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令嬢将軍はやり直したい【連載版】  作者: Altemith/あるてみす
第1章

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第9話 我が将軍よ――

 深夜のブランデンブルクの町を、黒塗りの車は走り抜ける。

運転手は特に何も言うことはなく、黙々と車を運転していた。

そして車は滑るように王宮の門を潜り抜け、車寄せの前に停車した。


 ややこしいはなしではあるが、『帝国』であるが『王宮』である。

これはゲルマニア帝国が複数の王国の連合体で成り立っていることに起因する。

帝国としての姿が完成したのも最近のことなので、こうして王宮をそのまま利用しているのだ。


「到着いたしました。お降りくださいませ」


「どうも丁寧にありがとうございますわ」


 運転手はドアを開け、私は車から降りる。

その後案内は侍従武官へと引き継がれ、私は王宮内に入った。

そこで私は隠し階段に案内され、そこから秘密のサロンへと通された。


「こちらでお待ちになっています」


 そう言い、侍従武官は恭しく重たい木の扉を開けた。

そこで待っているのは、暖炉の前に立つヴィルヘルムと、肘掛け椅子に座るサヴォイア公。

ヴィルヘルムは私に、私はヴィルヘルムに歩み寄ってお互いに敬礼する。


 肘掛け椅子に座るサヴォイア公はちらりとこちらを見て、やれやれと笑った。

そして立ち上がり、私たちに近づいてくる。

これから密会が始まるという、その始まりの合図であった。


「久しぶりだな、アリス君。とはいっても数日ぶりだが」


「そうですわね、オイゲン様。この度は面倒ごとに巻き込んでしまい、申し訳ございませんわね」


「私は構わないが……アンゼルムはどう思うだろうな? それに君の身の安全も……」


 サヴォイア公はそう言い、小さくため息をつく。

ヴィルヘルムは左手をポケットに入れたまま、不敵に微笑んだ。


「アリス嬢にどうかすることはありませんよ。それこそ国の財政が吹き飛びますから」


「それは良かったです。何かあったらゲルマニア分家のロートシルド家に私が激詰めされるのでね」


 サヴォイア公の言い方からすると、既にロートシルド家にはこの情報は伝わっているようだ。

私は情報を全く流していないが情報が回っている、ということは誰かが内部にいるのだろう。

ロートシルド家は情報網で有名だが、まさか士官学校までとは……。


「アリス嬢、君に何があったのかは知らない。それを見逃す代わりに教えてくれないか?」


「……そちらの優秀な諜報員がつかんでいるであろうことと変わりませんわ。ガリア王国の財政が破綻しかけているというだけです。意味が分かりますわね?」


「ロートシルドの財で買い支えないつもりである、と。だからといって第一王子の婚約者であった君は、ゲルマニアに来れるような立場ではないだろう?」


「……王妃の立場は妹に譲りました。そういう工作をしただけですわ」


 ロートシルド家、それはこの世で最も金を持っている一族。

それが工作を仕掛けるということは、国家の財政的な終焉を意味する。

その時のヴィルヘルムの顔は何とも形容しがたい、引きつった表情をしていた。


「ロートシルドに見捨てられたガリアに未来はない、か。ならば軍を東部に動かすように進言してみよう。……そういえばなぜアリス嬢、君は軍に入ったのだね? 亡命してくるだけなら大人しくサヴォイア公の家でかくまわれていればいいだろう?」


「……軍人は私の天職ですわ。それにいざ祖国が混乱に陥った場合、外部から抑えるためにも必要なのですわ」


「ゲルマニアの軍をガリアの内紛を抑えるために使うと?」


「長年の仇であるガリアが弱っている今、ゲルマニアが叩こうとするのは必然。それをうまくコントロールするだけですわ。それにこれもありますし……」


 私は手に持っていた小さな革のかばんを開け、中に入っている書類を一枚取り出す。

それは、父が持っている銀行の資金を無制限で動かすことができるという証書。

亡命する私に渡された道具の一つで、かつ紙一枚にも関わらず最も強力なものだ。


 サヴォイア公はやりすぎだとばかりに首を振り、椅子に座りなおした。

ヴィルヘルムは唖然とした顔で紙を見つめ、信じがたいとばかりに何度も凝視する。

しかし紙に書いてあることが変わることはないので、もはや彼も笑うしかなかった。


「……やはり君に手を出すことはできない。軍の人間にも圧力をかけておくよ、何もするなとね」


「ならば私は、その見返りとしていくらかゲルマニアに投資いたしましょう。叔父様たちも説得いたしますわ」


「ははっ、アリス嬢、君が来たのが幸か不幸か分からなくなってしまうな。……では処遇に関する話はこれで終わりとしよう。ここからは少し軍事的な話だ。この地図を見てほしい」


 ヴィルヘルムはそう言いながら、サロンの棚から一枚の地図を取り出す。

サヴォイア公もかつては軍人であったので、私の戦術には興味があるようだ。

ヴィルヘルムが地図を広げている間、彼は駒をいそいそと準備していた。


 ヴィルヘルムが広げたのは、一枚の白地図。

山や川が詳細に描かれた地図だが、私はその地図を見た瞬間に目を疑った。

この地図はこの世界の地図ではない、見慣れたドイツの地図であった。


 私はただ、ヴィルヘルムが地図上に駒を置くのを見つめていた。

見慣れたことのある地形、見たことのある敵味方の配置……。

忘れもしない、私が戦った東部戦線の地図だ。


「……サヴォイア公、申し訳ありませんが少し席を外していただけませんか?」


「どうした、私が見てはいけないのか?」


「申し訳ございません。少しヴィルヘルム様と二人でお話ししたいので」


 サヴォイア公は少し寂しそうな顔をしながら、部屋から出ていった。

そして二人きりの空間が出来上がり、私とヴィルヘルムはお互いの瞳を見つめあう。

だがそこに恋愛のような甘さはなく、ただ冷えきった空気が場を支配した。


「アリス嬢、この地形を知っているようだね」


「……ええ、親よりもよく見た地形です。ヴィルヘルム様、貴方は一体何者ですか?」


「……分からんかね、我が将軍よ」


 その言葉を聞き、私は目を見開く。

私の前にいるのは、今日初めて出会った人間のはずだ。

だが私の脳は、記憶にある別の人物と彼を結び付けた。

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