さようなら、わたしの憧れた女の子
さてと。わたしは蒼依の身体を縛っていたロープを解いて蒼依を解放した。束の間の2人きりの時間が流れる。
「さくら……」
蒼依は涙目でわたしにぎゅっと抱きついた。
「信じてた。さくらが絶対助けに来てくれるって」
「買い被りすぎだよ」
「でも現にあたしは今こうやって五体満足で生きてる」
久しぶりに感じる蒼依の匂いと体温が懐かしかった。
「この間のライブ。歌ってる蒼依、すごくカッコよかったよ」
「ほんと?」
「よかったに決まってるじゃん。蒼依のライブは全部最高。今回だってわたしが好きな曲ばかりのセトリだってわかったし」
「嬉しい。じゃああたしの気持ち伝わってたのかな?」
「これからは別々の道を歩んでいこうって……」
「違うよ! そんなんじゃない! やっぱり全然伝わってない……」
蒼依の抱擁がより強くなった。そして彼女の目からまた涙が溢れてきて、わたしの身体に伝ってきた。
「あたしはさくらと、もう一度……」
「やっと……やっと、蒼依がさくらって呼んでくれた」
「呼びたかったに決まってる。ずっと、さくらって呼びたかった」
蒼依はわたしの目を近距離で真っ直ぐに見た。
「蒼依、蒼依……」
「さくら、あたしやっぱりさくらのことが……」
上から迫ってくる蒼依の長いまつ毛。蒼依は背が高いから、蒼依の唇に届くためにはいつもわたしが少し背伸びをしたんだっけ。
あ、今めっちゃいい雰囲気。これ絶対キスするやつだ。またキスするんだ、蒼依と。こんな公共の場で、舌とか入れるガチのやつをするんだ……。
あともう数ミリでお互いの唇が触れそうになったのに、目を閉じてキスを待っていても一向に蒼依の唇が触れる気配がしない。
気になって目を開けると、蒼依が呆れた表情で遠くを見つめていた。振り返るとそこにはカメラやらプロデューサーやらがいて。
「あ、どうぞどうぞ。私達のことはおきになさらず、続けて!」
プロデューサーが両手を合わせてごめんごめんと言っている。いや、カメラ回ってるんだけど。
「いえ、わたし達も要件は済んだので……」
「あ、そう? じゃあ、はいカ〜〜ット!」
プロデューサーがカチンコを思いっきり叩いた。映画撮影とかでよく見るやつだ。
「あの……なんなんですか、これ」
わたしが困惑していると、蒼依を攫った犯人(女優さん)がむくりと起き上がった。
「う〜ん……ああ、私眠ってたのか」
わたしは蒼依を庇うように身構えた。
「ああ、ごめんごめん。もう危害を加えたりはしないから! っていうかこの縄解いてほしいんだけど……。あと後ろみて、後ろ!」
そんなこと信用できないと警戒を解かずにいたら、蒼依がわたしの袖を引っ張った。
「さくら、後ろ」
そう言われて振り向くと、スタッフさんがドッキリ大成功! と大きな文字で書かれたプラカードを掲げている。いや、だからなんで皆そんなに笑顔なんですかね。
「ドッキリでした〜!」
女優さんはドヤ顔でニコニコ笑っている。
「「…………は?」」
「いやー迫真の演技だったっしょ? 私の犯人役。っていうかさくらちゃんが思った以上に強くてびっくりしたわ。うちでスタントマンやってみない?」
蒼依と目を合わせていると、蒼依はぺたんとその場に座り込んでしまった。
「なんだよ、ったく〜〜〜〜」
そりゃ銃口を突きつけられたのだから放心するのも無理はない。わたしが破壊したのはダミーナイフで、拳銃だって実弾は発砲できないタイプの偽物だった。
「それにしても随分大掛かりなドッキリでしたね」
わたしはともかく、一般人(蒼依)を巻き込んで最悪トラウマになりかねない迫真のシチュエーションに強制参加させるのはいかがなものか。諸悪の根源であるプロデューサーは遠くから笑顔で手を振っている。
「ごめんね、みんなを気分悪くさせちゃって。特に黒髪ロングの子、本当にごめん」
わたしが拘束を解くと、女優さんは必死に謝っていた。
「あ、いや大丈夫です。タチの悪い冗談だと思ったら納得できそうなので」
「でもアレは演技でも正直イラっときたかなぁ。蒼依ちゃんだっけ、ちょっと口下手なところあるっしょ。よく言われない?」
「ぐっ……。そんなことは……」
蒼依が歯軋りしながらぷるぷると震えている。
そうなんですよ〜〜!! ってこのときめっちゃ叫びたかった。このお姉さんやっぱりわたしと気が合いそう!
