第28話 海が似合う男
オッドボーズ・ハウスに移ってから数日。
私は代わる代わる訪れてくる来客に応対しながら、療養に励んでいた。
本来この期間も士官学校に通っていないといけないが、私は特例で出席扱いとなっていた。
この別荘からは海がよく見え、天気がいい日には庭からは海峡の先にゲルマニアも見えることがある。
軍人がいるにはまことに相応しくない場所であるが、限りある休養だと思って楽しませてもらっている。
そんなオッドボーズ・ハウスであるが、今日はその雰囲気に相応しくない音が響いていた。
ドンッ!ドンッ!
鳴り響く銃声と、床に落ちる熱された薬莢。
私はジェームズに無理を言って、銃の射撃訓練をさせてもらっていた。
使っているのはブリタニアの拳銃で、ゲルマニアではめったにお目にかかれない代物だ。
「どうですか、アリス様」
「なかなか素直な弾道で、それに反動を利用してシリンダーを回転させる面白い機構だと思うわ。反動の制御もしやすい」
「……私が聞いたのは銃のうち心地ではなく、腕の調子ですが」
「あら、失礼。それであればばっちりだと思いますわ。反動で少々痛むところもあるが、おおむねは問題ないです」
私が楽しそうに拳銃を撃っているのを、ジェームズはハラハラとした顔で見ている。
術後しっかり縫合しているとはいえ、傷が開くかもしれないと彼は危惧していた。
だがそんなことはなく、私は次の弾丸を一発ずつ装填する。
今撃っている拳銃は、高機能だが正式採用には至っていない。
なにせ自動化機構のために成功に作られすぎて、実戦では故障しやすくなっていたのだ。
だがそんなこだわりに、産業革命期を支えてきたブリタニアの手工業や軽工業に従事する職人たちの矜持が垣間見えるようで面白い。
「そろそろ終わりにしましょう。それ以上は腕の傷に悪いです」
「……そうですか、それは残念ですわね。また明日の楽しみにしておきましょう」
私が拳銃を置くと、従者が射撃場の片づけを進めてくれる。
拳銃だけは私の趣味として整備分解をしたいので、手元に残してもらうことにした。
ただ、片手だけで上手くできるのかは分からないが。
「今後の予定ですが、ジョージ王子殿下の面会が入っております。昼食会の形をとっての談話をするとのことです」
「分かりました。お出迎えの準備を整えましょうか」
私は庭を離れ、別荘の館内に戻る。
来ていた服を脱がせてもらい、王子殿下と会うために綺麗な軍服へと着替えた。
着替えた後、私は玄関口へと降りて王子殿下の到着を待つこととなる。
◇
「ようこそお越しくださいました、殿下。お会いできて光栄です」
「こちらこそ、サー・アリス殿。本来はもっと早く面会に来るべきであったが、遅れてしまい申し訳ない」
「何の問題もございませんわ、サー。さあ、どうぞこちらへ」
車寄せでジョージを迎えた私は、彼を伴って食堂に赴く。
彼はここオッドボーズ・ハウスで生まれ育ったので、長い間ロンディニウムで過ごしていた彼は、実家に帰って来たような懐かしい気分を感じていた。
そんな場所に私が図々しく住み着いている方が申し訳なくなる。
食堂についた私は、ジョージと並んで座ることになった。
プロトコル的にはあり得ないが、彼は特段気にしていないようだ。
私は彼が座るのを待って、彼が座った後に腰を下ろした。
鶏のスープやホタテのクリーム煮などの前菜が運ばれてきて、ジョージは先に口を付ける。
今のブリタニアで好まれている料理はガリア式のものであり、私が最も慣れ親しんだ料理たちだ。
しかし左手が使えないため、いつものように厳格な方式に則って食事をすることは叶わず、私はヴィルヘルムから渡された片手で食事ができる特殊な食器を使っていた。
「サー・アリス。本場のガリア料理と比べてどうだろう、我が国のガリア料理は?」
「非常に良くできていると思います、サー。しかしもう少しブリタニア感を出してもいいのではないでしょうか。その方が食事に面白みが出ると思います」
「我が国の特色か。確かにいろいろと模倣して取り込んでいる以上、我が国には自国発祥と言えるものが少ないからな。フィッシュ&チップスぐらいだろうか」
「あれはコース料理に出す代物ではありません。道端でがっつりいただくのが醍醐味でしょう」
私は、食べやすいように一口大にカットされた料理を少しずつ食べていく。
主菜はサーモンのムニエルであったが、おかげで崩れることはなくきれいに食べることが出来た。
ジョージはその様子に感心し、興味を示した。
「やはりガリア随一の財力を誇るロートシルド家。例え片手であろうと食事の仕方も洗練されている」
「おほめいただき光栄ですわ、サー」
「……そのような腕になってまで私を、そして従弟のヴィリーを助けてくれたこと、非常に感謝している。あの時君がいなければ、私たちは死んでいただろう。王族ではなく、一人の人間として感謝させてほしい」
ジョージはそう言い、私の手をそっと取る。
私はどうすればいいのかわからず、苦笑いで答えるしかなかった。
彼もそのことに気が付いたのか、慌てて手を放した。
「すまない、レディーの手を取るなど。私は気がどうかしてしまったようだ」
「構いませんわ、殿下。殿下のお気持ちは良く伝わってきました。そのようなお言葉を戴けて至極恐悦に存じますわ」
「……本当にありがとう。私は君にしてあげることが何かないかと考えたが、今度ジュビリーの続きとして行われる観艦式において、私の乗艦である戦艦バッカンドで観艦式を観閲する席を用意しようと思う。君はゲルマニアの陸軍軍人とのことだが、これを機にブリタニアの海軍にも触れてほしく思う」
「よろしいのですか。私は殿下のおっしゃったとおり外国の軍人です。機密に触れる可能性があると思いますが」
「海軍省も説得しておいた。ぜひ受けてほしい」
「……喜んでお受けいたしますわ、サー。その日を楽しみにしております」
その後もジョージとの昼食会、そしてその後の談笑は続いた。
彼はヴィルヘルムの1歳年下の15歳だが、なんなら彼よりもしっかりしている気がする。
彼が帰ることには既にあたりも暗くなっていたが、見送りに行く時も彼はなんだか名残惜しい表情をしたまま、オッドボーズ・ハウスを去った。




