第7話 私こそ総司令官
士官学校に入学して、数日が経過した――。
その間に私は行軍、射撃訓練、座学、と非常に忙しいスケジュールをこなす。
そして今日はというと、普段とは異なり図上演習を行うことになっていた。
「今日は図上演習を行う。貴官らにとって初めてではあると思うが、座学の時間にある程度は授業してもらっているはずだ。貴官らの習ってきた基礎的な戦略を生かし勝利をつかむこと。それが今日の目的だ」
そう教壇で話すのは、私たちの教官のベッカー少佐だ。
この国の陸軍の中心である参謀本部から派遣された、エリート中のエリートである。
そんな教官の方針で実施される図上演習において、彼は黒板に振り分けを書いた。
この図上演習は2クラスを統合、1年生である100名全員参加で行われる。
部隊は東軍と西軍に分けられ、その中でも私は西軍であった。
そしてさらに私たちは、3つに分けられた部屋に移動する。
「貴官ら西軍は仮想敵国側だ。目標は敵軍の部隊の本土への本格的侵攻の阻止と反撃である。損害は問わないが領土を守りきりたまえ」
「「「「はっ!」」」」
「ではこれより、貴官らの西軍での役割を記した紙を配る。各自確認し席につき、役割を全うするように」
そう言い、ベッカー少佐は小さな折りたたまれた紙を配っていく。
私も受け取って中を見ると、そこには『西軍総司令官』と記述されていた。
私は自軍の駒だけが置かれた演習盤のど真ん中、総司令官の席に座った。
だが私がその席に座ると、周りから嫌な視線を向けられた。
それは私の役割に対する嫉妬と、実力に対する懸念をはらんでいた。
だが教官が紙を配った手前文句を言うこともできないため、渋々と自分の席に座った。
「ではこれが貴官らに与えられた戦力だ。敵の姿は見えない中で戦闘を指揮しなければならない。戦闘の被害はこちらで計上するので、逐次反映するように」
そう言い、ベッカー少佐は部屋を出た。
私は一つ息を吐き、各部隊の配置を決めていこうとする。
だがその時、一人の男子生徒が口を開いた。
「よく考えれば、西軍にダイナがいないじゃないか。あの女、中産階級だがやけに頭が切れるし脅威だぞ」
「本当だよな。俺たちは負けたも同然だろう」
「――いないもののことを言うな。貴官は戦場でもそう愚痴を言うつもりか?」
私がそう言うと、部屋の空気がピリッと冷え切った。
彼らの冷ややかな視線がこちらへとむけられ、険悪な空気が漂う。
だがそれにも動じず、私はレイキと呼ばれる木の棒で部隊の駒を動かしていく。
くみ上げた隊形は、昨日の晩にダイナと話をした縦深防御の陣形。
もし彼女があちらで指令をするのであれば、この戦術に自ら対応しなければならない。
そんな陣形を見た男子生徒たちは、次々と不満を言った。
「馬鹿か!? 防御戦の基本は戦力の集中投入による水際防御だ! これではみすみす敵の侵入を許すことになるではないか!」
「そうだ! やはり途中入学の人間に総司令官は荷が重い! 誰かが代役をするべきだ!」
そう言い、一人の生徒が駒を無断で動かした。
だが私はその手を、持ったレイキで叩き落とし、駒をもとの位置に直す。
そして駒を勝手に動かした生徒に対し、冷たく言った。
「私が西軍の総司令官である以上、この戦闘においての最終的な決定権は私にある。それが当たり前であると、未来の将校としてわからないのかしら?」
「……いえ」
「ならば今から作戦を説明するわ。今回の作戦は……」
私は縦深防御の戦術を他の生徒たちに伝える。
正面を薄くして突破させたところを待ち伏せで潰す、という作戦は彼らには最初は理解しがたいものであった。
だが説明を深めていくと、彼らの中に少しの理解が芽生えた。
「では説明通りに配置についたわね」
男子生徒たちは頷き、自分の駒が正しい位置にあることを確認する。
そして私は部隊の動かし方を書いた紙を、入り口に立つ伝令係に渡した。
彼の渡した紙は別の部屋にいるベッカー少佐らのもとに届けられる。
「ほう、この作戦はあの新入生が書いたのか」
「ええ。全くもって軍の教典から外れた、まさに外道の作戦です」
「ははっ、だがその外道の作戦が間違っているとは限らんぞ? やってみようではないか」
ベッカー少佐はサイコロを振り、東軍と西軍の激突をシミュレーションする。
サイコロの出目で部隊の損耗や敵の位置が決まり、それが再び東軍・西軍両者の部屋に届けられる仕組みだ。
少佐は動いていく盤面を見て、少し期待はずれそうにため息をついた。
「やれやれ、あの新入生が奇想天外な作戦を取ったかと思ったが、結局押されているじゃないか」
「……失礼します。これが新たに西軍から示された指示書です」
「どうせ負けるだろう……っとこれは」
指示書に書かれた通りベッカー少佐が配置を動かしサイコロを振った時、それは起こった。
押しているように見えた東軍が、左右を挟まれて壊滅したのであった。
彼は信じられないと思いながら結果を書き添え、そして自分の過ちに気が付いた。
「あえて引いて有利な陣形に誘い込み、一気に殲滅したというのか? それに先ほどからちらちらと補給線を叩いていたのもそのため……? あの新入生、アリスといったか。中々切れ者のようだ」
そこからの展開は誠に一方的であった。
本隊を崩された東軍はなし崩しになり、戦線を保てなくなった。
その隙に付け込んだ西軍は敵の後方へと浸透、補給線や基地を荒らしまわったのだ。
「……西軍の勝ち、か。信じられないな」
ベッカー少佐がそうつぶやくと、後ろからドアの開く音が聞こえた。
その後ろに立っていた人を見て、彼は直立不動で敬礼する。
そんな彼を気にすることなく、男は演習盤を見つめていった。
「見事な戦術ですね。同期で最も優秀なのはダイナ君であると思っていましたが、そうではないかもしれない」
「……まことにその通りでございます。皇曾孫ヴィルヘルム様」
「……私は今は一人の士官候補生ですよ、教官。で、その生徒の名前は?」
左手をポケットに入れたまま、ヴィルヘルムは振り返る。
彼は時の皇帝ヴィルヘルム1世の孫であり、この士官学校の生徒でもある。
そんな彼に、ベッカー少佐は名簿を見ながら答えた。
「アリス・フォン・ヒンデンブルク、とのことです。つい先日転入してきた者です」
「サヴォイア公の推薦を受けた者か。……にしてもフォン・ヒンデンブルクか。ルーデンドルフに続き、縁のある名前ばかり出てくる」
「ご存じなのですか?」
「……いや、知らない者ですよ」
ヴィルヘルムはそう言い、部屋を出た。
彼は左手をポケットに手を入れたまま歩く。
彼の向かう先は西軍がいる部屋、アリスがいる部屋であった。




