第8話 身バレと王子様
西軍の部屋では、急に逆転した戦況を見て興奮していた。
彼らも個々が率いる部隊を勇ましく前進させ、残存兵力を掃討するように動かす。
ベッカー少佐から課された防衛と撃退に、私たちは成功したのだ。
勝利が確定した後も、私はレイキで駒を動かして冷静に相手を追い詰める。
少しの敵も逃がさないために掃討を行った結果、東軍の戦力は1割も残っていなかった。
その頃には、他の男子生徒からの私に対する目も変わっていた。
「すごいじゃないか! 見直したよ!」
「さっきは疑ってすまなかった。君は立派な我々の同期だ!」
「あら、ありがとうございます。攻めるに難く、守に易し、ですわ」
西軍の部屋はお祭り騒ぎであり、その勝利を祝いあっていた。
ただ同時に、自分たちが学んでいる軍教典が絶対ではない、ということも理解していた。
この演習ひとつが、士官学校1年生の認識を変えた瞬間であった。
その変化は、後々になっていい影響をもたらすことになる。
常識にとらわれず、臨機応変に行動を変えるという柔軟さが芽生えるきっかけとなったからだ。
――ただ、その効果が目に見えて分かるようになるのは、もう数年ほど先の話である。
「……ヒンデンブルク君、ヒンデンブルク君はいるかね?」
お祭り騒ぎの部屋に響き渡る、力強く高貴な声。
皆が振り返ると、そこには自信にあふれた姿の士官候補生が立っていた。
見たことがある――ゲルマニア皇帝の孫、名前はヴィルヘルムだ。
「君に少し話が――いや、ここではよそう。少し付いてきてくれたまえ」
ヴィルヘルムは少し声を暗くして、私に付いてくるように指示する。
その変化に驚いたが、もしかすると彼は私の正体に気が付いているかもしれない。
出会ったことはないが、私が彼を認識していたように彼が何らかの方法で私を知っている可能性はある。
暫く歩き、私は校舎の裏へと連れていかれた。
そこでヴィルヘルムは私を少し鋭い目で見つめてくる。
そしてニヤリと笑い、口を開いた。
「初めまして、アリス・フォン・ヒンデンブルク、改めアリス・ド・ロートシルド嬢。ガリアの王妃候補がなぜこんな場所にいるかね?」
「……初めまして、ヴィルヘルム様。しかし私はフォン・ヒンデンブルクです。人違いでは?」
予想は的中、ヴィルヘルムは私のことを知っていた。
だが彼は特段騒ぎ立てることも、憲兵を呼ぶこともない。
ただ、私のことを見つめるだけであった。
「……もしも私が他人だというのであれば、憲兵を呼ばれては?」
「ロートシルドの令嬢を拘束でもしようものならゲルマニアの国庫は崩壊する。それは君がよくわかっているのではないかな?」
確かにヴィルヘルムの言う通り、ロートシルドの各分家は莫大な国債を持っている。
一国の国庫を握っているという彼の言葉も、あながち間違った話ではない。
彼は困ったように首をすくめながら、こう続けた。
「王妃候補であった人が、スパイとして軍に入り込むとは考えられない。情報が欲しければ金を握らせて抜けばいいだろう。だが本人がいるということは何かあった、違うかい?」
「あら、ここからまだ挽回することはできるかしら?」
「無理だ。夕方王宮に向かう車を手配させる。サヴォイア公とともに説明してもらおうか」
「……了解しましたわ。仰せのままに」
そのまま、ヴィルヘルムは何も言わずに去っていった。
私は王宮に出頭することを命じられ、逃げ場を失うことになる。
仕方がなく、私も部屋に戻って出向の準備を整えることにした。
◇
私は寮に戻り、部屋に入ろうとする。
だがその時、奥から何やら叫び声のようなものが聞こえることに気が付いた。
何かと思いそっと扉を開けると、そこには衝撃的な光景が広がっていた。
「なんであのバカは私の言うことを聞かないのよ! 斥候を送って正面に部隊が配置されていない時点で罠ってわかるでしょう! なのに気にもせずに突っ込んで補給線をおめおめと伸ばされた挙句包囲されて壊滅、浸透戦術で司令部ごと破壊されるなんて!!」
「ええ……」
私が部屋に戻ると、そこではダイナが何やら怒り狂っていた。
どうも今日の図上演習で私の使う縦深防御にまんまと引っかかったことに怒っているのだろう。
それに、縦深防御なんていうものを使うのも私だけだと気づいているはずだ。
「全く、貴族だから頭が固い……え」
「……」
「……見たわね?」
「いえ、特に何も」
ダイナは顔を赤くし、こちらに本を投げてくる。
私はそっと扉を閉じて交わしつつ、期を見計らって中に入った。
中に入ると彼女は恨めしそうにこちらを見ながら、愚痴を言う。
「前線が薄いのを知ったときに私はアリス、貴方が総司令だと分かったわ。それは教典にはない異端の行動だからね」
「確かに私が総司令であったが、東軍も教典通り上手くやったと思うわ」
「戦場では教典通りにいかないでしょう? ああいう人間が将軍になったら、きっと国は負けるでしょうね」
「……ならばダイナ、貴方が頂点に立てばいい。そのために努力をしているのでしょう?」
そう言うと、ダイナは少し気の抜けた顔をした。
だが少し後に少し笑い、「そうね」と言って小さく笑う。
何とか彼女の癇癪も収まったところで、私は王宮に向かう準備を整える。
「……どこに行く準備をしているのかしら? 分かっているとは思うけれども外出は禁止されているわよ」
「少し呼び出されて」
「どこに?」
「王宮に、よ」
王宮という言葉を聞いたダイナは、驚きのあまり目を見開いていた。
何をやらかしたのか、もしくは誰かのお手付きになるのかとでも考えているのだろうか。
残念ながら前者だ、と思いつつ私は部屋を後にし、正門で待っていた黒塗りの車に乗り込んだ。