3人で話しているうちに他の参加者達やしろちゃん、紅羽もやってきた。番組プロデューサーが前に出て口を開いた。
「ごめんね〜みんな。これリアリティショーの撮影じゃなくてドラマの撮影なの。あと、あたしプロデューサーじゃなくて映画監督!」
プロデューサーもとい映画監督はペロっと舌を出して軽いノリで謝罪した。
「「はぁ〜〜〜〜!?」」
わたしと蒼依は思わず絶叫した。監督によると、各々の事務所側には今回の企画が実はドラマの撮影なんだって説明していたみたい。それ以外の関係者には情報が伏せられていて、例外はこの女優さんだけってオチらしい。
「面白かったよ、キミら2人の本気の気持ちのぶつかり合い。演技じゃない剥き出しの自然な感情が、役者っぽくなくてすごく良かった」
わたしと蒼依の掛け合いは監督から絶賛されたけど、なんだか素直に喜べないんだよなぁ。
「ウチはこの監督とは腐れ縁でね、今回ヒールをやってくれって頼まれたの。リアリティにこだわった方が監督もいい絵が撮れるっていつも言ってるんだよね」
ところでしろちゃんと紅羽は全然驚いてなさそうに見えた。
「もしかしてしろちゃん達は知ってた?」
「サングラスしてたから最初わかりにくかったけれど、新進気鋭の若手映画監督だっていうのは知っていたわ」
「私はさっき道中で有栖さんから話を聞いたときに驚いたってだけ」
「そうだったんだ……」
監督さんがさらに説明を追加してくれた。
「それとさっきそこのアイドルさんを襲った男の子達ね。あれもあたしの手配した人たちよ」
「あ、あのときの!」
わたしが思わず指をさしてしまったのは、初めて紅羽と出会った日と今日戦った男の人達。何度も”ふぐり潰し”の被害者になってしまった残念な人達だ(※加害者のお前が言うな)。
引き攣った笑みでわたしに手を振っている彼らは、あとで話を聞いたところ紅羽のサインが欲しかっただけみたい。サインをせがまれたぐらいでビルから落ちないでしょって思ったけど、あのときは紅羽もパニクってたんだろうな。わたしも申し訳なさを込めて会釈しておいた。
「ところでフィルムの方なんだけど。んー、このまま放送できるかと思ったけどごめんねぇ。個人的な話がガッツリ入っちゃってるからさぁ、一般人さんの愛の告白とか」
カーっと顔が熱くなる。あれ、わたし何大きい声で叫んでたんだっけ!? 蒼依のほうを見ると蒼依も真っ赤っかだった。
その場を締めるように監督さんがパンっと手を合わせた。
「というわけで、ごめんみんな! 改めて後日新しい撮影入れてもいいかな? 今度はドッキリじゃなくて最初からちゃんとしたドラマでね」
え〜〜と落胆の声が大きい中、それでも参加者達の表情は皆どこか次の撮影を見据えた前向きなものに見えた。
「紅羽! 無事で良かった」
解散になった後、わたしはいの一番に紅羽に駆け寄ってハグをした。よかった、どこも怪我してない。
「ドッキリだったんだから当たり前でしょ? しかもさっき新しい仕事決まったし」
「とにかく紅羽の新しい仕事が決まったのなら良かったよ」
「さっきの撮影でさくらが力説してた恋愛観、結構刺さったかも」
「……ハズいんで忘れてもらってもいいです?」
「それをなかったことにしたら、私の今日の成長がなくなっちゃうから……」
「そっちのほうもダブルで忘れてください!」
お泊まりしたときにわたしが言った恥ずかしいセリフを引用した紅羽はくすくすと笑っていた。
