第6話 懐かしき女「ダイナ」
ゲルマニア帝国の陸軍士官学校は、男女関係なく寮で生活することになっている。
私も例外ではなく、これから生活を送る部屋へと案内された。
だが8人や12人と同部屋で共同生活を送る男子生徒とは異なり、私の行く部屋はもう一人だけいる女子生徒との2人部屋であった。
男子も女子も関係ないのであれば、私も男子と同部屋でいい。
そうも考えたが、男子生徒に良からぬ影響を及ぼすとの学校の判断でこうなったらしい。
案内された部屋に到着した私は、扉を軽くノックした。
「誰かしら?」
「本日から同部屋となる、アリス・フォン・ヒンデンブルクだ」
「ヒンデンブルク……? ま、まあいいわ。入りなさい」
少し返事が変であったが、私は扉を開けて部屋に入った。
そこに広がるのは、粗末な家具と大量の本、そして少し甘い匂い。
その真ん中に座っているのは、綺麗な銀色の髪をした女性だ。
「初めまして、アリス。私の名前はダイナよ」
「改めて私の名前はアリス。よろしく頼むわ」
ダイナは、私が使う分のベッドの上に置かれた荷物をどかす。
そこに私は手荷物を置き、ベッドサイドに腰かけた。
彼女は本を読んでいたが、ちらりと私の方を見て言う。
「随分と大きいのね。何センチあるのかしら?」
「たしか……190ぐらいだったわね」
「そう、それだけあれば男子にも舐められないでしょう。もっとも私も175は超えているからマシではあるけれども……」
そう言いながら、ダイナは読んでいた本に目を戻す。
そこから私たちが再び会話を交わすことはなく、ただお互いがお互いのことをする時間が過ぎる。
その間、私は少し彼女を観察していた。
(あまたの戦術書、歴史書、地理書……どれも読み込まれた形跡がある。随分と熱心な生徒のようだわね)
私がじっと見ても彼女は反応せず、ただひたすらに本を読み漁る。
そうしていると、夕食の召集のラッパが宿舎内に鳴り響いた。
私たちはそのラッパの音に合わせ、駆け足で食堂に向かう。
食堂につくと、用意されていたのはジャガイモ、パン、それと少しの肉料理。
前世の士官学校時代にも経験した、なんとも質素で味気ない食事だ。
この料理を口に運ぶたび、自分が軍人として生きていくということを実感させられる。
その頃前に座るダイナはというと、黙々と何かを考えているようであった。
その為スプーンやフォークが止まりがちであり、ふと気づくと急いでかきこむ、ということを繰り返していた。
その見た目は美麗な女性であるが中身は生粋の軍人、というのが彼女に対する評価だろう。
その簡素な食事一つとっても、士官学校の生徒はみな優秀だ。
規律通りに着席し、規律通りに食事をとり、規律通りに食べ終わる……。
食事を終えると私たちは上級生の号令とともに立ち上がり、そのまま自習室へと連れていかれた。
◇
自主学習を終え部屋に戻った時、時計の針は11時を指していた。
明日には行軍の訓練があると聞かされており、就寝時間も近いのでもう寝ようと思っていた。
だがその時、ダイナが深刻そうな顔で近づいてきたかと思うと私の前に地図を広げた。
「少しいいかしら? あなたに聞きたいことがあるのだけれど」
「……もうすぐ就寝時間だけど、上級生に怒鳴られるわよ?」
「この部屋には上級生はいないわよ。で、この戦況なんだけれども……」
ダイナは地図を指さしながら、彼女の想定している戦況を説明する。
その地図は、私が数日前の試験で見たガリア国境ではなく、反対側のノヴゴロド帝国とのものであった。
このゲルマニア帝国は前世とそっくり、東西を敵に挟まれているのだ。
彼女が示したのは、ゲルマニアがノヴゴロドに押されている状況。
東部ゲルマニアの要衝たる都市にまで接近されている状況であった。
暫く考えたのち、私はアウグスト退役大将に答えた時のように説明する。
「ノヴゴロドの軍は補給線が伸びきっているわね。あえて引き付けつつ縦深防御を展開、敵を消耗させたところで温存させていた部隊を左右に回して包囲戦を展開、十字砲火で鎮めるわ」
「縦深防御……現在の帝国の防衛ドクトリンは水際に戦力を集中させることよ。それを理解したうえで言っているのかしら?」
「ええ、もちろん。補給線を伸ばしに伸ばして敵の進撃速度を落として疲弊させ、その隙に補給線を断ち切りつつ攻勢に転じた方が時間も稼げるし合理的よ」
「……驚いたわ、まさか私と同じ考えにたどり着いている同期がいるとはね。周りのレベルが低くて退屈していたけれども、貴方のような人と出会えて嬉しいわね」
ダイナは嬉しそうにそう言い、満足そうに地図を戻した。
本音を言えば、縦深防御は私が生み出したものではなく、前世の次官が生み出した戦術だ。
その考えにたどり着く天才というのはどのような世界でもいるのだな、と感じさせられた。
「そういえば私の苗字をまだ名乗っていなかったわね。といっても中産階級出身だから名乗るようなものでもないかもしれないけど……」
中産階級出身、それはすなわち士官学校にいる貴族たちとは社会的なステータスが違うことを意味する。
中産階級の出身でありながらここまでの才能を身に着けるには相当な努力があったのだろう。
前世で私を支えた副官も、そういえば中産階級の人間だったな――。
「私はダイナ・ルーデンドルフ。実家はゲルマニアの北東部で地主をしているわ」
「ルーデンドルフ……これも何かの縁かしら?」
「……」
ルーデンドルフ、それは前世での私の次官の名前だ。
私がヒンデンブルクを今名乗っているのも、こうして士官学校にいるのも、ルーデンドルフと名乗るも緒に出会うのも、この世界が持つ縁の力かもしれない。
その夜、私は前世での様々な出来事が頭に浮かんできて、結局眠ることができるのは1時を回ってからのことであった。




