わたしが百合△から逃げられるかどうかは皆さんのご想像にお任せします
「あれ、もう終わり?」
紅羽が目隠しとイヤホンを取ってくれたので、わたしは夢の世界から帰ってきた。は〜〜バチバチにつよつよの曲だった。推し最高すぎる。
「みんな話終わったー? いやー本当に神だった、ありがとうね紅羽!」
明るく話しかけても、3人ともなぜか全員ダンマリだった。一体どうしたんだろう。
ってあれ、なんで紅羽もしろちゃんも今まで見たことないぐらい怒りのオーラを出してるんだろう。それに蒼依はものすごく申し訳なさそうな顔をわたしに向けている。
「ねぇ、みんな一体何の話で盛り上がってたの?」
「さくら、さっきの前言撤回。やっぱり許すのやめるね」
「へっ?」
紅羽がにっこりと笑う。でもそれはさっきキスしたときの顔と違い、握手会で厄介オタクに振り撒くアイドルの営業スマイルみたいに取り繕ったもので。え、なんか怖いんですけど。
「しろちゃん、さっき何の話してたの?」
しろちゃんに聞いてみても、しろちゃんはわたしをガン無視して耳にスマホを当てていた。
「もしもし篁、生け捕りにして欲しい人間が1人いるの。ターゲットの名前は、百合嶋さくら」
「し、しろちゃん……?」
「できなくてもやりなさい、これは命令よ。ターゲットの手足の1本や2本どうなってもいいから、必ず生かしてわたくしのところに連れてきなさい」
なんかすごい物騒なこと言ってるんだけど大丈夫!?
「海外に派遣してる旅団をあなたの指揮下で日本に連れ戻したって構わないから」
旅団ってなに、旅団って!?
ほんとにもー、篁さんはしろちゃんの全肯定イエスマンなんだからー。 ちゃんと自分ができないことは『できません!』って断らないとダメでしょ。主の親友を生け捕りにするなんてそんな非人道的なことをねぇ。
「さーちゃん、電話代わるわね」
無表情でわたしにスマホを渡すしろちゃん。あの、さっきからみんな怖いんですけど? だんだんかきたくもない汗がドバドバ流れてきたのは気のせいなのかな。
「もしもし……?」
「さくら様。私程度であなた様を仕留められるとは到底思いませんが、これも茉白様からの至上命令ですので。私も命をかけますから、お覚悟を」
「覚悟ってあの、わたし本当に生け捕りで済むんですかね……」
篁さんはわたしの質問なんてお構いなしに、自分の要件だけ伝えてすぐさま電話を切った。あれだけフレンドリーにしてくれた篁さんが、まさかわたしを殺すなんてねぇ! ハハハ……。
こうなったらまともに会話できそうなのは1人だけ。最後の砦である蒼依に聞いてみた。
「なんであの2人あんなにピリピリしてるんだろうねぇ?」
「さくら、本当にごめん。ごめん……」
蒼依は今までにないぐらい顔面蒼白な涙目で震えながら、別れたときみたいにわたしに許しを乞い続けた。
「……ふぅ」
やれやれ、この場でまともに会話できる人間は誰もいないらしい。しろちゃんはわたしからものすごい力で強引にスマホを奪い取り、再度電話をかけた。
「ああ、それと篁。ターゲットがもう1人。森薗蒼依のほうは生死は問わないから、よろしく」
「ひっ……! 殺される、あたし殺される……」
それを聞いた蒼依はガチガチと歯軋りしながら小動物のように怯えている。いつもみたいに堂々とした姿はどこいった?
しろちゃんは全く笑わず、冷酷な殺し屋のように目をギラギラとさせている。えーっと、自分の使用人に殺人を命じるなんて有栖家はシンジケートか何かなんですかね? もしかして電話帳に『反社』って登録してるわたしの母親なんかよりバリバリの反社だったのかな?