「3回目で成功したからよかったけどさぁ、最初はどうなるかと思ったよ。まぁ、終わりよければすべてよしって言うしね?」
「……ごめんね紅羽」
「なにが?」
その紅羽の問いにわたしは何も答えなかった。ただ紅羽の背中に回した手でぎゅっと強く抱きしめた。
***
撮影が終わった数週間後。人生初の関係者席からわたしとしろちゃんは『片想いラプソディ』の単独ライブを見ていた。
わたしは両手に紅羽の担当カラーである赤のサイリウムを持っていたけど、しろちゃんは普段着姿だった。わたし達の両サイドには有栖家のSPがいる。
「想像していたよりやかましい場所ね。耳栓を持ってきて正解だったわ」
「あはは。しろちゃんは普段はこういうライブ来ないんだっけ?」
「アイドルのライブは初めてよ。クラシックのコンサートとかしか行ったことないもの」
こういうところにも庶民と上流階級との格差を感じてしまうんだけど。しろちゃんは腕を組んでお地蔵さんみたいに立っていた。
「今回の件、おばさまはなんて?」
「『よくやった』とだけ」
「相変わらずあの人らしいわね……」
しろちゃんはやれやれといった感じでため息をついていた。やがてその目はまっすぐにステージの方に映って真剣な視線に変わる。
「……これがさーちゃんが護りたかった景色なの?」
「うん! すごいでしょ、紅羽。あれがわたしの自慢の推しです!」
「そう。わたくしはアイドルに興味はないのだけれど……悪くないわね」
わたしが笑うと、しろちゃんも満足そうに微笑んだ。
「あの子、これからもっと伸びるわよ」
ステージ上の紅羽はスポットライトを浴びて輝いている。滴る汗は宝石のようにキラキラと反射して、全力で踊っているのに枯れることのない笑顔は観客の視線を惹きつけて離さない。
「どんどん有名になって、もっと大きな舞台に立つでしょう。いずれはさーちゃんなんか手の届かないぐらい人気で有名なアイドルになるのかもね」
「紅羽が有名になるのは嬉しいけど、手が届かなくなるのは寂しいかも……」
「だからあの子は感謝するべきね。今回いろいろさーちゃんに助けてもらったことに」
「あはは。……しろちゃんも、ありがとうね」
「なんのことかしら?」
「今回のサポートとか。あのときも喝入れてもらったし」
「ああ、アレね。親友が落ち込んでるならお尻を引っ叩いてあげるのが幼馴染の役目ってだけよ」
しろちゃんは生まれた家も、天から与えられた容姿や頭脳も何もかもが、周りの人から羨望の眼差しを向けられている。だけど本当にすごいのは、凛としたその芯の強さ。そればかりはお金では絶対に買えないものだから。
「……報酬、本当に良かったの?」
「うん、これでいいの。わたしにそんな資格なんてないからさ」
わたしは本来受け取るはずだった報酬を紅羽から受け取らないことにした。お母さんはタダ働きだって怒ってたけど、わたしが決めたことだからって押し通した。
「そう……」
しろちゃんはそれ以上は何も言ってこなかった。
わたしの両耳は客席の熱狂でいっぱいなのに、頭だけは冷静にあの日のことを思い出していた。
ごめんね紅羽。やっぱりわたしは、今回も最後に全部ダメにしてしまったみたい。
最後に最高のライブを見ることができて良かった。紅羽の輝きを瞼の裏にしっかりと焼き付けることができたから。もうわたしに未練なんてない。だから、わたしは落とし前をつけないといけない。
ステージの光がぼやけていくなか、わたしは紅羽の連絡先を全て消去した。




