わたしの推しなら撮影なんて余裕でしょ! ってあれ……?
そしていよいよ恋愛リアリティショーの撮影当日。撮影場所に選ばれたのは、都心から少し離れた自然豊かなリゾート地。洋風のペンションみたいな建物もいくつかあって、いかにも写真映えしそうな女子力高めのオシャレな空間。
今回のリアリティショーは3回に分けて撮影を行うらしい。1週間ごとに時間をおいて撮るなんて珍しい形式なんじゃないかなと思う。
「綺麗なところですね。プライベートで来てみたいなぁ」
「百合嶋さん呑気だなぁ。今日は仕事できてるんだからね?」
「す、すみません……」
旅行気分のわたしに朝比奈さんが隣から釘を刺した。朝比奈さんの言うとおり、今回はわたしの私情は後回し! そう思っていると、わたし達と同年代ぐらいの好青年イケメンが朝比奈さんのところにやってきた。
「おはよう紅羽。今日の撮影頑張ろうね」
「うん、お互いね」
その男の人はわたしにも手を差し出した。
「紅羽のマネージャーさんかな、今日はよろしくお願いします」
「あ、ハイ。こちらこそ」
軽く握手をするとイケメンはニコッと笑った。朝比奈さんに手を振ると彼女も静かに手を振り返した。彼の姿が十分に遠くなったところで朝比奈さんに聞いてみた。
「誰ですか、あれ」
「一応、彼氏」
「!?!?」
あれがわたしの推しの男か! 将来は映画やドラマ、舞台なんかで頻繁にその顔を拝みそうな感じ。
「あの人も参加するんですか? いいんですか、カップル同士が出ちゃっても」
「さっきも言ったでしょう。今回の仕事の目的は私の将来にとってプラスになることだから。向こうにだって私とは別の目的があるはずでしょう?」
なるほど。芸能人じゃないからこの辺りの駆け引きは全然わからなかったけど、彼氏さんは彼氏さんで自分にとってプラスになるようにこの現場に参加してるってことか。わたしは勝手にそう納得していると、集合の時間が間近に迫ってきた。
「いよいよですね朝比奈さん、頑張ってください」
「ええ、もちろん。この仕事がうまくいけば知名度も上がるしメンバーの仕事だって増えるんだから」
正直ドルオタのわたしとしてはアイドルが恋愛番組に出るのはどうなの? とはいまだに思うけど。推しが頑張るんだからそこは応援したいって気持ちが優ってるのも事実。
それにわたしは事情を知ってしまってるから、朝比奈さんが番組内でで繰り広げるであろう恋愛が本物じゃないってわかってるし。とにかくわたしは精一杯自分の仕事をするだけだ。何ができるかわからないけど!
撮影が始まる前、プロデューサーから今回のコンセプトについて説明があった。どうやら『自然豊かな開放感ある場所で、少年少女のリアリティと躍動感あるフィルムを撮りたい』らしい。なんかセリフがプロデューサーっていうより映画監督っぽい気がしたけど、それはそれとして。
「リアリティに拘りたいんだよね。だからちょっと喧嘩したぐらいじゃカメラは止めません」
プロデューサーは20代後半ぐらいの女性で、アクが強くていかにもクリエイター気質感のあるユニークな人だった。
一通り説明が終わったあと、ついに撮影がスタートした。
撮影が始まる直前、朝比奈さんがいつもよりぎこちないように見えた気がするけど、もしかして緊張してるのかな。
ううん、大丈夫。わたしの憧れ、櫻咲くれはちゃんなら余裕でしょ! むしろ変な男が寄ってくることの方が心配で。そもそもわたしなんて本当に来る必要あったのかなとすら思うし。
だけどいざ蓋を開けてみると、わたしが考えていたほどこの撮影は簡単なものではなかった。
「はじめまして、私くれはって言います」
「すっごい可愛いじゃん。なにやってるの?」
「アイドルやってます」
アイドルという一言を聞いた瞬間、なんだかその場の空気が一変した気がした。
「すごいなぁ、アイドルって。ライブとかテレビとか、俳優もやるわけでしょ?」
