必殺のサブミッション
「うまく撒いたみたいですね」
走って逃げてきたわたし達は噴水のある公園にやってきた。夜桜が咲き誇る情緒のある美しい場所。地面に設置されたライトが辺りを照らす、キラキラしたインスタ映えしそうな空間。
360度全方位の視界が良好で追手が来てもどの方向にでも逃げられる。ひとまずはそんな場所を選んだ。心地よい噴水から流れる水の音だけがわたし達を包む。
「はぁはぁ」
「大丈夫ですか?」
くれはちゃんは肩で息をしている。相当疲れさせてしまったみたいだ。
「す、すごい」
「え?」
顔をあげたくれはちゃんは、目をキラキラさせてわたしにぎゅっと抱き着いた。
「すごいすごい! なに今の? どうやってやったの~~~!?」
「ちょっと、今抱き着かないで」
「わっ……」
いつもだったら絶対にありえないのだけど、大好きな推しに不意打ちで抱き着かれたからか思わず体勢を崩してしまった。
ばしゃーん。2人で一緒に噴水の池に落ちてしまう。
「いてて……」
目を開けると、わたしがくれはちゃんを押し倒している格好になっていた。彼女だけが全身水浸しになってしまった。
夜桜の花びらが水面に落ちてくれはちゃんの耳元で波紋を作る。水に塗れた彼女はいつもより5割増しぐらいで色気が漂っていた。水も滴るいい女はまさにこの光景のことで。
「わわっ、ごめんなさい!」
すぐに退こうとしたんだけど、くれはちゃんがわたしの腕を引き留めた。わたしが押し込めばキスできるぐらいの距離に、推しの美しい顔がある。
「ねぇ……あなた、一体何者なの?」
くれはちゃんの真剣でまっすぐなまなざしに金縛りにされたような気分になって、逃げられない。
「わたし、百合嶋さくらって言います」
「百合嶋、さくらさん。……さくらって名前、私の苗字にも入ってる」
「そ、そういえばそうですね!」
「運命感じちゃうなぁ」
「わたし、くれはちゃんのファンです」
「う、うん……さっきも聞いた」
「デビューライブからずっと行ってます。『片想いラプソディ』のファンクラブも入ってるし」
「古参のファンなんだね」
今度はわたしのほうからくれはちゃんの手をぎゅっと握った。
「櫻咲くれは単推しです。一眼見た時からずっと! 家探せばくれはちゃんのチェキとかもいっぱいあります」
「そう、なんだ……」
くれはちゃんが頬を赤らめて、さっと手を離した。
「なんか恥ずかしいね。こうやって面と向かって言われると」
舌をペロっとだしてはにかむくれはちゃん。めちゃくちゃ可愛い。くれはちゃんを引き上げようとしたとき、タイミング悪く追手がやってきた。
「いたぞ、あの女だ!」
「そこの女、まずはこっちの話を……」
せっかく推しと話していたのに邪魔されてすごく気分が悪かった。
「はぁ……やれやれ」
まだ4月の夜は肌寒いから、わたしは着ていたロングカーディガンを脱いでくれはちゃんに羽織らせた。ついでにライブグッズとかがいっぱい入ったリュックをその場におろす。
「ごめんくれはちゃん。ちゃんと責任取るから」
彼らを引き付けるために、わたしはくれはちゃんから遠い距離に移動した。風が吹いて夜桜の木が優しくなびく。くれはちゃんは羽織った上着の胸元をぎゅっと握っていた。
「お前に蹴られた仲間が泡吹いて倒れてるんだわ。流石にこっちも頭に来た」
男達がずんずんとわたしに向かってくる。
「おらっ!」
あの5人のなかで最も肥満体型の男に腕を掴まれそうになったのでひらりとかわす。しかし相手の腕が思ったより長くて右腕を掴まれてしまう。
「へへ、さっきからちょこまか逃げやがって!」
いつもなら組み技だろうが相手になるのだけど、今日はレスリングに付き合うつもりなんて毛頭なかった。
「そらよっ!」
男が勢いよく右腕でパンチを繰り出した。
首からコンクリートに叩きつけると即死する恐れがあるから、背負い投げで行こう。相手の勢いを利用したまま、わたしは相手の懐に踏み込んで相手をおんぶする。男の身体は想像以上に重かった。
「うおっ!?」
一瞬で相手を投げると、投げた男の足が後ろにいた4人目の男の頭部に直撃した。といっても、偶然ではなく狙った技なんだけどね。これが百合嶋流の背負い投げ。多人数相手のときにコスパが良くて使える。
かかと落としが直撃した4人目の男は、鼻血をドロリと流しながらその場にうずくまったまま動かない。念のために背負い投げされて仰向けになった男の無防備になった顎に、肘でパウンドを落として確実に失神させておく。
