そんなこと、言われなくてもわかってる
お昼休み。授業中はあれだけ静かだった教室も、ランチタイム中は賑やかになる。
周りを見渡すとしろちゃんと目が合った。彼女はにこりと微笑んで控えめに手を振ってくれた。わたしも同じように手を振る。
しろちゃんはクラスでは別のグループなので学校ではそこまで話さない。この辺りの話もまた後ほどやるとして。本当は一緒にお昼を食べたいけど、しろちゃんは理由があってわたし達のグループとは一緒に行動しない。
わたしはいつものように仲の良い友人達と席を囲んでお弁当箱を広げていた。わたし含め4人でお昼ご飯を食べたり休み時間におしゃべりしている、所謂わたしが所属してるグループ。わたし以外みんな運動も勉強もできる方で、いわゆる陽キャである。あ、蒼依は勉強苦手だったっけ。
わたしが普段一緒にいる3人(陽キャ三銃士とでも呼ぼうかな)はこんな感じ。まず明るく誰にでも優しいコミュ強、緑風陽。お次は学年トップの優等生でイケメン女子、紫真琴。そして最後はマイペースで無口な超絶美少女、森薗蒼依。
この4人でいつも通り他愛もないおしゃべりに花を咲かせていた。といっても実際に喋ってるのは2人なんだけど。
「さくちん、昨日の『チキベリ』の配信見た?」
陽ちゃんが明るい笑顔で話しかけてくれる。
「ごめん、まだ見てないの」
チキベリとは『CHEEKY BERRY』というアイドルグループの略称。陽ちゃんが今一番ハマってるアイドルだ。
「昨日凄かったんだよ。センターの子がね……」
昼間からフルスロットルでアイドル談義に花を咲かせる陽ちゃん。それを聞きながら、わたしはチラチラと元カノである蒼依の方を見ながら黙々とお箸を口に運ぶ。わたしの見てる方向に気づいたからか、陽ちゃんは大きな声を出した。
「おーい! キミらもそろそろ混じろうよ~」
蒼依とマコちゃんが一向に会話に入る気配がないからか、陽ちゃんが痺れを切らしたみたい。急に大きな声出さないでほしい。思わず身体がビクッと震えてしまった。
「ふぁ~、ねむ……」
「んー、このページ読み終わったらね」
蒼依は眠そうにうつ伏せしていて、マコちゃんはいつものように難しそうな本を読みながらお弁当を食べている。どうやら今日読んでいるのはビジネス系の新書のようだった。
「まったくこの美形コミュ障組は。昼休みに喋ってるのも、ほぼウチとさくちんだけだからにゃー」
「あはは……」
いつものように愛想笑いと相槌を打って当たり障りのないコミュニケーションを取るわたし。
「そういえばさくちん、なんだかダルそうだにゃあ?」
「えっ? そんなことないよ、大丈夫」
空元気で誤魔化そうとするけど、コミュ力つよつよな陽ちゃんには簡単に見抜かれてしまう。
目下わたしの心配事は、わたしはいつも通りに笑えているだろうかということと、蒼依がわたしの元カノだって他の2人にバレないかってこと。陽ちゃんとマコちゃんには付き合ってたことも秘密にしてたんだよね。
はぁ、だから学校に行きたくなかったんだよね。でも彼女と別れたぐらいで休んでるようでは単位が取れないし、いつまでもクヨクヨしていたってしょうがない。
「来月もう中間テストだよね。さくちんはどう? 勉強進んでる?」
「ううん、全然。2年生になると範囲も広いし大変そうだよね」
苦笑いでお茶を濁すと、陽ちゃんがわたしの肩にポンと手を置いた。
「大丈夫だよ、さくちん。今年は成績学年一のマコちゃんがいるから」
陽ちゃんがちらちらと視線を送ると、マコちゃんがそれに気づいた。
「陽には毎年教えてる気がするけどね。小学校の頃からずっと。あと去年からは成績のひどい蒼依にも」
「マコ、ちょっとうるさい」
急に飛び火した蒼依がむすっとした顔をした。
「あおちんよりは成績いいでしょ? さくちん」
「ちょっと、陽まであたしをいじるのかよ」
「うーん、どうかなぁ。でも数学は特にニガテだから教えてほしいかも」
「いいよ。数学だったら得意だし」
「ありがとう。マコちゃんは頼りになるなぁ」
これで今年の数学の単位は大丈夫かもしれないと安堵した。
「あたしは別にマコに頼らないから。独りでやるし」
「あおちん、そんな意地張ってたら今度こそ留年するよ? さくちんもあおちんも今年はみんなでマコちゃんのお世話になろうにゃ」
「わたしはそうしてもらえると助かるなぁ」
「だからあたしは……」
よし、ちゃんといつも通り喋れてる。元カノ(蒼依)がいるなかでもちゃんと違和感なく自然に話せてることに、わたしは達成感を覚えた。同時にわたしは彼女達を見ながら、蒼依が別れ際に言ったことを思い出していた。
別れても友達でいよう、あたし達。