「わかる〜、めちゃくちゃ充実してそうだよね!」
「あはは。オフではちゃんと休めるんですけどね」
まず思ったのは、いつもより控えめな朝比奈さんの言動以上に、それを取り巻く周りの人達への違和感だった。制作スタッフと同じく遠くから参加者全員を俯瞰しているとそれがよくわかる。
皆穏やかに笑って喋っているけど、なんだか目が笑ってない。特に朝比奈さんと喋るときは心なしか警戒している印象を受ける。
朝比奈さんは徐々に浮いているというか孤立していった。朝比奈さんを全員で仲間はずれにしようとかそういう陰険さは感じなかったけど、確かに全員がなんとなくその状況を察していて『触らぬ神に祟りなし』といった感じだった。
なにより目についたのは朝比奈さんの彼氏だった。彼女が上手く番組に溶け込めていないのに、ろくにフォローしないどころか気にかける気配すらない。いくらプロ同士だからって冷たくないだろうか。わたしが朝比奈さんの恋人ならそんな風には扱わないのに。
その後も表面上は特に問題なく番組は進んでいき、何人かのカップルは恋愛的な意味で進展があった。
だけど朝比奈さんは、男性陣からもアプローチされることはなく、同性で親しい友達を作れたわけでもなく、ほとんど消えてしまっていた。
こうして1回目の撮影はわたしの予想とは真逆の結果となって終了した。
「朝比奈さん、お疲れ様でした」
「狙ってる人いたんだけど、全然声かけるタイミングなかったわ。ダメダメね」
朝比奈さん曰く、どうやら俳優をやってる男の子にアプローチをかける戦略だったみたい。所属事務所に知名度があるからコネを作りたかったんだとか。
結果的に、撮影終了時点で男性陣の恋の矢印は誰一人として朝比奈さんに向いてはいなかった。このままでは番組内で爪痕を残すのは難しいかもしれない。
朝比奈さんが見ている方向を見ると、例の彼氏さんが他の参加者と談笑してるのが見えた。
「あれ、話さないんですか? わたしはここで待ってますから、お構いなく」
「実はね、最近ほとんど喋ってないの。顔を合わせたら挨拶するぐらい」
「意外に冷めてるんですね。デートとかも行かないんですか?」
「デートも1回行っただけだし、そもそも手すらまともに繋いだこともないの」
あまりに驚いたのでわたしは一瞬固まってしまった。
「嘘でしょ。恋人なのに手もまだ繋いでないとか。ははは、ご冗談を」
「…………」
「え、マジですか? わたしみたいな根暗女ですら恋人と手を繋いだことあるのに」
「あーもう、うるさいなぁ! 悪かったわね、手さえろくに繋いだことなくって!」
わたしの推しが顔を赤面させて叫んだ。
「ご、ごめんなさい! 意外すぎてびっくりしただけでバカにするつもりは一切ないです! 人にはそれぞれペースというものがありますし」
だから撮影本番でもあんなよそよそしい態度だったのか。わたしの言い訳を聞いた朝比奈さんはシュンとした感じでぽつぽつと喋り出した。
「向こうから告白してきただけだし、正直わたしは好きでもなんでもなかったしね。客観的に見ればすごく人気もあるしかっこいいんだろうけど」
「朝比奈さんはそれで楽しいんですか? っていうか本当に付き合ってるんですか?」
「わかんない。もう付き合ってるのかどうかすらもね」
朝比奈さんは力無く笑った。陰のあるその表情が今回の撮影のハイライトとしてわたしの中で強く印象に残ってしまった。
「まだ1回目の撮影ですし、きっとここから巻き返せますよ。次頑張りましょう、わたしも相談に乗りますから」
「うん、ありがとう」
正直わたしなんかにアドバイスできることなんて何もないけど、ひとまず後ろ向きな気持ちで終わらないように前向きな言葉を伝えるしかなかった。
「でも大丈夫よ、そんなに気にしてないから」
朝比奈さんはニコリと微笑んで、それから小さな声何かを呟いた。
「恋愛なんて所詮こんなものなんだから……」




