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幽ノ坂 冬火、魔女だとバレる。

それは、私とラシがミルクスライムを討伐した夜の事だった。

私達は、初めて入ったモンスター討伐料で、たらふく美味しい晩御飯を食べながら、

今後の旅の目標などを語り合って、いつの間にか眠りについた後の事。


しかし、私は上手く眠れなかった。

ラシは、今はもう身寄りが無く、今までコツコツ真面目に肉体労働をして貯めたお金を持って、決死の覚悟でこの都市に来てたらしい。

それなのに、私なんかを牢屋から出す為に、その大半のお金を注ぎ込んでくれたと言う事実を知って、自分はとても情けない奴だと再度実感したのだ。


そんな事をグルグル考えてた時、宿の外が凄く騒がしくなった。

隣で寝ているラシを私は起こす。


「ラシ。なんか外おかしくない?」

音の大きさに焦り、ポンポンと急かすように背中を叩いた。

ラシの石鹸のような甘い匂いが立ち上がる。


「ん……んん……冬火、どしたの?」

ラシは目を擦りながら、ベッドの上でぽてんと座った。




その時だった――


私達の宿屋のすぐ隣から、破滅的な音が聞こえ、宿屋自体が大きく揺れた。

私達は目をまん丸に見開いて、しばし見つめ合った後、反射的に逃げる準備をしだした。


「超やばい音じゃん!!これって、あるあるなの!?」

私は、すぐに準備を済ませ、急ぎ過ぎて転んでいるラシを起こしてあげた。


「わかんない!でも、ないないだと思う!!」

そっか、ラシもまだこの都市に慣れてないんだった。


「取敢えず、外に行こラシ」


「うん」


――私達は、すぐさま宿屋から出た。





宿屋から出た私達は愕然とする。

大勢の都市の住人達が、草原へと続く門の方へ逃げ惑い、巨大な人の波が出来ている。

そして、逃げ惑う方と逆をみれば、なにやら私達が泊まっていた宿屋程の大きさの黒い物体が轟速で飛来しながらこっちに向かって来ている。

その物体を追いかけるように、衛兵が駆けていたり、魔術師が箒で飛行していたりしている。


私達は呆気にとられ、人の波から取り残され、ただ二人ポツンと立っていた。

黒い物体はすぐそこにいる。

ラシは、腰を抜かして、震えながら杖を握っている。

私は息を呑んで、冷や汗を垂らす。


……

……





急な叫び声が近くで聞こえた――


「逃げるんだ君達!!!」

女の子のような声が聞こえ、その次の瞬間には私達の前に人が現れて、迫りくる大きな物体に二刀流で刀を向けている。

それは、天空にある三つの月の光できらりと輝いた。

私は、その声のシルエットの主に目を凝らした。

黄緑の長い髪に、カラフルでお洒落な忍者のような格好をしていた。


「え……あ……ラシ……逃げよ」

私はラシの手を引っ張るが、ラシの足は全然に立たず、ごめんねと何度も良いながら涙をボタボタ流している。


宿屋と反対の建屋は、火球のような物が灼熱で燃焼し、見るも無残に崩壊していた。

私は圧倒され、火球に見入ってる内に、目の前に"それ"が来ていた事に気が付かなかった。


私とラシ、忍者の女の子の前に、とんでも無い量感の存在が現れた。

それは、体中から鋭利な骨が無数に生えた飛竜で、太刀が何本も生えた様な巨大で獰猛な口を開け、クルルルルと奇妙な音を喉から鳴らし、涎を垂らしている。

巨木のように太い尾はムチのようにしなり、全体で合わせれば、私の世界で言う、大型バス程の巨体だ。


その訳の分からない存在を見た時、私は一瞬頭が真っ白になった。

本能的な恐怖とはこう言う事なんだ……


目の前の忍者の女の子は、ジリリと地面の砂を踏み、骨の飛竜を睨んでいる。


飛竜に追いついた、衛兵というか、凄そうな鎧を着た剣士数十人や、空を飛ぶ魔術師集団が私達に、逃げろと怒声を上げている。

その中の隊長のよう剣士が「今すぐ、S級冒険者を呼べ!!」と、大声で叫んでいるのも聞こえた。


私は、ラシを見た。

ラシは、手から杖をポトリと落とし、顔を小刻みに横に振っている。

優しい目から涙をツーツーと流して、過呼吸状態になっている。

私は心の底から、ラシのこんな怖がる姿が見たくなかった。

パーティーを組んだ時、私がずっと笑わせてあげようと自分に誓っていたからだ。


ウォロロロローーーン!!!!!


