第13話:【大家救出チーム】結成! 涙を拭う鳥人少女と黒猫の恩返し
時を遡り――巧が身代わりとなって兵士たちに連行された、その直後。
バタンッッ!!
乱暴に大樹の扉を押し開け、痛む翼をかばいながらリッカはアパートへと駆け戻った。肩で激しく息を乱し、泥に汚れた身体のまま、すがるように顔を上げる。
だが――。
「……あ……」
結界をくぐり、アパートの扉を開けたそこは、ほんの少し前の出発前の状況とはまるで違っていた。
先程までそこにあったはずの、大家の温かい気配がない。廊下は冷え込み、ただ静まり返った暗闇が、ポッカリと口を開けて広がっているだけだった。
「大家……様……っ」
耐えきれなくなった膝から力が抜け、リッカはその場にへたり込んだ。地面から拾い上げて持ち帰った、あの一枚の白い羽を両手で胸元に強く抱きしめる。
私のせいだ……。私が……あの時、人間の恐怖に足がすくんで動けなかったから……っ!
助けを求めることしかできなかった自分の弱さ。自分を庇い、丸腰で兵士たちの前に飛び出していった大家の背中。激しい後悔と自己嫌悪が濁流のように胸を埋め尽くす。治りかけていた翼がズキズキと激痛を訴えていたが、それすら気にも留めず、大粒の涙がぼたぼたと床を濡らしていった。
「……おい」
静まり返った廊下に、低く掠れた声が響いた。ハッとしてリッカが顔を上げると、101号室の扉の陰から、壁に手をついて身体を支える黒猫族の少女が姿を現していた。
手当を施された傷口を包帯で巻かれ、まだ顔色はずいぶんと青白い。だが、その猫の瞳には鋭い光が宿っていた。
「……あいつは、どうした。あたしを引っ張り込んでくれた、人間の男は」
「う……ぅ……っ」
言葉に詰まり、再び顔を歪めて泣きじゃくるリッカ。そこへ、廊下の天井付近を漂っていたシルヴァが、音もなく静かに二人の間へと降り立った。
「……察するに、連れて行かれたな」
重々しいシルヴァの言葉に、リッカはただ震えながら頷くことしかできなかった。
◇
荒れ狂う感情を必死に抑え込み、まずは状況を整理するため、冷え切った廊下に腰を下ろした三人は言葉を交わした。
黒猫族の少女の名は――クロエ。
彼女は元々、遠く離れた地で旅をしながら暮らしていたが、ある日人間に捕まり、奴隷として売り飛ばされそうになっていたのだという。その移送の隙を突き、その場にあった武器を奪い取って脱走。追手に傷を負わされながら、命からがらこの森まで逃げてきたのだと語った。
「……あたしは、ただ逃げることしかできなかった」
クロエは包帯が巻かれた自分の腕を見つめ、苦々しげに唇を噛んだ。リッカもまた、涙で濡れた瞳を拭いながら、震える声で自分の名前と、巧との出会いを明かした。
故郷を追われ、死にかけていた自分に『ここがお前の家だ』と温かい居場所をくれたこと。そして今、自分たちを逃がすために一人で身代わりになったこと――。
「……私のせいなんです」
震える声で、リッカが呟く。
「私が兵士たちの目を眩ませようって、あんな作戦を言い出さなければ……大家様は、あんな危険な場所へ行かずに済んだのに……。私が助けを求めたせいで、私を助けようとしたせいで……大家様が身代わりになったんです」
両手で顔を覆い、押し殺していた嗚咽が堰を切ったように溢れ出す。
「……それで?」
クロエの声は、思いのほか冷たかった。リッカが涙で濡れた目を上げる。
「泣いて、悔やんで、それであいつが戻ってくるのか?」
「そ、それは……」
「あんたが言い出したことだから、あんたのせいだって? そんなの今更どうでもいい。あいつだって、自分の意思で飛び出していったんだろう? あんたが決めたことじゃない」
突き放すような言葉に、リッカは息を呑んだ。だがクロエの目は、責めているというより、どこか苛立たしげにリッカ自身へ向けられていた。
「あたしが聞きたいのは、あんたがこれからどうするかだ。泣いて終わりにするのか、それとも――」
「……行きます」
リッカは涙を拭い、顔を上げた。震える声の芯には、揺るがない何かが宿っている。
「私は、行きます。大家様が救ってくれたこの命と翼で、今度は私が大家様を助けたい……! もう二度と、大切な人を見捨てて逃げたくないんです……っ!」
痛む身体を奮い立たせ、リッカは力強く立ち上がった。
クロエはしばらく無言でその顔を見つめていたが、やがて小さく息を吐き、口の端を持ち上げた。
「……上等だ。さっきまでのめそめそした声より、よっぽどいい顔してる」
ふっと不敵な笑みを浮かべ、クロエは壁を蹴って立ち上がる。
「……あたしも行く。あいつは見ず知らずのあたしを命がけで助けてくれた。まだ完全に信じたわけじゃないけど……あいつの声も、匂いも、今まであたしをゴミみたいに扱ってきた人間どもとは違った。嘘や裏切りの悪臭がしなかった……。それに、あの声に嘘はなかったから」
迷いのない二人の少女の瞳。それを見上げたシルヴァは、やれやれと首を振り、呆れたように小さく息を吐いた。
「フッ……どいつもこいつも怪我人の癖に無茶ばかり言いおる。じゃが、あの大家に消えられては、世界の危機じゃからの」
シルヴァは小さな翼を広げると、誇らしげに宙へと舞い上がった。
「我らの大家を取り戻すのじゃ!」
「シルヴァ様……!」
「奴らが連れていったのは、ここから東にある人間の駐屯地だと思う。奴らから逃げる道中、森の東側に木を切り倒して作られた砦の臭いがした。人間の国までは遠いから、いきなり直接連れていかれることはないはず。だから、まずはここを経由するはずだ」
クロエが鋭い視線で森の東方を指差す。
大切な居場所と大家を取り戻すため――手負いの亜人少女たちと守護竜による『大家救出チーム』が、静かに、そして力強く動き出した。




