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百合△から逃げられない!?  作者: りんきり
4話 百合△から逃げられない!?
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32/37

世界で一番大切な、わたしの

「蒼依ーー! どこなのーー!」

 走るたびにポシェットのストラップが揺れてイライラする。しろちゃんに預けてこればよかったかな。いつもならこの程度走ったぐらいで汗なんてかかないのに、全身から汗が吹き出してくる。身体が重い、心臓がバクバクする。

「蒼依ーー! いたら返事してーー! 蒼依ーーーー!」

 何もかも全部蒼依のせいだ。蒼依がこんなにわたしを不安にさせるから。蒼依がわたしを心配させるから。いつだってそう。拐われたのは蒼依のせいじゃないけど。

「百合嶋!」

 無我夢中で走っていると蒼依の叫び声が聞こえた。撮影場所から随分離れた建物のテラスに蒼依と犯人がいた。

「蒼依……!」

「百合嶋……」

 蒼依は柱に縛り付けられていて、犯人の右手には拳銃が握られている。わたしと蒼依との距離は10メートルにも満たなかった。

「誰かと思えば、こいつと同じさっき私に突っかかってきたやつか」

「あなた、リアリティショーのときの……」

 蒼依を攫った犯人は、蒼依にコテンパンに言い負かされていたリーダー格の女優だった。

「あのときの仕返しのつもりなの? 森薗さんを離して!」

 彼女はわたしに見せつけるように拳銃を手元で遊ばせた。

「仕返し? それもあるけど、私はキラキラしてる人が嫌いで憎いの。その輝きを否定したくなる」

 その言葉を聞いて、さっきの撮影中に覚えた既視感の正体がようやく分かった。どこかで見たことあるような誰かを妬む視線も、他人事とは思えないぐらい身近に感じた目つきも。相手の気が立っているなか、わたしは慎重に言葉を選んだ。

「そっか、そうなんだ。わたしもあなたの気持ち、ちょっとわかるかも」

「百合嶋、何を言って……!」

 蒼依が戸惑うのも無理はない。だけど、わたしはこの人に伝えなければならない。

「多分あなたとわたしは同じだよ。アイドルとかキラキラ輝いてる人が大好きで、憧れで、でも内心はほんのちょっぴり嫉妬してて。なにより、自分のことが大嫌い」

 そう、あの既視感の正体。それはわたし自身。きっとこの人とわたしは根っこの部分で似ているのだ。

「……あんたもそうなのか?」

「うん、そうだよ」

 1つのミスも許されない状況なのに、言葉がつらつらと出てくるのが不思議だった。

「でもだからって、自分より輝いてる人達を傷つけるなんて間違ってる。そんなのただの八つ当たりだよ、何も変わらない。わたし達にあの子達の輝きを奪う権利なんてない」

 この状況で犯人を刺激するなんて、わたしって本当にバカだなって思う。でも、全部嘘偽りのない本音だった。

「うるさい!! あんたに何がわかる! さっき見てたよ、男の人達を1人でボコボコにしてるところ。あんただってそっち側の人間だよ。私とは違う!」

「違わない。わたしだって自分が大嫌いだもん。……大好きだった人を傷つけたから」

「はっ、呑気なものだね。こんなときまで惚気話なんて」

「別れてからずっと後悔してた。どうしてあのとき自分の気持ちをちゃんと伝えなかったんだろうって。別れたくないって……言わなかったんだろうって!」

 目の前の蒼依だけを見て、わたしは100%本物で剥き出しの感情を曝け出した。

「何を……」

「あなたが大切だって、あなたを愛してるって、言葉にしてちゃんと伝えれば良かったって」

 そうだよ。もっと逃げずに話せばよかったんだ。一歩ずつ蒼依との距離を詰めると、蒼依の目から涙が溢れているのがわかった。

「なんなんだよ! なんでそこまでこいつにこだわるんだよ! こいつはお前にとって一体なんなんだよ!」

「蒼依は、わたしの、わたしの……!」

 元カノ? 友達? それとも憧れの人? ううん。どんな関係になったって、それでも答えは1つだけだった。

「わたしの大事な人。世界で一番、大切な人」

 ああ、やっと自分の気持ちに正直になれた。嘘の鎧を脱ぎ捨てたらこんなにもすっきりするんだね。しろちゃんの言っていた通り、わたしは全く諦めきれてなかったんだ。

「さくら……さくら……」

 やっと名前で呼んでくれたね。いつも無表情な蒼依が赤ちゃんみたいにわんわんと泣いた。死にそうになってるんだからもっと自分の心配しなよ、バカ。

「だからお願いします。その人を……蒼依を返してください」

 わたしはこれまで武術から逃げて、実家の家族からも逃げて、蒼依からも逃げ出した。なによりわたし自身から逃げている。そんな逃げてばっかりの負け犬の人生。だけどちょっとでもいいから、わたしは変わりたい。ほんの少しでも自分のことを好きになりたいから。

「来るな! それ以上近づいたらこいつを撃った後に私も死んでやる!」

 そう脅されるとこれ以上は進めない。どうしたものかと考えていたそのとき、蒼依が大きく息を吸った。

「やっちゃえ!! さくらーーーー!!!」

 蒼依が突然大きな声を出したからか、犯人の身体がビクッと硬直して蒼依に視線が移った。その刹那、わたしは強く一歩を踏み込んだ。

「こいつーー!!」

 蒼依の頭に向かって引き金を引こうとしたそのとき。

 バチーン!!

「ッ!」

 わたしはポシェットについてる長いストラップの留め具で相手の手の甲を思い切り叩いた。さっきの会話のやり取りの最中、見えないようにポシェットのストラップを緩めておいたの。

 これが百合嶋流剛柔術・蛇の鞭(スネーク・ウィップ)。ベルトなどの長いエモノで遠距離から相手を叩く武器技。なんでもありの百合嶋流は武器の扱いにも長けている。結果論だけど、しろちゃんにポシェットを預けなくて本当によかった。

 面食らった相手はそのまま激しい痛みで拳銃を手からこぼしてしまう。わたしはすかさず落ちた拳銃を犯人と逆方向に思いっきり蹴った。これで相手は武器を使えない、勝てる!

「このーーー、あんたから先にやってやる!!」

 そう叫びながら、犯人は叩かれてない逆手でポケットからナイフを取り出した。ナイフの切っ先が真っ直ぐにわたしに向かってくる。

「さくら!!」

 蒼依が心配そうにわたしを見ている。でも大丈夫。あなたがわたしを求めてくれるなら、わたしにできないことなんて何もないから。相手の手首を合気道の要領で払って、そのままパーリングする。

「ぐあっ!」

 拳銃同様、またしても彼女は獲物を地面に落としてしまった。

「これで今度こそ終わり」

 この人は本質的な部分でわたしと似ているのかもしれない。自分が嫌いで、キラキラしてる人に憧れているから。でもだからって蒼依の命を危険に晒したことは絶対に許せない。だけど、わたしはこの人を殺さない。わたしはこの人の命を奪って、それに対する良心の呵責で苦しみたくないから。

 だから結局、臆病者のわたしが最後に選択するフィニッシュはいつもこうなってしまうのだ。わたしは一瞬で相手にタックルして地べたに寝かせる。

「くっそがぁーー!!」

「そのまま寝てて」

 百合嶋流剛柔術・三角絞め、通称”百合三角”。セットしたら最後、絶対に誰も逃げられないわたしの十八番。

 ただし永遠ではなく一時的に、だけどね。わたしの脚に挟まれた犯人の首がガクッと落ちた。その後すぐにわたしは気絶していた犯人を拘束した。

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