第27話 家族会議
馬車馬が小気味良い音とともに道を踏みしめ、時々石を車輪が踏んだ衝撃がお尻に伝わってくる。
ふと目線を外にやると、そこにはのどかな田園風景と水平線が見える。
私は今、ヴィクトリア女王から貸与された別荘に向かっていた。
ロッキンガム宮殿を馬車で出発した私たちは、そのままロンディニウム駅に向かった。
その後は鉄道で海辺の町に移動し、そこから蒸気船でワイズ島という島に渡った。
この島には、ヴィクトリア女王が愛する美しい別荘があるのであった。
この別荘はオッドボーズ・ハウスと呼ばれ、女王とその亡き夫が共に暮らすための離宮として機能していた。
建築様式は地球のイタリアのルネサンス様式の建物を思い起こさせる、ブリタニアの近代建築とは一線を画すものであった。
広大な敷地に整備された農場や庭園を横切りながら、馬車は別荘に向かう。
「潮風がとても気持ちいいですわね。母に頬を撫でられているようです」
「海辺は療養にも最適な土地。気に入っていただけたようで幸いです」
「それにしても、ジェームズ医師もわざわざ来てもらうことになってしまいすみません。ロンディニウムの方がずっと利便がいいでしょうし」
「女王陛下の命ですので、何も気になさることはございませんよ」
ジェームズも同じ馬車の対面に座っており、私たちは時折談笑をした。
彼は宮廷や政界など、ロンディニウムの様々なことに精通しているため話していて飽きが来ない。
情報を彼からそれとなく引き出していると、どうやら馬車は目的地に到着したようだ。
門をくぐると、整然と整えられた庭が出迎えてくれる。
その庭は、女王の亡き夫が好んで造営させたものであり、その形見でもあった。
馬車が轍を作る音以外は人工的な音は聞こえず、時折風が木々を揺らす音や、鳥の鳴き声が聞こえてくるだけであった。
そして正面には、クリーム色をしたオッドボーズ・ハウスは見えてくる。
建物の外壁はスタッコと呼ばれる化粧漆喰で整えられており、石造りのロッキンガム宮殿とは異なった暖かさを演出している。
そのおかげなのか、私には宮殿というよりは家庭がある家のように見えた。
馬車は車寄せに停まり、控えていた従者が馬車の戸を開ける。
建物の外壁とは異なり、本物の石の床にコツンを音を立てて私は降り立った。
ワイズ島の新鮮な空気をいっぱいに吸い込み、少し気分が良くなった気がした。
「お待ちしておりました、サー・アリス。ようこそオッドボーズ・ハウスへ」
「出迎えご苦労。早速だけれども案内してくれるかしら?」
「もちろんでございます。それと、アリス様との面会を望む方が応接間で待機しておられます」
「面会者……? 誰だかわからないけれども先にそちらに案内してもらおうかしら」
従者はぺこりと一礼し、オッドボーズ・ハウスの玄関扉を開く。
上質な木で作られた扉を開くと、その先には宮殿でありながら生活感漂う玄関ホールが出迎えてくれた。
質とセンスのいい木製家具の香りを吸いながら、私は案内されるがままに応接間へと通された。
◇
「アリス様のご到着でございます」
応接間の扉が開かれ、私は中に入る。
一体誰が来たのだろうかと思っていると、そこには思いがけない人がいた。
そしてそれは、私が顔を見ることがないであろうと思っていた人であった。
「お父様、それにジュリー? なぜここに?」
「お前のことはライオネルから聞かせてもらった。全く、なんて無茶をするんだ」
「本当にそうよ、お姉さま。それで死んでいたらどうするつもりだったのかしら?」
「……厳しいですわね。しかし私はこうしてきちんと生きていますわよ」
私は応接間の椅子に座り、アンゼルムとジュリーと向かい合うようにする。
彼らに出会うのはガリアに何かがあってからだと思っていたが、ガリアがどうにかなる前に私がどうにかなってしまった。
父は不満げな顔をしながら、小さな子供を叱るような口調で話し出す。
「いいかい、アリス。皇帝一家や国王一家のお命を救ったのは素晴らしいことだ。しかし自分の命も大事にしなさい。死んでは元も子もないのだから」
「……肝に命じておきますわ。しかし軍人となった以上、その保証はできませんが」
「それよ、お姉さま。軍人っていったいどういう訳? しかもゲルマニアの軍人だなんて」
ジュリーは怒ったような呆れたような顔で私にそう言った。
彼女にとっては、ガリアの仮想敵国であるゲルマニアに肩入れしていることが不思議なのだろう。
私は適当な言い訳を考え、真実は隠すことにした。
「ゲルマニアは知っての通り、ガリアを敵だと思っているわ。だからいずれは攻めようとするでしょう。それを私が軍の内側で制御することで、ガリアへの被害を減らそうとしているのよ」
「ふうん。そのためにゲルマニアの皇帝家とのつながりも増やしているのね。お姉さまは正当な血筋だから色々できていいわね」
「そうでもないわよ、ジュリー。シャルル殿下のお傍でお仕えする方が立派な仕事よ。私のは汚れ仕事、王妃の座を失ったものに相応しい処遇ね」
「……そうかしらね、お姉さま? 聞くところによるとヴィルヘルム陛下といいかんじだとかなんとか。新しい人を見つけたのは応援するけれどもね、お姉さま。左手に障害を患っている殿方は如何なものかしら?」
ジュリーに悪気はないのかもしれないが、いま彼女はヴィルヘルムが最も苦悩し、誰にも理解されなかった呪いともいえるものを馬鹿にした。
左手を負傷している今、その言葉が私には自分事のように聞こえた。
このような声があったから、ヴィルヘルムはあんな正確になってしまったのだろうと、今度は自分のことのように理解することが出来た。
ジュリーはその後もあれこれと言ってきたが、思うように会話が弾むことはなかった。
私たちの間にはやはり埋めることが出来ないさのようなものがあることを痛感し、少し寂しい気持ちに襲われる。
爺やや銀行のみんな、ライオネルらと約束したことは果たして達成できるのであろうか、私はそう思わされた。




