そこ、どさくさに紛れてイチャつかない!
一般人のわたしと蒼依は空気を読まずに番組をめちゃくちゃに荒らしてしまった。これで間違いなくわたし達2人は浮いたし、番組も出禁になるだろう。
だけどこれで場は再びリセットされたはず。あとは紅羽が頑張ってくれれば。最後に出した答えが結局は『自分で頑張って!』なのは最悪だと思うけど、ポンコツなわたしにできることは精一杯したつもりだ。
「あの、私と遊歩道に行きませんか?」
大勢で一箇所に集まる形から個々の撮影に切り替わったあと、紅羽はもう一度自分自身で一歩を踏み出した。両親の離婚や元カレとの出来事で恋愛に恐怖心があった紅羽が、自分から積極的に初対面の相手と対話しようとするなんて。あくまで上部だけのフリとはいえ、この短期間で随分と進歩したものだと思う。
「こちらこそ、是非」
蒼依に拒否されたからやっぱり前の相手によりを戻そうなんて筋は通らないわけで。八方塞がりになっていたその男性も紅羽のアプローチを受け入れた。もともと紅羽が狙っていた事務所の俳優ということで、当初の目標に近づいたかもしれない。それを見届けてからわたしは静かにその場を去った。
建物の外に出ると、遠くの森を眺めていた蒼依がわたしの足音に気づいた。カメラは回っていない。
「百合嶋、あんたも抜けてきたの?」
「あんなキラキラした場所、わたしには疲れちゃうから」
久しぶりに蒼依と2人きりで過ごす時間。木陰に座って春の涼しい風を感じる。
「ねぇ、どうしてあんな悪役みたいな立ち回りしたの?」
「百合嶋が今回参加したのって、あの子が孤立して困ってたからなんでしょ。だからあたしが一肌脱がないとって有栖さんが」
そんなことだろうと思った。蒼依もしろちゃんも紅羽を助けてくれたんだ。
「やっぱ慣れないことすると疲れるもんだね。あたしは歌ってる方がずっと楽だわ」
「えー、森薗さんって普段から思ったこと結構ズバズバ言う気がするんだけどなぁ」
冗談半分でそう言ったら、蒼依の手が震えているのがわかった。経験したことのない撮影中のカメラの視線や初対面の参加者達の前でヒールに徹したことの反動なのだろうか。
「ありがとうね森薗さん」
蒼依をリラックスさせたくて彼女の手の甲に手のひらを重ねたら、蒼依の震えは収まった。それから彼女はじっとわたしの目を見て言った。
「ねぇ、手繋いでいい?」
「え、でも」
「見てないじゃん、誰も」
蒼依が耳元でそう囁く。たしかに今は他の誰も見ていない。
「いいでしょ? 頑張ったあたしへのご褒美だと思って、お願い」
切ない表情で懇願する蒼依。断ることなんてできないわたしは、そっと蒼依の白い指先に触れる。久しぶりに直に感じた蒼依の体温。平均よりちょっとだけひんやりとしている蒼依の身体。細くて長い指、短く整えられた爪先、指の間から伝わる肌のきめ細かな感触。それら全てが懐かしくて、わたしの心にも落ち着きをもたらしてくれた。
蒼依が微笑んだあと、指の絡め方を変えてきた。やらしい手の繋ぎ方。友達同士の握り方じゃない、お互いの指を交互に絡み合わせる恋人繋ぎ。付き合っていた頃は毎回のようにやっていた繋ぎ方。わたし達はもう付き合っていないのに。
ダメダメ、いつの間にかわたしのほうが緊張してきちゃった。手汗がついていないか心配になる。
「ちょっと、そこ! どさくさに紛れてイチャつかない!」
そんな幸福な時間を遮るかのように、突如現れたしろちゃんがわたしの腕を引っ張った。
「い、イチャついてなんか!」
蒼依が反射的にバッと手を離した。しろちゃんがジト目が怖くて、咄嗟に話題を逸らした。
「そういえば紅羽は今頃どうしてるのかな。うまくいってるといいな」
「「紅羽!? 名前呼び!?」」
「ちょっと、2人とも圧がすごいよ圧が!」
話題を変えようとしたら返って状況が悪化したのだった。なんでこの人達こんなに怒ってるの? と思ったそのとき、しろちゃんのスマホが鳴った。
「もしもし……なんですって!?」
しろちゃんが真剣な顔つきに変わり、3人の間に流れる空気も一変する。
「さーちゃん、朝比奈さんが!」
篁さんからの連絡によると、突如謎の集団によって撮影会場が襲撃されたとのことだった。




