第4話 入学試験
ブランデンブルクの郊外に位置する陸軍中央士官養成学校――通称リヒターフェルデ。
サヴォイア公の車で乗り付けた私は、その重厚な門をくぐった。
正式に軍服を着用することはできないため、私は代わりに男性と同じ服に身を包んだ。
本来の士官学校受験には、ゲルマニア国籍が必要である。
勿論それはスパイを警戒してのことであるが、私は偽造により書面上はゲルマニアのいち貴族令嬢ということになっている。
止められることなく校内に入った私は、案内されるままに歩く。
「あれ、女か?」
「珍しいものだな。確か制度上は可能なのか?」
「そうだ。だが軍の上層部がなかなか首を縦に振らないから、今のところまだ在籍している例の女しかいないと聞いた」
「だろうな。……にしても、女のくせに男よりもガタイがいいな」
そんな声が、私が廊下を歩いているとひそひそと聞こえてきた。
その会話から聞こえてきた、1人在籍しているという女性の士官候補生。
それだけ優秀な士官候補生なのだろう。
私は試験を行う部屋に通され、インク壺が備え付けられた椅子に座る。
その場で私は用意しておいたペンを試験官に渡し、不正がないかのチェックを受ける。
チェックを通過した後、私は試験官から試験用紙を受け取った。
「初日の試験科目はゲルマニア語、初等算術、歴史、地理、ガリア語になります。では始めなさい」
試験は数も多く、一つ一つの時間もとても長い。
歴史や地理もゲルマニアの物だが、教養として学んできたため手こずることなく進めていく。
そのまま数時間経過し、無事に筆記試験は終了した。
「続いて体力試験、身体測定、そして面接になります。ではこちらに」
その後、私はひたすらに走りに走らされたり、筋力の測定などをこなしていく。
どれも男性並みの数値を出す姿に、試験官たちは驚きを隠せていなかった。
私はドイツ軍人であったのだからこれぐらいはできて当然……のはず。
「えー身長は190cmね。体重は――」
「……レディーの体重を読み上げるのは不躾でなくて?」
「その通りだな。だが軍人になるのであれば男と同じに扱われると心得たまえ。体重は読み上げないでおこう」
「……心得ました」
昔の自分であれば、体重を読み上げることに何も感じなかっただろう。
だが、女性として16年の歳月を過ごした今、無意識的に言葉が出てしまった。
気を付けねばな、と思いつつ私は面接に向かう。
「……アリス・フォン・ヒンデンブルク君。まあかけたまえ」
「失礼いたします」
私は面接官と向かい合うように座り、5人の面接官を見つめる。
この試験官には教官と現役の軍人が混ざって出席するのが常だ。
……だが今回は少し違うようだ。
「えー、私は今回主面接官を務めるアウグストというものだ。階級は大将じゃがもう退役軍人、そう身構えんでよいぞ」
アウグストと名乗る退役軍人は、優しそうな目でこちらを見つめる。
しかし元は大将、歴史の荒波にもまれた保守的な軍人だろう。
この面接は――一筋縄ではいかないかもしれない。
「君はサヴォイア公からの推薦があったと聞いた。まあ形式的な質問もするべきかと思ったが、今回は省こう。君にはこの地図を見て、どう部隊を動かすべきか考え、述べてほしい」
そう言われ、私は面接官の一人から地図を渡された。
そこには明言はされていないがガリア国境の詳細な地形図と、軍の配置が描かれている。
私はその地図をじっと眺め、回答を作成していく。
(……私はこの世界に来てから何度も同じ状況を考えてきた。それを改良すればいい)
「……重砲を主力とする部隊を国境沿いに配置し、敵の要塞に対して攻撃を敢行。その間に練度の高い騎兵部隊と歩兵部隊を用いて北部の中立国経由で侵攻し、敵の首都を攻略して早期決戦に臨みます」
「面白い意見だ。だが北部の中立国を脅かすと保障を結んでいる第三国が介入してくる可能性が高い。それに北部からの侵攻は難しいのではないかね?」
「――まず第三国の介入に関してですが、北部を制圧することができれば水際での防衛線の構築が可能になります。上陸を阻止している間に和平工作をするのがよろしいかと。そして北部の森の通貨は十分可能であると考えます」
「……そうか、ではこれで試験は終わりとする。短いが今の回答で君の力量は十分に図ることができたよ。ではまた会えることを期待している」
他の面接官が口を開く隙を与えないまま、アウグストは試験終了を宣言した。
回答が悪かったのであろうか、本来はもっと追及されるはずだ。
不思議に思いながら離席し、私の試験は終了した。
◇
「アウグスト退役大将。試験を切り上げるのが早すぎるのでは?」
「それに典型的な質問をしないのもどうかと。サヴォイア公と退役大将閣下はお知り合いかもしれませんが、そこはきちんとしていただかないと」
面接官たちは試験終了後、アウグスト退役大将に苦言を呈していた。
彼らが用意したチェックシートにはまだ何も書き込まれていない。
正常に評価できないというが、アウグストは笑って答えた。
「先ほどの彼女の回答は参謀本部が計画しているものと同じだ。迂回路の選択も含めて。あの年でその判断をできる彼女にどうしてそれ以上の質問が必要かね?」
「……」
「これで同じ回答をしたのは、彼女を含めて3人になったな。それも全て同じ世代の受験者だ。既に入学している2人も含めて考えると、この世代はどうも優秀なようじゃな」
そう言い、アウグスト退役大将は書類に判をつく。
それは、面接試験は合格である、という印であった。
面接含め、アリスに合否の通知が届くのはもう数日後のことであった。