骨の飛竜は、突如天空に向かって雄たけびを上げる。

私はその声を聞いて直感した。

この忌まわしい声は、竜と言うより、悪魔の類かなんかだと。


その声を皮切りに、剣士集団、魔術師集団、忍者の女の子は、一斉に飛竜に、猛烈な攻撃の嵐を繰り出した。


あらゆる属性魔法の光線や、鋭い刃の斬撃の閃光が、骨の飛竜を包み込む。

それなのに飛竜は、まるでふざけているみたいに口角を上げ、わざと攻撃を喰らった後、その巨体で、その中にいる誰よりも速い動きになり、全ての攻撃者を瞬く間に吹き飛ばした。

先程の忍者の女の子は、私達の後ろに吹き飛んだ。


骨の飛竜の前には、ラシと私しかいなくなる。

奴は、どしりどしりと一歩ずつ、私達に近寄る。

ハァハァと熱気籠った、いやらしい息を吐きながら。


突如ラシが言った。

「……逃げて、冬火」


「……いや」


「……ダメよ、逃げて!冬火だけなら……可能性があるから……」


「絶対イヤ!!!」

私は、大声を上げて地面を思いっきり踏む。


骨の飛竜は嬉しそうに尻尾を振り、ラシに顔を近付ける。


ラシはこっちを見て、覚悟したかの様に、微笑みながら言った。

「……ごめんね冬火、冒険なんか誘ちゃって……」


「ごめんじゃない!!!!!イヤ!!!!!」

私の胸の中で、途轍も無く熱いモノが溢れる。

ただ、現実を拒否する言葉しか出て来ない。


ラシは澄んだ瞳から、きらりと宝石のような涙を落しながら言う。

「でもね、ほんのちょっとの旅だったけど……私、凄い幸せだったよ……」


ラシの気持ちなんかまるで興味が無いように、骨の飛竜は長い舌を出し、ラシを舐めようとした。


私の心は限界だった。


「おい……」

私は、小石を拾って骨の飛竜の頭にぶつけた。


骨の飛竜は、巨大な頭で鳥のようにクイッとこっちを見る。


お願いだよ神様……私がこの世界に来た意味があるなら……今そうだと、分かる風に教えてよ。


私は、イメージする。

私の中に眠る無限の凍てつく焔が、目の前に満ち溢れて形を成し、この飛竜の絶壁の骨すらも砕けるような何かになる事を。


次の瞬間、辺りの音が静まり返った。

私の体の周囲から、私と骨の飛竜を包み込むように、極寒に燃ゆる大気がシューシューと悲鳴を上げて渦巻き出す。

飛竜の全身に、纏わりつくように絡んでいる。


ラシは呆気にとられたように私を見ている。

骨の飛竜は違和感を感じ取ったように、どしりと後ろへ引いた。

その眼光にはふてぶてしい闇が揺れる。


私の体から無尽蔵に溢れる極氷の燃焼は、メラメラと白く揺れながら、骨の飛竜の全身を凍結させてゆく……

骨の飛竜は先程の余裕が消え、悪魔の釜のような特大の口を開けて、私に噛みつこうとしてきた。

しかし、私の白銀の炎は即座に形を変え、巨大な盾となりそれを防ぐ。

骨の飛竜は、私の生成した氷の盾を誤って噛み、顎を拘束される。


「馬鹿野郎……」

私は、氷より冷たいトーンの言葉を吐いた。


次の数秒後には、骨の飛竜のみがこの場で、白銀の絶界にいるような光景になり、身動きが全く取れず固まっていく。

ただ、やつの怨讐の籠った力は尋常では無く、死に物狂いで、私の絶氷を打ち砕き出す。

氷が砕け、白く燃焼しながらも、奴の体がどんどん私に近付いて来る。

後少しでも突破されると、一瞬で私は、あの太刀のような無数歯に引き裂かれるだろう。

奴が吹き飛ばした、氷の破片が私の肩に思いっきりぶつかった。


「うあぁっ!!!」

やばい……超痛い……


「冬火!!!!!」

ラシが悲壮な涙声で私の名を叫んだ。

ラシを一瞬見た時、彼女の頑張って来た過去の人生が想像で過ぎった。


ダメだダメだ!!!痛くなんかない!!!この子を守らなきゃ!!!


私は胸の奥が震え、歯を折れる程に噛み締めて、さらに凍てつく世界をイメージした。

そしてその中に、奴に絡んで離さない白い大蛇を鮮明に思い浮かべた。

本物の蛇が奴の鋭い外殻を砕いて、王者のように叫ぶイメージ。

何故蛇なのかは、自分でも分からなかったが……


次の瞬間、シューシューと渦巻く極寒の大気は、みるみる内に形を変え、イメージと同じく、飛竜程の大きさの神秘的な大蛇になり、奴の体中の鋭い骨をバキバキと無効化しながら締め上げだした。


「こんな事って……」

ラシは小さくそう呟いて、目の前の現象に茫然としてた。


「あり得ないよ……」

いつの間にか、私の背後に忍者の女の子が立っていた。


衛兵の剣士達や魔術師達も、その光景と私のことを、まるで凍ったみたいに見ている。

しかし、私は意識を集中させ、骨の飛竜も凍てつく大蛇も何もかも、全てが凍るイメージを鮮明に描いた。


私の大蛇は、都市全体に広がりそうな雄たけびを上げた後、骨の飛竜と共に盛大に凍結した。

その氷は、三つの月に燦燦と輝きながら、白く燃焼し続ける。


私はラシに言った。

「ごめん……私魔女かも」


ラシは、私の手をいつの間にか握りながら、不思議そうに私を見上げていた。


衛兵の隊長であろう男が言った。

「殿下並びに、元老院、ギルド本部に、魔女の出現を確認したと報告しろ」


それを聞いた瞬間、私は、周囲を冷たい霧で覆い、ラシを抱き寄せて顔を隠すように駆け出した。

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