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第10話:絶体絶命!?大家の決断と残された白い羽

  アパートの扉を抜け、俺は薄暗い樹海の中を必死に駆け抜けていた。


  ……考えが甘かった。

  翼を痛めているリッカに囮を任せ、自分だけ安全なアパートで待機していればいいなんて、そんな都合よくいくわけがない。


  あいつらは見るからに粗暴で、獲物を執拗に追い詰めそうな手合いだった。今思えば、例え見失ったとしても大人しく引き下がらずに、血眼になって周辺を探し回っている可能性が高い。


 走りながら、足元の地面へ向けて『ダンジョン・モディファイ(迷宮改変)』を強く念じてみる。

 だが、脳裏に浮かんだウィンドウは無情にも赤く点滅し、【条件未達:発動不可】の文字で弾かれてしまう。


 俺自身の戦闘能力なんて一般人以下。頼みの迷宮改変(スキル)も条件を満たしていないとかで使えないときた。それでも、じっとアパートで待っているなんて真似はできなかった。


  頼む、無事でいてくれ……っ!

  激しく打つ心臓を押さえ、息を殺しながら、作戦を行った現場付近へと急いだ。


  ◇


  同刻――巨大な幹の陰。


  リッカは両手で口元を固く覆い、身体を極限まで小さく丸めていた。

  すぐ目と鼻の先を、荒々しい足音が通り過ぎていく。


「ちくしょう、胸糞悪い森だぜ。さっきの謎の突風といい、なんで俺たちがこんなところでドロドロになって捜索しなきゃならんのだ」

「そう言うな……俺だってこんな気味の悪い場所に長居はしたくない。噂じゃ『竜』まで出るって話だぞ」

「もうこの辺りはいいんじゃねぇか?こんだけ探していないって事はさすがに、ここにはもういないだろう」


  兵士たちの苛立った愚痴が、すぐ耳元で交わされる。


  どうか、通り過ぎてください……っ。


  祈るように目を固く閉じ、呼吸を止めるリッカ。

  だが――非情にも、その瞬間は訪れた。


  木の上から隠れ場所へ滑り込んだ際、翼の添え木に引っかかっていた真っ白な羽が――ふわりと一枚、土の上に舞い落ちてしまったのだ。


「……ん? おい、待て」


  通り過ぎようとした兵士が足を止め、地面の羽を拾い上げる。


「なぜこんなところに……ハーピーの羽が落ちている……?」

「なに……? まさか、近くに潜んでいるのか!?」


  チャキン、と剣を抜く金属音が響く。

  じりじりと幹の裏へ近づいてくる無慈悲な足音。逃げ場はどこにもない。

  絶望に呑まれ、リッカの目からポロポロと涙がこぼれ落ちた。


  あ……大家様……っ。


  ◇


  兵士たちが剣を構えて木の裏へ踏み込もうとした、まさにその瞬間だった。


「あ、あのぉ……っ! た、助けてくださぁぁいっ!!」


  情けなく裏返った男の叫び声が、森中に響き渡る。


  ガサガサッ! と派手に茂みを掻き分け、両手を高く掲げて飛び出してきたのは――全身をわざとらしくガタガタと震わせた俺だった。


「な、何だ貴様は!? どこから湧いて出た!?」


  驚愕した兵士たちが、一斉にこちらへ剣を向け直す。兵士たちの注意が、完全にリッカが潜んでいるであろう大木の方向から逸れた。


「あ、あの……! 森で迷子になって、魔物に追い回されて……! 人の気配がしたから必死で走ってきたんです……っ!」


  必死の命乞いを装いながら、じっと相手の出方を伺う。スキルも力もない俺が、この状況で割り込むのは無謀そのものだ。足の震えを必死に抑え込み、奥歯を噛み砕くほどの力で食いしばる。極度の恐怖で心臓が破裂しそうだが、それでも俺は一歩を踏み出した。


  この世界で迫害されている亜人たちと違って、俺は『ただの人間』の姿をしているはずだ。即座に斬り捨てられるような真似はされず、素性を確かめるために一度拘束される可能性が高い――そんな浅い憶測と賭けだったが、リッカを見殺しにするよりは万倍マシだった。


  兵士たちは怪訝そうに俺のジャージ姿を見定めた後、リーダー格の男が舌打ちした。


「チッ……逃げた亜人はどうする? 手負いとはいえ、この不審者を連れての捜索は骨が折れるぞ」

「あんな深手を負った女、放っておいても魔物の餌だ。それより、こんな奇妙な格好をした人間を捕まえて持ち帰った方が、上の連中へのいい土産話になる。こんな不気味な森、さっさと引き上げるぞ」


  その言葉とともに、屈強な兵士の一人が俺の背中を乱暴に蹴り飛ばした。


「ぐはっ……!」


  泥の上に無様に転がった俺の背中に膝が乗せられ、後ろ手に回された腕が肩から外れそうなほど強く引き上げられる。手首に容赦なく食い込む粗縄の痛みに顔が歪んだが――同時に、俺は内心で深く、安堵の息を吐き出していた。


  よし……! これでリッカからも、あの子からも、完全に追手の目が逸れた……!


  腕は痛いし、正直、連れて行かれるのは死ぬほど怖い。

  だが、前世で何もできずにすべてを失ったあの時の絶望に比べれば、遥かにマシだ。


「おい、ぐずぐずするな! 歩け!」


  縛り上げられた縄を荒々しく引かれ、よろめきながら森の奥へと歩かされる。

  引きずられながら、俺はリッカが潜んでいるであろう大木の隙間へ、視線だけで静かに合図を送った。


  ――『じっとしていろ』と。


  兵士たちの罵声と荒々しい足音が、森の奥へと少しずつ遠ざかっていく。その背中が木々の影へと完全に消え去り、静寂が再び森を包み込むまで――リッカはただ息を殺し、必死に耐え続けた。


  やがて、完全に気配が途絶えたそこに残されたのは、地面にぽつんと落ちた真っ白な羽と、誰もいなくなった森の影。


「う……あ……っ」


  静まり返った森の中で涙を流す一羽の少女のみだった。

ここまでお読み頂きましてありがとうございます!

なんとか10話まで来ました(*'▽')

引き続き頑張ります(^^♪


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