それが、蒼依がわたしに最後に言った言葉。それを聞いたとき、わたしは内心ホッとした。彼女とは恋人ではなくなったけど、友達までやめることにはならないんだから。
これからゆっくり彼女との関係を再構築していこう。距離感をちゃんと見極めて、出会ってすぐの頃の仲のいい友達に戻ろう。それは嬉しくもあり、同時に苦しく難しいことでもあるけど。
「百合嶋、どうしたの。ぼうっとして」
「ううん、大丈夫だよ森薗さん」
「ならいいけど」
このときのわたしは蒼依との友達関係を絶対に元通りにできるって、何の根拠もないけど思っていた。本当はそんなことはなくて、わたしがそう思いたかっただけなのにね。
ランチが終わって、午後の授業が始まる前にお手洗いに行くと、クラスのギャルっぽい女子達が喋ってる現場に居合わせた。喋りながらメイクを整えているみたいだった。喋ったことのない子たちの中に入っていくのは気まずかったから、思わず入るのをためらった。
「森薗さんと紫さんヤバいぐらい綺麗だよねー。友達が1年のときクラス同じだから評判聞いてたんだけどさ、実物はウワサ以上だったわ」
「ねー。あの2人のいる空間だけ別次元って感じだし。まさに生まれながらの陽キャって感じよね」
「あと有栖さん? あの子もヤバかったわ」
「あの財閥のお嬢様でしょ? お人形さんみたいに綺麗だったよねー」
やっぱり同じグループにいなくてもしろちゃんは目立つんだ。わたしなんかよりしろちゃんのほうがステータス的にもよっぽどあの3人と釣り合っているのにね、なんて思っていた。
「3人ともモデルやった経験とかありそうだよね」
「ねー。ウチらもあんな顔面で生まれたかったわー」
この子達が出てくるまで壁に隠れて待っていよう。そう思っていた矢先のことだった。
「でも正直さ。緑風さんはともかく、百合嶋さん? だっけ。あの子だけちょっと場違い感あるよね」
「ね、白鳥の群れの中にアヒルが混ざってる的な?」
「ちょ、言いすぎだろおまえー」
「あはは。なんであのグループいるんだろうね」
話題がわたしの陰口に変わったようだった。しろちゃんが聞いてたら本気で激怒してくれると思うような状況。もちろん陰口を言われて気分がいいわけはないけど、彼女たちに特段怒りの感情がわいてきたわけではなかった。
正直言われてもしょうがない、自分でもそうだよねって思ってしまうから。わたしなんかよりも、彼女たちのほうがわたしのグループにふさわしいんじゃないかとすら思ってしまった。
「……そんなこと、言われなくてもわかってる」
わたしの漏らした小さな言葉は誰にも届かない。
わたし以外の3人としろちゃんはいつも堂々としていて、キラキラ明るくて。そんな人たちとわたしが釣り合ってないことなんて、他でもないわたし自身が誰よりわかってるの。ホント、なんであの人達はこんなわたしなんかと仲良くしてくれるんだろうなぁっていつも思う。
「やんなるなぁ、ほんと」
この前蒼依と別れただけでも十分辛いのに、嫌なことが連続すると正直堪えてしまう。これ以上陰口を聞きたくなかったから教室に戻ろうかと思っていたそのとき。
その子たちの中に割って入ってきた蒼依が、わたしの陰口に怒ってくれた。要約すると『自分たちは好きでさくらと一緒にいるんだから、不釣り合いがどうとうかあなた達にとやかく言われる筋合いはない』という話だった。
「じょ、冗談ですって。ごめんごめん」
「アタシは何も言ってないし」
「言ってたのお前だろ~」
蒼依の真剣な態度を見て、彼女たちはすぐにその場から逃げていった。
授業中に机の下でスマホを眺めていると、蒼依から個人トークでメッセが飛んできた。
「もしかしてさっきの話聞いてた?」
顔を上げて蒼依のほうを見ると、彼女がじっとこっちを見ていた。多分わたしの表情を見て察したのだろう。わたしの返信より先にメッセが飛んでくる。
「嫌なら嫌って言わなきゃ。言われっぱなしで悔しくないの?」
蒼依はいつも通り堂々と自分の意見をぶつけてくる。付き合っていた頃もそうだった。わたしは蒼依のそういう堂々としてる姿が大好きだったし、カッコいいと憧れていた。
付き合っていた頃のことが脳裏に浮かんできたところ、蒼依からさらにメッセが飛んできた。
「あんたのそういうところ好きじゃない」
わたし達はもう恋人じゃないのに。それでも変わらず蒼依がわたしのために怒ってくれたことが嬉しかった。
一方で、自信がなくておどおどしている自分があまりにもみじめで情けなかった。やっぱり、わたしはわたしのことが大嫌いだ。
「ごめんなさい」
彼女のいくつかのメッセに対して、わたしが返信できたのはたった6文字だけ。既読がついたけど、蒼依からそれ以上新しいメッセは来なかった。




