第16話:【解析(アナライズ)】の真骨頂! 仲間たちと仕掛ける逆転の一手
「な、何だあれはぁぁっ!? 護衛は何をしておる!」
「総員、迎撃せよ! 弓隊、撃ち落とせぇっ!」
先ほどまでの静けさとは真逆に、中庭は一瞬にして騒々しい舞台へと変わり果てた。
腰を抜かした特使が這いつくばって馬車の下へ潜り込み、取り囲んでいた親衛隊も、我先にと剣や弓を構えて上空へ殺到していく。
俺を取り巻いていた包囲網も、あっという間に跡形もなく消え去っていた。
――グオオオオオオオッッッ!!
咆哮とともに、再び巨大な白銀の翼が薙ぎ払われる。
突風が巻き起こり、放たれた無数の矢が木の葉のように吹き散らされた。正面の見張り台が豪快にへし折れ、兵士たちの怒号と悲鳴が夜空へ響き渡る。
あの見覚えのある目……まさか、シルヴァなのか……!? 何があったか知らないが、でかすぎるだろ、あのトカゲ……!
圧倒的な光景に息を呑みつつも、俺は残された最後の力を振り絞って足を蹴り出した。
シルヴァが命がけで砦中の注意を引きつけてくれている。この千載一遇の隙を逃せば、二度とチャンスはない。
目指すは――昼間に手を打っておいた、北側の防壁。
千鳥足になりながらも、中庭の混乱を縫って北の木組み壁へと肉薄する。
視界に浮かぶ『アナライズ』の青い光。昼間に意図的に金具を緩め、筋交いを外しておいた脆い継ぎ目が、赤く発光してそこにあった。
「頼む……崩れてくれよ……っ!」
体重のすべてを乗せ、壁の継ぎ目へ向けて渾身の前蹴りを叩き込む。
――バギィィィッッ!!
狙い通り、鈍い破壊音とともに木材が外側へ向けて派手に弾け飛んだ。大人が一人通れるほどの抜け穴が、夜の闇に向かってポッカリと口を開ける。
「よし……っ!」
身体を滑り込ませようと身を乗り出した、まさにその刹那――。
「大家様ッッ!!」
崩れた木組みの向こう、夜霧を切り裂いて必死に手を伸ばすリッカの姿が視界に飛び込んできた。
「リッカ……!?」
間髪入れず、その背後から漆黒の影が疾風のごとく躍り出る。黒猫族の少女が、鋭い猫目を光らせて俺の腕をがっしりと掴み取った。
「ぐずぐずするな、引っ張り出すぞ」
「うおっ!?」
二人の力で一気に外の草むらへと引きずり出される。冷たい夜の土の上に転がりながら、俺は信じられない思いで二人を見上げた。
「お前ら……なんでここに……!? この壁の場所がよく分かったな」
「獣人の耳を甘く見るな。壁を蹴破ろうとしてる鈍くさい音と、あんたの慌てた息遣いが丸聞こえだった。……それに、借りを作ったままだと寝覚めが悪い」
「大家様、ご無事で本当によかった……っ!」
ぶっきらぼうに耳をピクリと動かす黒猫族の少女と、涙目で俺の手を握りしめるリッカ。
二人の温もりに触れた途端、胸の奥に塞き止められていた熱い感情が一気に込み上げてきた。
「……ありがとな、二人とも」
短く礼を告げ、ふらつく身体をリッカに支えてもらいながら立ち上がる。
だが、安堵の息を吐く猶予すら残されてはいなかった。
「――やはり、貴様か」
背後から冷徹に響く、聞き覚えのある重低音。
北壁の崩れ穴から、軋む木組みを力任せに蹴散らし、鉄の鎧を響かせて外へ踏み出してきたのは――駐屯地の隊長。背後にも数人の兵士たちが続いている。
「妙な男だとは思っていたが……まさか、亜人どもと通じてこんな大立ち回りをしでかすとはな」
怒りと焦燥の入り混じった顔で口角を吊り上げ、抜き身の切っ先を俺へと突きつけてきた。
「チッ……外の化け物は手に負えん。だが、貴様だけは本国への言い訳として持ち帰らせてもらうぞ。手向かいするなら、手足の一、二本は覚悟してもらう!」
隊長が踏み出した瞬間、黒猫族の少女が大剣を構えて前へ躍り出る。
「させるか……っ!」
「チッ、手負いの獣風情が! 残念ながら、お前は首を刎ねろとの命令だ!」
重装とは思えない踏み込みで地を蹴り、鋼鉄の剣を頭上高く振り上げた。
怪我を負った少女が真正面から打ち合えば、力負けして叩き斬られるのは明白だ。
その白刃を前に、限界を迎えていた俺の視界が黒く明滅する。正直、立っているのもやっとの状態だ。 だが……それでも脳内の『アナライズ』だけは冷徹に稼働していた。
隊長たちが踏み出してきた北壁の抜け穴。そしてその真上、壁からせり出すようにそびえ立つ、北側見張り台の巨大な木組み構造。昼間に確認した欠陥データが一気に脳裏へフラッシュバックする。
俺は口の中に広がる血の味を唾と共に吐き捨て、ひび割れた喉から決死の指示を絞り出した。
「リッカ、そいつの足元へ突風! 猫耳、打ち合うな! 『右上の柱』を斬れッ!!」
「「――っ!!」」
俺の叫び声に、二人は一切の迷いなく呼応した。
「いきます!!」
リッカが両手を突き出し、地面の泥と落ち葉を巻き込む鋭い風を解き放つ。
踏み込もうとした隊長の足元が泥濘に足を取られ、体勢がガクンと前傾して崩れた。
「ぬぐっ……小細工をぉッ!」
向かい来るクロエに合わせ、強引に剣を振り下ろそうとする隊長。だが、少女の狙いはすでに隊長ではない。
すんでの所で剣を躱し、低く沈み込んだ姿勢から、猫族特有の爆発的な跳躍力で宙へと跳ね上がる。黒い軌跡を描いて振り抜かれた大剣が、抜け穴の真上にそびえる見張り台の要――『支柱』を真っ二つに両断した。
――メキメキメキッ……ドガァァァァンッッ!!
「なっ……馬鹿なッ!?」
支えを失った数十トンもの木組みの見張り台が、悲鳴を上げて連鎖的にへし折れ、轟音とともに隊長たちの頭上へ向けて一気に崩落した。
視界を覆い尽くすほどの土煙と丸太の雨が、隊長たちを丸ごと飲み込む。大量の瓦礫が北壁の抜け穴を完全に埋め尽くし、砦の内側からの追手を物理的に遮断する巨大なバリケードと化した。
「ぐわぁぁぁぁっ!?」
土煙の向こうから響く隊長の怒号。
着地した黒猫族の少女が息を荒くしながら振り返り、獰猛な笑みを浮かべて短く言った。
「へぇ……やるね」
「俺だって遊んでたわけじゃないからな。それにしても……マジで身体がそろそろ限界だ、悪いが肩を貸してくれ」
上空を見上げれば、シルヴァの巨大な影が旋回しながら森の方角へと進路を取っている。
俺たちは互いの肩を支え合いながら、深い夜の樹海へと一気に駆け出した。




