クレイジー系幼馴染お嬢様の襲来
誰よりも大好きで大切だった蒼依と別れた。そんな悪夢で目覚めたと思ったら、夢ではなく現実だったことに絶望した。
部屋のカーテンの隙間から光が差し込み、窓の外からスズメの鳴き声が聞こえる。いつもの光景だけど、なんだか妙に布団が生暖かい。目の前にわずかな柔らかい膨らみが。あれ?
「おはよ、さーちゃん」
小鳥の囀りみたいな美声のあと、ぷにゅと頬に細い指の感触を覚える。さらさらで艶やかな黒髪と、子どもの頃から見慣れた女の子の顔が見えた。彼女のチャームポイント、後頭部の大きな白いリボンもはっきりと見える。彼女もわたしと一緒に添い寝しているみたいだ。
「おはよ、しろちゃん」
目覚めた瞬間に超絶美少女が間近にいるのは決して悪い気分ではなかった。目を擦ったまま、ぼんやりとした頭で気のない返事をする。
「今何時?」
「7時過ぎ。だいぶぐっすり寝てたわね、まるで小動物みたいなかわいい寝息をかいていたわよ」
「寝息? 聞かれてたの恥ずかしいな」
「大丈夫、しっかり録音してあるから」
「消して、今すぐ」
しろちゃんは嬉しそうにスマホの画面を見せつけてきた。それを見てハッとする。
ちょっと待って、なんで幼馴染のしろちゃんがわたしの部屋にいるの? 徐々に頭が覚醒してきたからか、だんだんと冷静になっていく。
「……あの、なに勝手に人の家に上がり込んでるんですかね?」
「おばさまから合鍵を貰ったの」
「いや、そういう話じゃなくて。っていうかお母さん、なに一人暮らしの娘の合鍵を勝手に渡してるの?」
「この合鍵高かったんだから。ここ最近買った物の中でも一番ね」
しろちゃんは愛おしそうに合鍵を撫でた。素朴だった鍵には、いつのまにか桜のキーホルダーがついている。
「いくらしたの?」
「新品の高級外車が一台買えるぐらい?」
「わたしの部屋の鍵代ってそんなにするの!?」
どうなってるんだ、わたしの合鍵の市場価格! この超お嬢様は何でもお金で解決しようとするのだろうか。
「今度からドアガードしておくからね」
あの鍵穴の上についてるチェーンみたいなやつ。あれをつけておけば鍵開けられても大丈夫でしょ。
「とにかく、わたくしはおばさまから合法的に買い取ったのだから。たとえ家主のさーちゃんにだってとやかく言われる筋合いはないわ」
「あるよね? 絶対わたしにはとやかく言う権利あるよね!?」
いくら幼馴染だからって、一人暮らししてる娘の部屋の合鍵を売り飛ばすなんて、あの母親は本当にどうかしてる。大金が手に入ればなんでも良いのだろうか。
「で、ご飯にする? 朝風呂にする? それともワ・タ・ク・シ?」
「3つ目以外でお願いします」
「とりあえず朝ごはんにしましょうか。もう用意してあるから」
「ありがと、いつも助かる。まるで通い妻みたいな手際の良さだね」
「まぁ、さーちゃんったら妻だなんて♡」
しろちゃんはくねくねと恥ずかしそうに身体を揺らす。
「はいはい。そういうノリはもうお腹いっぱいだから」
布団をどけるとしろちゃんの生脚があらわになり、よく見ると裸ワイシャツだった。思わず身体が硬直してしまう。
「なんで服着てないの!?」
「さっきまでシャワーをいただいてたから。それにちゃんと着てるじゃない、生身にワイシャツを」
まぁ、しろちゃんが裸ワイシャツなのはいつものことか。いくら同性で幼馴染だからって、もう少し貞操に気を遣ってほしい気もするけど。
「それ誰のワイシャツなの?」
「もちろん、さーちゃんのよ」
しろちゃんは恥ずかしそうに微笑んだ。なに勝手に人のワイシャツ着てるんだよ、この幼馴染。
「今日学校に着てくから脱いでもらっていい?」
「じゃあさーちゃんが脱がせて?」
しろちゃんは胸を突き出して、無防備な姿勢をとる。自分で脱いで欲しいんですけど?
わざと下半分だけボタンをして、上半分のボタンを外してあられもない格好をする幼馴染。美しい形の無防備なその胸の谷間が、真っ白なシャツの間から見えている。いったいわたしは朝からなにを見せられているんだ?
そーっと下半分のボタンを外そうとしたそのとき。
「冗談よ、これはわたくしのだから」
しろちゃんはくすくすと小悪魔っぽく笑う。あの、朝は時間がないんだから遊んでる暇なくないですかね?
