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1Kの大家さん、実は世界を救う立場でした〜訳あり亜人と紡ぐ、俺だけの再生ファンタジー〜  作者: HANA
第3章:『人間たちの砦と白銀竜の咆哮 〜至福の大浴場を求めて〜』
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第15話:本国へ【強制連行】!? 絶望の大家と夜空を裂く白銀の雷鳴

  支給された糊のきいた服に袖を通し、水桶の剃刀で無精髭を落とした俺は、兵士に連れられて砦の中庭へと引き出されていた。


  すっかり日が落ちた夜の冷気の中、松明の赤い炎がパチパチと爆ぜている。中庭には重装の兵士たちが整列し、張り詰めた沈黙が空気を支配していた。


  やがて、重々しい金属音を軋ませて正面の防壁門が開くと、そこに現れたのは豪奢な金装飾が施された豪勢な馬車と、それを固める数十騎の護衛騎士たちだった。


「特使のグレアム伯爵閣下であられる! 頭を垂れよ!」


  兵士の号令とともに、居並ぶ男たちが一斉に跪く。俺も目立たないよう、慌てて背中を丸めて頭を下げた。


  開かれた馬車の扉から、絹の外套を羽織った男がゆっくりと降り立つ。脂ぎった顔に、傲慢さを隠そうともしない細められた目。この男が、本国から派遣されてきた特使――グレアム伯爵か。


  駐屯地の隊長が歩み寄り、深々と一礼する。


「閣下、遠路はるばるのお運び、心より歓迎いたします」

「うむ。……それにしても酷い臭いだ。森の湿気と土の臭いで鼻が曲がりそうだよ。辺境の進捗を見に来てやったというのに、ろくな出迎えもできんのか」


  ハンカチで鼻を覆いながら、特使は露骨に不快感を露わにした。


「申し訳ございません。……して閣下、手始めにご報告がございます。先刻、森の捜索隊が脱走した『黒猫族の奴隷』を追い詰めまして――」

「あんな虫ケラ一匹の話などどうでもいい。さっさと首を刎ねて晒しものにしろ。手こずった兵どもも減俸だ」


  虫ケラ、と吐き捨てる冷酷な声。

  下を向いたまま、俺の奥歯がギリッと音を立てた。


  あいつらを、必死に生きてる奴らを、道具みたいに……っ!


  激しい怒りが胸の底から湧き上がる。だが、ここで激情に任せて飛び出せば、一瞬で命を落とすだけだ。波風を立てず、今夜必ず逃げ出す――それだけを考えるんだ。


「はっ……承知いたしました。……それと閣下、もう一点。この砦の改修にあたり、構造の欠陥を見抜いた奇妙な男がおりましてな。砦の案内役として控えております」


  隊長が手招きし、俺の背中を押す。

  視線が一斉に俺へと集まった。特使の冷え切った品定めするような目が、上から下へと舐めるように動く。


「ほう、この薄汚い平民がか? おい、貴様。この砦のどこに問題があると言うのだ」


 ……まるで、デジャブだな。先日にも味わった試すような問いかけ。

 僅かな間をおいて、俺は急遽スカウトされた作業員という役に徹し、現場確認に基づいた事実だけを淡々と、当たり障りなく返す選択をした。


「……恐れながら申し上げます。素人考えではございますが、西側の見張り台は木組みの重心が外側に偏っており、突風を受ければ崩落の危険がございます。また、中庭の排水勾配が取られておらず、大雨が降れば土台の地盤が緩む恐れがあると……そのように見受けられました」


  余計な主張はせず、要点だけを簡潔に、立場をわきまえた丁寧な言葉遣いで述べる。

  ただ、事実とはいえ指摘された事に多少の怒りを買う事は覚悟していたが――特使の細い目が、ギラリと驚嘆の光を帯びて見開かれた。


「……素晴らしい」


  ぽつりと呟かれた言葉に、俺は思わず顔を上げそうになった。


「本国の王都にいる建築士どもと来たら、どいつもこいつもプライドばかり高くて話にならん。己の美学ばかりを語り、こちらの意図を汲もうともせん無能ばかりだ。……だが貴様はどうだ。己の身の程をわきまえ、謙虚でありながら、的確に本質だけを突いてみせた」


  特使は満足げに唇を吊り上げ、太い指で俺を指差した。


「気に入ったぞ! 貴様、我が直属の技師として本国へ連れて行ってやる! 我が領地の防壁強化を任せてやろう!」


「……え?」


  素っ頓狂な声が漏れかけた。

  いや待て。トラブルを避けるために無難にやり過ごしたはずが、なんで一番最悪な方向に転がってるんだ!?


「おい、この男の周りを固めろ! 我が馬車のすぐ後ろで警護させよ!」

「ハッ!」


  隊長の号令とともに、完全武装の親衛隊が四方を取り囲むように俺の周りへ配置された。

  包囲網は昼間の数倍。これでは、昼間に細工しておいた北側の防壁へ近づくことすら不可能だ。


  嘘だろ……!? これじゃ、抜け出すどころか本国へ連行されるぞ……!?

  さらに追い打ちをかけるように――ドクン、と心臓がひどく重い音を立てた。


「っ……く……」


  視界がぐにゃりと歪み、膝から力が抜けていきそうになるのを必死で踏みとどまる。

  大樹との魔力循環が途絶えかけているこの身体は、想像以上に限界が近い。


  今夜逃げられなければ、本国へ連れ去られてアパートの結界は崩壊する。リッカたちも危険に晒され、俺自身の命だって尽きる。


  自力脱出の道は完全に塞がれ、絶体絶命の闇が脳裏を埋め尽くしかけた――その時だった。


  ――ビキッ、ビキビキッ……!


  突如、砦の空気そのものが軋むような、重苦しい圧が肌を叩いた。


「な、なんだ!? この寒気は……!?」

「閣下をお守りしろ!」


  兵士たちが慌てふためき、馬たちが狂ったように嘶く。

  だが、異変は地上からではなかった。


  ――ゴォォォォォッッッッ!!


  頭上から吹き荒れたのは、砦の篝火を一瞬で吹き消すほどの凄まじい暴風。

  夜空を覆っていた分厚い暗雲が、渦を巻くように中心から両側へと引き裂かれていく。


  裂けた雲の隙間から、冷たく冴え渡る満月の光が降り注ぎ――そこに、神々しい白銀の閃光が奔った。


「な……なんだ、あれは……!?」


  見張り台の兵士たちが、見上げた夜空の真ん中。

  月光を背負って浮かび上がっていたのは――。


 見張り台すら小さく見下ろすほどの巨大な体躯と、透き通る白銀の翼を広げたまさに伝説の生き物。


  ――グオオオオオオオッッッッッ!!!!


「ひ、ヒィィッ……!? り、竜だぁぁぁぁっ!!」


  その場にいた兵士たちが腰を抜かしてその場にへたり込み、砦中が阿鼻叫喚のパニックへと叩き落とされる中。


  月下に君臨する巨大な白銀竜の碧眼が――地上で立ち尽くす俺の姿を、真っ直ぐに捉えていた。

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