え、アイドルなのに恋愛リアリティショーに出るんですか?
「その前に一旦降りてくれる? あとの話は事務所でしましょう」
朝比奈さんがそう言った後、車は高いビルの前で停車した。どうやら事務所に着いたようだ。
エレベーターで上がって入り口のポスターを見ると、アイドル以外にも俳優や声優などが所属してる事務所みたい。
しばらく待っていると、スーツを着た20代ぐらいの美人さんがわたし達の前に現れた。
「この人、私のマネージャーさんなの。さっきの車運転してくれてたんだよ」
「あ、そうなんですか。初めまして」
「あなたが百合嶋さん? 紅羽から話は聞いてるわ、こちらこそよろしく」
雰囲気は陽気でおしゃべりな感じだけど、キャリアウーマンっぽさはどことなく篁さんと似ている気もする。
マネージャーさんと握手を交わした後、初めて入る芸能事務所の至る所に新鮮さを感じながら朝比奈さん達の後についていった。
「それじゃあ、どうぞ座って」
マネージャーさんに言われてソファに腰掛ける。
「早速なんだけど、百合嶋さんは恋愛リアリティショーについてはご存知?」
「ハイ、一応は」
恋愛リアリティショー。またの名を恋愛リアリティ番組ともいう、バラエティの1種。番組内で参加者達が共に過ごす中で仲を深め、恋愛に発展していく様子を追ったドキュメンタリー。
「百合嶋さんはこういうの興味ない?」
「興味ないっていうか、わたしには無縁すぎるというか。見るのは嫌いじゃないですけど」
蒼依やマコちゃん、陽ちゃんみたいなキラキラ1軍女子ならともかく。わたしみたいな根暗で武術以外さして取り柄もない地味女なんかにとっては、雲の上のような世界。気が向いたらごくたまに見たりする程度だ。
「今回私にオファーがあってね。正直出るのか悩んだけど、チャンスがあるなら出てみようかなって」
「紅羽が目立てばそれだけグループの知名度も上がるし、仕事も増えると思ったんだよね」
マネージャーさんがすかさず説明を加えてくれた。でも、ふと違和感を覚えた。
「朝比奈さん、恋愛するんですか? アイドルなのに?」
「恋愛って言っても実際にやるわけじゃないでしょ。裏ではカップルになる例もあるみたいだけど」
朝比奈さんは艶やかな髪をサラリと撫でた。
「だから演技の練習相手がほしいってことですか。えっと、そもそもわたし以外の男の子とかでも良くないですか? 朝比奈さんだったら学校とかに引き受けてくれる相手なんていくらでも……」
「イヤよ、全然知らない男の子となんて。そもそも私彼氏いるし」
「なら彼氏に頼んだほうが……って、はい??」
「なに、そんなにおかしいこと? 芸能人なら恋人ぐらい普通でしょう?」
わたしは膝から崩れ落ちてしまった。
「バカな……わたしの最愛の推しが処女じゃなかったなんて。生まれてきて以来最大級のショックです。もう手とか繋いだりしてるのかな……」
「私処女なんですけど?」
「え、アンタ彼氏いたの!?」
アンタも知らなかったのか〜〜い! マネージャーさんもわたしと同じぐらい驚いていた。
「マネージャーさんは知ってるでしょ」
「百合嶋さんのリアクションが新鮮でね、乗ってみたくなっちゃった」
マネージャーさんはペロリと舌を出した。
それにしても朝比奈さんの彼氏ってどんな人なんだろう。この最高級の顔面である我が推しの隣に立つぐらいなのだ、相当スペックは高いのだろうなと興味が湧いた。
「彼氏いるのにわたしに頼むなんて浮気にならないんですか?」
「同性同士だし。そもそも付き合うわけじゃないしね」
なるほど、ふつうの人ならそう思うのかもねって納得したんだけど。
「やっぱりムリですよ、わたしにマネージャーなんて! わたしにできることなら役に立ちたいですけど、最近恋人と別れたばかりだし、わたしそこまで尻軽じゃありませんし」
いくら演技とはいえ、どうしても蒼依の顔がチラついてしまう。
「だからあくまで演技だって言ってるでしょ?」