「朝比奈紅羽、1つ提案させていただきたいのだけれど」
「なにかなー?」
「わたくしと同盟を結んでくださらない? 悪くない話だと思うのだけれど」
「それいいかもねー。私も有栖さんとはまだ闘いたくないし」
「交渉成立ね」
まだっていうのは、いずれは闘うってことなんですかね? とツッコミたかったけど、今は余計なことは言わないほうがいいと思って黙っておいた。
「さーちゃん。今日という今日は絶対に許さないわよ」
しろちゃんが今まで見たことのないぐらい邪悪なオーラを全身から出している。どす黒すぎて茉白という名前からはあまりにもかけ離れているんだけど。
「あの、しろちゃん。わたし何か悪いことしたかな?」
「小さい頃には身体の見せ合いっこだってしたのに。幼馴染のアドバンテージを軽く超えてきたっていうの? やってくれるじゃない、森薗蒼依。ふふ、ふふふふ……」
さっきから意味不明なことをぶつぶつ言いながら、しろちゃんの黒髪が逆立っている。怖すぎるんだけど。
「く、紅羽もなんか言って……?」
さっきから作り笑いが全く崩れない紅羽も夢に出てきそうなぐらい怖かった。
「ファンって本当に勝手だよね。私達には異常なまでに貞操を求めるくせに、自分たちは猿みたいに好き放題サカってるんだからさ」
「そういうファン厄介だよね、すごくわかる!」
「いやになっちゃうよねぇ、ホント」
「ははは……」
なんでわたしのほうを見てるんですかね?
「さくらごめん、さくらごめん、さくらごめん……」
涙を流しながら壊れたラジオのように念仏を唱え続けるわたしの元カノ、森薗蒼依。完全にキャラ崩壊してないですかね?
完全に理解した。この場にいちゃダメなやつだこれ。篁さんもわたしを始末するとか言ってたし、すぐに行方をくらませたほうがいいな。しろちゃんが合鍵を持ってるからアパートに帰るのもまずい。寝てる間にあの世行き、なんてことになりかねない。
そうだ、実家に帰ろう。あそこにいれば最強の母がわたしを守ってくれる。やっぱり持つべきは家族だった。よし、わたしの命の安全は保証された!
「そうそう。おばさまに泣きつこうとか考えてるのでしょうけれど、すでに買収済みよ」
「この悪魔!」
家族の愛はお金なんかじゃ買えないって思いたかったけど、あの母親じゃ望み薄だったね!
「ふふっ、やっぱり信用できるのは愛なんて曖昧なものじゃなくてお金ね」
わたしの母親を買収した幼馴染は、『さーちゃんのことなんてなんでもお見通しなのだから』と言わんばかりに夢に出てきそうなぐらい怖い顔で笑った。
「蒼依、とりあえず一緒に逃げよう?」
蒼依に肩を貸して立ち上がらせると、蒼依は震える声でしろちゃんに聞いた。
「そういえば、あんた約束の報酬は? さくらの秘蔵寝顔写真100枚くれるって言ったよね?」
え、なにそれ。そんな話聞いてないんだけど。合鍵だけでなくプライベートなブツまで闇取引されてるのかわたしは!
「ええ、もちろんあげるわよ。けれどまずはさーちゃんを捕まえてからね。そうすればあなたも極刑だけは回避させてあげるわ」
「……ならあたしのやるべきこともハッキリしたってわけだ」
蒼依が獣のように目を輝かせ、わたしの腕をガシッと掴んだ。
「ごめん、さくら。こんなあたしを、どうか許して」
「友達……いや元カノにまで売られるのかわたしは!」
ついに実母だけでなく元カノまで買収されてしまった。この世界にわたしの味方はいない……ってコト!? なんとか蒼依の手を離してドアの前に辿り着く。
「あれ……開かないんだけど?」
ドアノブを何度回してもドアは開かない。まさかしろちゃんが外側から鍵を……?
そうこうしているうちに、わたしはギラギラした目の3体の獣に包囲されてしまった。
「「「さくら〜〜〜〜!!!」」」
蒼依、紅羽、しろちゃんの3人がわたしめがけて襲いかかってきた。
さて、ここで1つ質問です。
わたしの”百合嶋流剛柔術・三角絞め”は、決まれば相手が誰だろうと絶対に逃げられない。
では、わたしは紅羽・蒼依・しろちゃんの3人の三角から逃げることはできるのでしょうか?
答えは神のみぞ知る。っていうか恋の神様でも戦いの神様でも誰でもいいから、助けて神様!!