「ふぅ」
4人倒すのに1分どころか30秒もかかってない。これで残り1人。
「こいつ、一体何者だ……?」
「どこにでもいるただの女子高生ですよ」
警戒度をマックスにまで上げたであろう最後の男は、この中で最も背が高く屈強だった。おそらく一番喧嘩慣れしていそうだ。筋肉量の多さが他の4人の比でないのは服越しからでもよくわかった。
構えからしてキックボクシング経験者っぽくて、プロライセンス手前ぐらいの実力はあるようだ。これまでの男たちと違ってわたし相手にも果敢にジャブを打ってくる。フィジカル差が大きいだけでなく、わたしも食後で万全の状態じゃないから打撃戦だとやや分が悪い。
「ちっ、鬱陶しいなぁ」
さっさと終わらせてくれはちゃんと喋りたいのに。雑念が混じってきたところで大振りの左フックが飛んできて、これが思いのほか体重の乗った拳だった。ガードした右腕がヒリヒリして、勢いのまま吹っ飛び地面に倒れる。
「百合嶋さん!」
これまで見たことのない恐怖した表情と、今まで聞いたことのない悲鳴をあげるくれはちゃん。
「女だからって容赦しねぇぞ」
華奢な女の子が屈強な男の人に馬乗りにされている。
でもね、違うんだよ。むしろこの状況こそが、相手にとって最も最悪なんだってこと。わたしを寝技に持ち込んだ時点でジ・エンドだよ。
「食らえ!」
相手がパウンドを打ってきたその瞬間、相手の拳が当たるよりも先に一瞬で発動する技。
「痛てぇ!」
男の右手をパーリングして、弾かれた小指をつかんでへし折った。ちなみに指関節の技は普通の格闘技だと禁止されているけど、軍隊格闘技だと普通に使われる技術。
指を折られて激痛に悶える男の上半身はがら空きだ。わたしは一瞬で蛇のように脚を移動させ、相手の首元に絡みつけた。
「ちょっと! あなた何やってるの!?」
くれはちゃんは顔を真っ赤にして両手で目を覆っている。彼女がこんな反応をするのも無理はない。女の子の股に男が顔を埋めている光景は、側から見れば異様に見えるだろう。
「大丈夫、大丈夫。セットしたら最後、絶対に誰も逃げられないんだから」
変なプレイでもしていると誤解されてしまうかもしれない。けどこの状況がどれほど絶望的かは、見る人が見ればよく分かる。格闘技に詳しい人や、今まさにこの技の餌食になっているこの男なら。
「ぐ……が……」
「あなた、平気なの!?」
「これは三角絞めっていう技で、相手の頸動脈を絞めてるの」
百合嶋流剛柔術三角絞め、通称”百合三角”。一般的な三角締めとの違いは、発動前に指関節の技をかけることでセットしやすくする点。
わたしの”百合三角”は一度セットされたら最後、相手が誰だろうが絶対に逃げられない。余裕が出てきたので他の4人が立ち上がってこないかを横目で確認しつつ、最後の仕上げに入る。
「ごめんなさい、ごめんなさい……放して」
相手はわたしの太ももをポンポンと叩いて、格闘技の試合みたいに降参していた。
でもわたしは締め上げる力を全く緩めない。だってそうじゃない? これはスポーツじゃなくて実戦の喧嘩なんだから。今ここで素直に放してあげたとして、わたし達が安全に帰宅できる保証なんかどこにもないのだから。ミシミシと相手の身体が軋む音がする。
「そろそろ落ちたかな」
さっきまで威勢の良かった男の身体も、いつの間にかだらんと脱力していた。三角締めを解いて顔を見ると、男は泡をぶくぶく吹いて失神していた。
これにて戦闘終了。打撃、投げ技、サブミッション。まさに打・投・極のフルコースを披露してしまった。
「すごい」
大の男3人が公園で意識を失い倒れこんでいる光景を見て、くれはちゃんは絶句していた。ドン引きなのも無理もない。
「これでしばらくは目を覚まさないと思います。今のうちにここから去りましょう」
わたしはくれはちゃんのところに戻って、置いてあったリュックを拾った。
「でも、どこにいけば……」
たしかにくれはちゃんの言う通り、困ったことになった。まだ四月の夜は寒いし、全身びしょ濡れの格好で電車に乗れるわけもなく。それに今ここで彼女を1人にしたら、目を覚ましたこの男達が追ってくるかもしれないし危険だ。
どうしたものかと悩んでいたとき、1つアイデアが思い浮かんだ。
「えーっと……」
言い出しづらそうにしているわたしを見て、くれはちゃんはきょとんと首をかしげていた。かわいい。
「あの、もしよかったらこの近くなので、うちに来ませんか?」




