第30話 観艦式
「お招きいただき光栄です、ジョージ王子殿下」
「歓迎するよ、サー・アリス。わが乗艦の戦艦バッカンドへようこそ」
戦艦の甲板上にあがった私は、乗組員からの歓迎を受ける。
その列の真ん中にはジョージが立っており、彼は私の方へと近づいてくる。
私は彼に敬礼し、彼も答礼したのちに私を先導して歩き始める。
バッカンドの艦橋などには白い麻布が随所に巻かれており、艦の後部には天幕が張られていた。
その下には無数の椅子が用意されており、各々にブリタニアの高級将校たちが座っていた。
私はその中に一人、ゲルマニアの軍服を軍服を身にまとって着席した。
女性で外国の軍服を着ている、そして腕に包帯を巻いている姿を見た周りの将校たちは、私が誰であるかということに気が付いたのか、椅子から立ち上がってこちらへとやってくる。
するとたちまち私の周りに人が集まり、四方八方から挨拶や話題が飛んでくる。
少し困惑していると、彼らの間を割って一人の男性が姿を見せた。
「貴官たち、手負いの令嬢に畳みかけるのは少しマナー違反ではないかね?」
「……これはこれは第一海軍卿」
第一海軍卿と呼ばれた肉付きの良い男性は、私のもとににこやかな笑みを浮かべてやってくる。
彼の外見と称号から、私は彼がフィッシャー提督、と呼ばれている軍人であることを把握した。
精強なブリタニアの海軍史において、2番目に重要とされる人物であった。
「お初お目にかかります、フィッシャー第一海軍卿殿」
「私を知っているのですか。いかにも私はフィッシャー、お会いできて光栄ですよ、ヒンデンブルク嬢」
フィッシャー提督は私の隣の席に腰かけ、他の将官たちには自分の席に戻るように指示する。
もう反対側の席にジョージ王子が座っていることを気に留めることはなく、彼は私に艦の解説を始める。
ジョージ王子は王族とはいえ、海軍の上官であるフィッシャー提督に異議を唱えるわけにもいかず、ふてくされたように背もたれに深く体重を預ける。
フィッシャー提督が第三海軍卿と呼ばれる、造船の責任者であった時代に設計を担当した艦であるバッカンドの解説を長々と解説されていると、艦は出港を告げる汽笛を鳴らした。
自分の知らない情報を知れるのは嬉しいが、少し話が長かったのでちょうど良いタイミングであった。
停泊していた艦艇が続々と出港していき、岸壁からは集まった市民が旗を振っているのが見えた。
母港を出港した各艦艇は、観艦式が行われる海域へと移動する。
丁度ジョージ王子が双眼鏡を貸してくれたので、私はバッカンドの周囲を航行する艦艇を観察する。
その中には、ゲルマニア皇帝家の紋章を掲げた艦もおり、それがヴィルヘルムが座乗する艦であることは明白であった。
沖合へ出てきた各艦艇は、受閲に向けて停泊位置にて錨を下ろす。
しかしバッカンドは観閲艦隊に属しているので、それらの艦艇とは別の位置へと移動する。
穏やかな海に白波を立てて進む艦は、観閲部隊の艦とともに艦隊を組みなおした。
観閲部隊の先頭を進むのは、先導艦の軽巡洋艦。
その後ろを進むのが、今回の観閲部隊の目玉である、真っ白の船体に金の装飾が映える王室ヨット。
そこにはヴィクトリア女王が乗艦しており、王室旗が誇らしく掲げられていた。
観閲部隊が受閲部隊の第一陣とすれ違うと、彼らは21発の礼砲をもって敬意を示す。
その礼砲が開始の合図となり、盛大に国歌や軍歌の演奏が始まった。
私たちは舷側に集まり、受閲部隊からの敬礼に答礼する。
「今見えている部隊は本国艦隊、いわゆるグランドフリート。我が海軍の最精鋭です」
「本国艦隊以外にも、世界各地にある我が国の植民地を防衛する植民地艦隊もあるぞ」
フィッシャー提督が第一陣の受閲部隊を指しながら言うと、すぐさまジョージ王子が補足する。
提督は静かに笑うと、そのまま視線を受閲部隊に視線を戻す。
私も視線を戻し、その前を戦艦、巡洋艦、駆逐艦と様々な艦種が通り過ぎていく。
第一陣の前を通り過ぎると、観閲部隊は第二陣、第三陣へと移っていく。
特に第三陣は外国の艦艇が集まっており、各国独自の設計が光る顔ぶれであった。
その中にはもちろんゲルマニアの船もあり、ジョージは答礼しながら私に話しかけてきた。
「……そういえば、私の従弟でもあるヴィルヘルムとはどのような関係で?」
「陛下とですか。陛下と私は君臣関係であり、また軍学校の同期、という関係です」
「それは建前であろう? 私には貴官とヴィルヘルムとの間にはそれ以上の関係性があるように見えるのだが……」
ジョージが言わんとしているそれ以上の関係性……男女の仲ということであろうか。
しかし私は本来はプロイセンの老獪な軍人、ツー・オイレンブルクとの同性愛の嫌疑をかけられた陛下とは違い、決して男を愛することはない。
そもそも、陛下のハルデン=オイレンブルク事件自体もハルデンがオイレンブルクを政界から遠ざけることが目的で、そのイメージが陛下まで波及した事件であり、陛下自身が同性愛者かどうかは不確定であるが。
「我々は、君臣関係以上の深い関係にはありませんし、そもそも私自身ロートシルド家の人間として、外交関係に支障をきたしかねない関係の構築は致さないように努めております」
その言葉に、ジョージは少し嫌そうな顔をする。
ならばなぜガリアの王家とは婚姻関係にあったのか、などと言われそうであったが彼がそれ以上口を開くことはなかった。
艦はちょうどヴィルヘルムの乗る戦艦の前を通過していき、私は静かに掲げられる旗に敬礼した。




