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百合△から逃げられない!?  作者: りんきり
3話 新しい彼女がすぐできました……ってわたし尻軽女じゃないですけど!
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幻滅+幻滅=相殺

 一度弾んだ会話は、堰が決壊するかのように言葉が次々と溢れ出していった。

「朝比奈さんは……なんでぜんぶ本気で全力投球なんですか」

「えっ?」

「アイドルって色んなお仕事でただでさえ忙しいのに、そんなに根を詰めすぎてたら身体壊しちゃうんじゃないかって心配で」

 静かな廊下に空調の音だけが聞こえる。彼女の言葉を待っていると、やがて朝比奈さんはわたしの方を向いて言葉を紡ぎ出した。

「ねぇ。私がアイドルやってる理由、自己顕示欲とか承認欲求だって思う?」

「えっと……」

「じゃあ今度は私の番だね。さっきはさくらちゃんにいっぱい話してもらったから」

 後攻、朝比奈紅羽選手。朝比奈さんは胸に手を当てて深呼吸した。

「うちね、お父さんが離婚して出て行ったの」

 ……やっぱりあの話は本当だったのか。朝比奈さんの元カレが言っていた陰口を思い出した。

「櫻咲って元々お父さんの苗字だったんだ。『もうあの人の苗字なんて名乗りたくない』って言って、お母さんが裁判所で手続きして変えちゃったの」

 いきなり想定外の過去話を告白されて、正直戸惑っている。わたしはヘンな表情をしてないだろうかと鏡を見たくなった。

「私ね、お父さんに見つけてほしくてアイドルやってるんだ。有名になって、日本中の誰もが知ってるぐらいのアイドルになれば、お父さんも気づいてくれるかなって」

 だからトップアイドルを目指してるの。そう朝比奈さんは微笑んだ。

「お父さんは、今どちらに?」

「わかんない。お母さんには『絶対に詮索するな』って言われてるから、手がかりも何もないの」

 こうやってステージ以外の”櫻咲くれは”を見るまでは、もっと気軽な気持ちでアイドルやってるんだと思っていた。こんなに重い過去話があったなんてまるで想像もしてなかった。朝比奈さんはわたしが想像していたよりずっと真っ当な理由でアイドルをやっていたんだ。

「もしかして恋愛が嫌いなのって、お父さんの……」

「そうかもしれないわね。トラウマみたいになっちゃってるのかも」

「お父さんはすごく優しくしてくれたから、私は今でも好きなんだけどね。でもお父さんを憎んでるお母さんを見てると辛くて……」

 多分きっと、朝比奈さんがお父さんから愛情をもらって育ったのは事実なのだろう。朝比奈さんとはまだ出会って短い時間だけど、それは十分に感じられたから。

「だから、私はこんなところで足踏みするわけにはいかないの」

 誰にも話したくないであろうすごく柔らかい部分を詳らかにしたばかりなのに、それでも朝比奈さんは笑った。その姿はとても自分ごときでは真似できそうにない。

「ごめんね。私を大好きって言ってくれてるさくらちゃんにこんな姿見せて。幻滅したよね、重いしめんどくさいでしょ? さっき話したことは忘れ……」

「そんなことない!!」

 デリケートな話を終えたばかりのその姿は、ステージでキラキラ輝くアイドルと比べて弱々しかった。だけどそんな朝比奈さん見て、わたしの胸には熱いものが込み上げてきた。

「謝るのはわたしの方です。……さっきわたしに幻滅したかどうか聞きましたよね。今からわたしも、朝比奈さんに嫌われるようなことを言います」

 そう、お互いに幻滅し合えばおあいこになるのだから。わたしは深々と頭を下げた。

「朝比奈さん、ごめんなさい。わたし心のどこかでアイドルは楽な仕事なんだって思ってました。わたしは毎日地獄みたいな稽古をやらされているのに、あなた達は好きなことだけやってるって……」

 わたしが曝け出した感情はただの逆恨みにしかすぎなかった。きっとライブを楽しんでいるあいだにも、どこか無意識に嫉妬している気持ちもあったのだと思う。あの頃のわたしは、自分ばかりが辛い思いをしているんだってすごく傲慢で狭いものの見方をしていた。本当はそんなはずないのにね。

「わたしがやりたくてもできなかった女の子らしい格好で歌って踊ってるあなた達が妬ましかった。いつもニコニコ笑って楽しそうで、苦しいことなんか何一つないって顔してるあなた達が恨めしかった」

 苦しいことなんか何一つないって、そんなことあるわけないのにね。誰にだって苦しいことがあるのは当たり前なんだから。でもわたしは頭でそう分かったつもりでも、こうして裏方の仕事に携わるまでは理解できていなかったんだと思う。

「推しのことを無条件で崇めてるみたいなツラして、本心ではこんな黒い感情を少しでも抱えてたなんて。本当にごめんなさい」

「そんな……アイドルの裏側を知らなかったんだからしょうがないよ」

「賢い人ならわかってたはずなんです。でもわたしは、今になってようやくわかった程度で……だから朝比奈さんに幻滅なんかするわけないです」

 朝比奈さんと違って弱いわたしは、結局こんなありきたりな言葉ぐらいしか伝えられなかった。

「わたしのダサい話ばかりしちゃいましたけど、要はわたしの大好きなくれはちゃんがこんなに真摯にアイドルに向き合ってるって知れて、すごく嬉しいってことです。今日あなたのことがもっと好きになりました」

 ありきたりな言葉だけど、それでもこの一言だけは嘘偽りのない本音なのだから。少し呼吸を整えて、その一言を振り絞る。

「あなたを推しに決めてよかった。あなたを好きになってよかった」

「さくらちゃん……」

 拙い言葉だけどわたしなりの精一杯の尊敬の念を伝えると、朝比奈さんの瞳はゆらゆら潤んでいた。

「……いっぱい話し込んじゃったね。ちょっと疲れちゃったかも」

 朝比奈さんは力なく笑った。

「今日はもう帰ってゆっくり寝ましょう。きっと疲れてるんですよ、送りますから」

「ありがと……あっ」

「おっと」

 フラついた朝比奈さんを受け止め、肩を貸した。

「……本当はね、私だって不安なんだよ? すごく恐いの」

 朝比奈さんの華奢な腕がカタカタ震えているのがわたしの身体に伝わってきた。ああ、わたしはまた勘違いをしていたのか。朝比奈さんだってしろちゃんや蒼依達と同じ普通の女の子なのに。

「夢に見るときがあるの。このままお父さんにずっと会えないのかなって思うとね、うなされて朝目が覚めると泣けてきて……」

 朝比奈さんは瞳を潤ませ、両の目から涙を流した。朝比奈さんの涙がわたしの胸に伝ってきて、ぽたぽたと落ちてくる。

「お願い、さくらちゃん。ひとりにしないで、今夜は帰りたくない……」

 人は泣いたときや寝顔にこそ本性が出るのではないかとわたしは思う。その瞳から振り絞られた涙はどこまでも澄んでいて、キラキラと乱反射してすごく綺麗だった。

「……わたしの家に行きませんか。あんな狭い部屋で良ければですけど」

 朝比奈さんはこくりとうなづいた。2人で一緒に夜道を帰って、誰もいないわたしの家に戻った。

 ……なんかやらしい展開の導入みたいになってる気がしてきたけど、そんなことは一切起こらないからね?


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