演技なのはわかったけど、なんだか事務所の将来のために朝比奈さんを生贄にしてるみたいにも思えてポジティブに受け入れられなかった。
「不安そうな顔をしてるけど大丈夫だよ。紅羽を人身御供にしようなんてもちろん思ってない。今やリアリティショーもこれだけ流行ってるんだ、視聴者だって全部が全部本当だなんて思ってないだろうよ」
「そんなもんですかねぇ」
「それにうちのファンはあなたみたいに民度も善良だしね」
たしかに『片想いラプソディ』の現場は他のグループと比べて平和なのは肌感覚でわかってるし。
「それにね、百合嶋さんなら信用できるかなって」
「えっ?」
「すごく強いし私のこと好きだし、私が推しだし、同学年の女の子だし。あの日初めて出会ったとき『運命かも』って思っちゃった!」
そうやって褒められると余計に断りづらい。それに朝比奈さんはわたしに対して偶然じゃなくて必然性を感じてるみたいだし。
「具体的にわたしは何をすればいいんですか?」
「リアリティショーが終わるまでの間、私の演技の練習相手兼専属マネージャーをやってほしいの!」
アイドルのマネージャーって普通ライブとかイベントのお手伝いをする仕事の印象だったけど。
「マネージャーなんて、そんなのやったことないですけど」
「大丈夫、事務所のマネージャーさんが助けてくれるって言ってたし。それと私に何かあったときに護ってほしいの!」
「何かって……護るって言っても、わたしプロのSPじゃないですし」
「この前みたいに護ってくれればいいの。それとも私とずっと一緒にいるの……イヤ?」
潤んだ瞳と上目遣いで聞いてくる朝比奈さん。そんな表情は反則でしょ!
「嫌なわけありません! 24時間365日、1秒たりとも離れずに一緒にいたいぐらいです!!」
「だよね〜♡」
わたしがそう答えるって絶対わかってるこの余裕、あざとい。
「……わかりましたよ。やります、やらせていただきます! 推しを護れるなんてこの上なき名誉、タダ働きでもやらせてもらいます!」
「ほんと!? ありがとう百合嶋さん、これからもよろしくね!」
「は、はい……。こちらこそ」
朝比奈さんはわたしの手を取って、目をキラキラ輝かせて喜んだ。こうしてわたしは依頼を引き受けることになった。といってもお母さんの言うようにわたしに拒否権はないんだけどね。
「早速なんだけど、演技の練習相手になるわけだし……さくらちゃんって呼んでもいい?」
朝比奈さんは勢いよくわたしにハグしてきた。
「好きに呼んでください」
顔が近い、顔が。恥ずかしくなって視線を逸らしてしまう。
「私のことも紅羽でいいよ?」
「しばらくはまだ朝比奈さんでお願いします」
推しを下の名前で呼び捨てることに、他のファンへの後ろめたさと神聖な推しに対する冒涜のようなものも感じると同時に、えもいわれぬ優越感が込み上げてくる気がしなくもない。
バイト先にはしばらく休むって連絡いれないとな。テスト期間でも楽に休めるユルいバイトでよかったけど。とりあえずわからないところは朝比奈さんに直接聞いて教えてもらう感じでやっていくしかない。毎日推しと過ごせるのは嬉しいなぁと思っていたけど、ふと我に返る。
「よく考えたら、未経験の高校生にマネージャー業務も丸投げするなんてヤバい事務所なんじゃ?」
「ヤバい。絶対ブラックだと思う」
「ですよねぇ……」
「こらこら少女たち、聞こえてるぞ〜」
マネージャーさんがやや怒り気味の表情で笑っていた。
ダメだ、早速引き受けたのが間違いだったのでは。そう思っていると、ふっと一瞬でわたしの耳元に唇を近づける。耳弱いからやめてほしいんですけど!?
「ちょ、なにやってるんですか」
「あくまでビジネスなんだから、私にガチ恋しちゃダメだよ?」
「しませんよ。そんなことしたら母に殺されるので」
「改めてよろしくね、さくらちゃん♪」
「お手柔らかにお願いします」
かくして、お姫様との恋人生活が幕を開けたのだった。