わたしが身支度を整えている間、しろちゃんもきちんと制服に着替えていた。エプロンをつけてお味噌汁を温めてくれている。さすがに裸エプロンみたいなことはしないんですね。
「もしかして裸エプロンとか期待してた?」
「してないけど!?」
「心配しなくてもご期待通り今度やってあげるわよ、ふふっ」
人の心を読めるのか、この幼馴染は。
わたしが制服に着替え終えた頃、折りたたみ式のテーブル上に2人分の食事が並んでいた。ご飯とお味噌汁と鮭の塩焼きに緑茶。お味噌汁の具はお豆腐とネギで、焼き魚にはご丁寧に大根おろしまでつけてくれてある。
しろちゃんがエプロンをしゅるりと解いて床に座ったあと、2人で一緒に手を合わせる。
「「いただきます」」
しろちゃんの料理を一口食べる。相変わらずプロが作ったみたいに美味しい。
さて、落ち着いたので気を取り直して。わたしの目の前でお行儀よく正座している超美人さんは、有栖茉白。小さい頃からの幼馴染で親友。有名な有栖財閥の娘で、超大金持ちのお嬢様。有栖家は元は華族だったらしいけど、その辺りはわたしもいまだにちゃんと理解してない。
しろちゃんは優雅にお茶を口に運んだ。まるで茶道の教科書にそのままお手本として出てきそうなぐらい。
「もうさーちゃんったら、朝からそんなに熱い視線を送ってくれるなんて」
しろちゃんが頬を赤らめて身体をくねくねしだした。
「もうさーちゃんったら、朝からそんなに熱い視線を送ってくれるなんて。もうすぐ学校に行くんだから、今はまだ抑えて……ね? さーちゃんがやりたいことはぜんぶ夜にしましょう?」
「言い方がやらしいんだけど? いや、相変わらずしろちゃんって身のこなしが綺麗だなぁって」
「日本舞踊のお稽古で鍛えられてますから」
しろちゃんの黒タイツに包まれた両脚はまっすぐで綺麗だった。アヒル座りばかりしてるわたしとは大違い。
「ホントしろちゃんってハイスペックだよね。勉強もできるし、顔も女優やアイドルみたいに良いし、料理もプロ並に上手だし」
「朝からそうやって褒められると照れるのだけれど」
しろちゃんはうっとりとした表情で頬に手を添えている。
「勝手に手に入れた合鍵で許可なく人の家に上がり込んだりしなきゃ完璧なのにね」
あと急にいやらしいことを口にしたり。わたしの幼馴染はクレイジーな奇行が玉に瑕すぎる。
「はぁ、わたしも将来しろちゃんみたいなお嫁さんが欲しいなぁ。こんなハイスペ美少女と結婚できる相手が羨ましいよホント」
思ったことをそのまま口にすると、しろちゃんはごふっとむせ返った。
「本当にこの朴念仁は……」
「なんか言った?」
「いえ、別に」
しろちゃんが何か呟いたみたいだけど、よく聞き取れなかった。しろちゃんと話してるとたまにこういうことがあるんだよね。
「そういえばさーちゃん。今朝は熟睡してたみたいだけれど、昨日はなにしてたの?」
「そのことなんだけどさ。しろちゃんに報告したいことがあって」
「なにかしら?」
わたしはお箸を置いて姿勢を正す。
「昨日別れたから。蒼依と」
ぶっ! としろちゃんはお茶を吹き出した。
「あの、しろちゃん。大丈夫?」
さっきまでの優雅な佇まいは何処に。
「別れたって、え? えっ?」
「親友のしろちゃんには言わなきゃと思って」
蒼依と付き合い始めたときだってしろちゃんにだけはちゃんと報告したのだから、別れた今度も同じことをしただけ。
「本当に別れたの?」
「うん、昨日別れた。全部、終わったの」
「……そう」
賑やかだった部屋が、しんと静まる。さっきまであんなに饒舌だったしろちゃんも、それ以上なにも詮索してこなかった。
「ごめんね、朝からこんな話して心配かけて」
昨日の出来事を思い出して泣きそうになるのを、わたしは必死で堪えた。
「でも大丈夫、本当に気にしてないから。未練とかもないし。付き合う前の友達関係に戻るだけだしね」
わたしは作り笑いをしてわざとらしくその場で伸びをした。
「今日からまた新しい生活が始まるんだからさ。頑張らないと!」
しろちゃんはしばらく黙り込んだ後、言葉を選ぶみたいにして口を開いた。
「なにかあればいつでも言って。話ぐらい聞くから」
「うん。いつもありがとう、しろちゃん」
ほんと、わたしにはもったいないぐらいよくできた幼馴染だなと改めて思った。諸々のクレイジーな奇行に目を瞑ればだけどね。




