side 茉白:わたくしは唯一無二のメインヒロイン、そこのサブヒロイン2人とは格が違うの
「さてさて。さくらが夢の世界を堪能しているうちに、こっちも話進めちゃおっか」
双眼鏡越しだけれど、はっきりとこの目で見た。あろうことかこの女はさーちゃんにキスしたのだ。あまりに唐突だったので、茉白はたじろいでしまった。
「話って?」
蒼依も警戒した目で紅羽を見ていた。
「私達3人共、さくらが好きだってこと」
「「!」」
「さくらってあんなに喧嘩強いのに、内面はすごく繊細で庇護欲を掻き立てられる感じがたまらないよね〜〜」
「でしょう!」
茉白はものすごく大きな声で紅羽の意見に同意した。
「ギャップ萌えっていうの? 自分を嫌ってるところもまた可愛いというか、守ってあげたくなる感じ」
「さーちゃんは天性の女たらしなのだけれど、それもなぜか許せてしまうのよね」
「ね、たまに見せる切ない顔とかほんとヤバくて。さくらって魔性の女だよね」
「朝比奈紅羽、あなたなかなか話がわかる女じゃない!……じゃなくって! さーちゃんの良さはわたくしだけが知っていれば良いのよ」
そう、わたくしはこの転校生に煮湯を飲まされたのだから。
「朝比奈紅羽、あなたはたった今わたくしの敵になったわ。良き友になれると思っていたのに、とても残念だわ」
「ごめんね、有栖さん。私もこんなにさくらにのめり込むなんて思ってなかったから」
「いつからさーちゃんのこと好きだったの?」
「うーん、いつからだろ? わかんない」
「この有栖茉白、不覚だったわ。いきなり現れた第三者にここまで場を荒らされるなんて」
このとき茉白は、蒼依だけでなく紅羽も恋のライバルだと認めつつあった。むしろ現状、茉白にとって目の前の未知の転校生こそが最大の脅威なのである。蒼依と別れたさくらとの距離をじっくり詰めれば良いと思っていた矢先、この女は全く何もないところから突如現れてさくら争奪戦のレースに参加してきたのだから。
「森薗さん、有栖さん。私、さくらが大好き。恋愛感情として、さくらを愛してる」
「なな……な!」
「えっ……」
紅羽は他の2人に向かってまっすぐな目で対峙した。茉白は自身の身体がわなわなと震えてくるのがわかった。蒼依は青ざめた表情をしていた。
「だから、あなた達にも……誰にも負けたくない。現役アイドルでもなんでも、私が持ってる力全部使ってさくらを獲りに行くから」
まさしく、紅羽からの宣戦布告だった。
「さーちゃんに恋人なんてまだ早いわ! この女のせいでトラウマになりかけたのだから!」
茉白は人差し指で蒼依を堂々と指さした。
「ぐっ……」
蒼依は苦い顔をした。
「私はさくらの一番の推しよ? 勝つことが全ての修羅の世界、芸能界で毎日死に物狂いで闘ってる。あなた達に、ううん……誰にも負けるつもりなんてないから」
「言わせておけば。転校生と現役アイドル以外さして属性のない女の分際で。わたくしだって、日本有数の財閥の後継者として英才教育を受けてきたわ。帝王学を叩き込まれてきたわたくしを見くびらないでちょうだい」
茉白は扇子を開いて優雅に振る舞った。
「それに、わたくしとさーちゃんが紡いできたプライスレスな10年以上の月日に勝てるのかしら? 未来は変えられるけれど、過去は変えられない”真実”なのよ。たとえあなた達が逆立ちしたって、今からさーちゃんの幼馴染にはなれっこないのだから」
「たしかに、その経歴はすごいね。幼馴染として生まれた運も持ってる。さすが有栖さん」
「それほどでも」
紅羽は茉白の圧に一瞬怯んだが、すぐに気持ちを立て直した。
「この流れで言うと、森薗さん。あなたがこの中で最もレースから遅れてるんじゃないかな?」
「そうよ! わたくしは暫定で2位。それでも森薗蒼依よりは上のはずよ。さーちゃんと付き合っていたときは貴女が1位だったけれど、さーちゃんに捨てられた貴女にはもう何も残ってないわ。ここから朝比奈紅羽を捲れば、再びさーちゃんの1位に……」
茉白が悪い顔でニヤリと笑った。そしてこの瞬間、耳まで顔を真っ赤にした蒼依が、過去最大級の特大爆弾を投下した。
「あたしはさくらとキス以上のことだってしてるから!」
っていうか捨てられてないし……と蒼依がつぶやいても誰にも聞こえなかったぐらい、その場の時間が止まったように凍りついた。
「「は?」」
紅羽と茉白は、蒼依が何を言っているかすぐには理解できなかった。
「さくらとヤッた。さくらと寝た」
「「ヤッタ? ネタ?」」
茉白はどこかの方言か何かかと思ったし、紅羽はお寿司のネタのことかと思った。
「キスよりって上っていちいち説明しないとわからないの? 中学の保健体育で習ったと思うけど。だからその……さくらとセックスしたってことなんだけど」
「「…………」」
「有栖さんが言ってた『未来は変えられるけれど、過去は変えられない”真実”』だっけ? さくらの初めてはこの世でただ1人、あたしだけが貰ったってこと」
「ライブで最後に歌ってた『My First Time』ってそういう意味だったのね」
この女はあろうことか衆人環視のなか、自身とさーちゃんの初体験を赤裸々に歌に乗せて語ってたいわけだ。まるでこれまでのわたくしの人生や朝比奈紅羽の努力を嘲笑うかのように。茉白は過去最大級の屈辱を感じていた。
「なるほど。そういうコンテキストがあったんだねぇ」
紅羽の全身からも熱気のようなものが出ていて、蜃気楼のように空間が歪んでいる。
こと百合嶋さくらとの関係性1点の議論において、社会的ステータスなどはほぼ価値がないに等しい。蒼依はたった一言だけで、残りの2人を一瞬で置き去りにした。
「……あれ?」
予想以上の反応だったのか、蒼依は2人の反応を見て失言だったかと後悔した。しかし時すでに遅し。吐いた唾は呑めぬ、覆水盆に返らずなのだった。




