことがあった為、本来、魔力の大きな出費は避けたいところだが、泥だらけのまま寒さと疲労に震えているリッカとクロエを見れば、迷う余地はなかった。
限界まで疲弊した身体を癒やすには、絶対に温かいお湯は効果的だ。アパートの防衛も大事だが、住人に無理をさせてしまっては大家失格だろう。
結界の維持に余裕がある今、ここで出し惜しみする理由はない。
あと、何より俺が入りたいっっ!
「よし……っ!」
覚悟を決め、俺は103号室の扉に手をかけ、一気に魔力を注ぎ込んだ。
「103号室を大浴場へ改装――『迷宮改変』ッ!!」
――ゴゴゴゴゴッ!!
扉を開け放った瞬間、重厚な地響きとともに、芳しいヒノキの香りをたっぷりと含んだ白い湯気が、廊下へと一気に溢れ出した。
「うわぁぁ……っ! 温かい煙がいっぱいです!」
「ぬおおっ、なんじゃこの良い匂いはーっ!?」
アパートの木扉の向こうに現れたのは、アパートの一室とは到底思えない広大な空間だった。
突如として切り取られたような極上の温泉施設。こうして目の前にしても脳の処理がバグりそうな光景だ。
足触りの良い板張りの脱衣所には、衣服を入れるための籐の籠が並んでおり、そこを抜けた先には、野趣あふれる岩造りの大浴場が広がっている。
湯気抜きのための高窓から心地よい夜風が吹き込んでおり、中央にはこんこんと澄んだお湯を湛える巨大な岩風呂。
太い竹筒からは、なみなみと温かいお湯が絶え間なく流れ落ち、心地よい水音を響かせている。
そして湯船の中央には、しっかりと男女の空間を分ける、大人の背丈よりもはるかに高い岩の仕切り壁がそびえ立っていた。
「は……? なんだ、これ……」
このアパートのデタラメな空間拡張を初めて目の当たりにしたクロエは、張り詰めていた表情が完全に抜け落ち、信じられないものを見るようにポカンと口を開けて固まっていた。
「よし、イメージ通り完璧だ。左が男湯、右が女湯だ。リッカ、クロエを案内してやってくれ」
「は、はいっ!」
極上の空間に俺が満足げに頷いていると、ふと、肩に乗っていたシルヴァを見て、ある疑問が浮かんだ。
「ん? お前……そういえば、男なのか? 女なのか?」
「…………む?」
温泉の熱気とは裏腹に、俺とシルヴァの間に、なんとも言えない微妙な沈黙が流れた。




