第22話 死に至る病
滞在開始から6日、即位記念のジュビリーは明日に差し迫っていた。
私はヴィルヘルムとの打ち合わせ通り、彼らが滞在するロッキンガム宮殿に向かう。
車にはロートシルド家の紋章が刻まれており、表向きにはライオネルの参内を偽装していた。
車はロッキンガム宮殿の裏の車止めに停まり、私はそこから宮殿内に入る。
宮殿内には複数か国の王族皇族が滞在しているので、私は彼らに鉢合わせないようにうまく案内された。
そして私は、ゲルマニア皇族一行の滞在する一室へと入っていく。
「……ヒンデンブルク、来たか」
部屋に入ると、なんだか不安げな表情をしたヴィルヘルムがそこに立っていた。
彼は誰が見ても分かるほどソワソワしており、両手を後ろに回しながら部屋中を歩き回っている。
そして私の前で立ち止まった彼は、他には聞こえない小声でささやいた。
「父上が吐血し倒れられた」
「……咽頭がんですか?」
「おそらくは。主治医は認めていないが間違いないだろう。よって父上の代役として、余がパレードに出席することになってしまった……」
ヴィルヘルムの父、皇太子フリードリヒは今年に入ってから声が出なくなっていると聞いていた。
彼の喉を咽頭がんがむしばんでいたせいで、少しずつ気道が圧迫されていたのだ。
もはや声を出すこともできず、筆談しかできないほど彼は悪化している。
そんなフリードリヒは、ゲルマニアの医者からはジュビリーを欠席するように説得されていた。
ただ、ブリタニアから派遣された医師が問題ないと判断し、彼自身も出席を望んだ。
その選択は彼の容態を結局悪化させ、このような事態に陥ることとなったのだ。
「父上はこのジュビリーを格好の政治的パフォーマンスの場だと考えている。自分こそが皇太子であり、自由主義者の次期皇帝であると内外に広く知らしめようとしている……余と対立してでも」
フリードリヒら自由主義陣営とヴィルヘルムら帝国主義陣営。
その二つの陣営はゲルマニア内でも大きな対立となっており、特に政党による自由主義陣営の支持という明確な形で表れていた。
しかし国の上層部は多くが帝国主義陣営であり、フリードリヒは次期皇帝としてその牙城を崩さなければならず、このジュビリーをその格好の機会ととらえている節があった。
「父上はゲルマニアにおける自由主義陣営拡大のための格好の機会を失った。そして巡ってきたその機会をどう生かすかは、余にかかっておる。余は……ブリタニアに、父上に同調するように動こうと考える」
「……自由主義陣営に肩入れすると? それでは皇帝陛下ら宰相閣下らを始めとする帝国首脳部からの信用を失うことになりますが」
「何も完全に自由主義陣営に肩入れするわけではない。あくまでも次期ゲルマニア皇帝として振舞いつつ、ブリタニアにも協調的な姿勢を取る。ブリタニアとゲルマニアの双方の民意を集め、将来の皇帝としての権威を今から作り上げるのだ。ヒンデンブルク、余は再び皇帝となるぞ!」
ヴィルヘルムはそう言いながら、ニヤリと笑う。
先ほどまでの不安な表情は消え、皇帝になるという自身だけが彼を取り巻いていた。
……昔から、この人はこのようなお調子者だ。
「期待しておりますよ。私も沿道の特等席から観覧させていただきますから」
「見ておくとよい。次期皇帝たる余の姿をな!」
◇
ジュビリー当日、私は約束通りに特等席に陣取っていた。
本日行われるパレードの最後、ヴィクトリア女王が演説を行う演壇のすぐ傍にだ。
華やかな衣装で彩られた兵士たちが列の先頭を飾り、その後ろを女王の乗った馬車が続いた。
「女王陛下万歳!」
「我らの陛下に栄光あれ!」
観覧する市民は口々にそう叫び、ヴィクトリア女王に向かって手を振る。
女王はそれに対してにこやかに返し、通りは絶頂に包まれていた。
そんな中、各国の王族や皇族の参列者たちが、華やかに馬を乗りこなして入場してきた。
その中でもひときわ目立つのは、胸甲騎兵の純白の軍服を身にまとったヴィルヘルム。
彼は、ブリタニアの人たちが想像する傲慢な態度を取らず、極めて真摯に対応している。
軍楽隊の演奏が鳴り響く中、整然と更新する各国の王族を見ていると私は思わず目を疑いたくなる人物を見つけた。
(あれは……シャルルか。そうか、当然彼も招待されているわけだな)
ヴィルヘルムから少し離れたところを、元婚約者のシャルルが行進する。
幸いにも彼はこちらに気が付いていないようで、そのまま目の前を通り過ぎていった。
少し安堵の思いで胸をなでおろした後、私は再びヴィクトリア女王に視線を戻す。
女王は馬車から降りた後、用意された演壇に用心深く上る。
演壇の真ん中に立った彼女の両脇を、真っ赤な軍服に身を包んだ軍人が固めた。
そして彼女は紙を取り出し、一息ついてその澄んだ声で演説を始める。
「私の愛する帝国の皆様、そして本日集まってくれた私の家族たち、そして世界中の友邦の方々。50年前のその日、まだうら若き乙女であった私が、この背後の大聖堂において王位を継承した日のことは、今も鮮明に覚えています。その日から半世紀が経過した今、我が帝国がかつてどの国も達成することが出来なかった繁栄を迎えていることを、心から喜ばしく思います」
女王が少し息をつくと、その間に大きな拍手が沸き起こる。
彼女は困ったようにその拍手に対して手を振り、少し静かにしてほしいとジェスチャーで示す。
再び落ち着いてくると、彼女はまた話始めた。
「私はこの場において、全能なる神の御加護に感謝いたします。神の導きがなければ、私はこの長きにわたる治世の義務を果たすことは叶わなかったでしょう。そして何より、国内外のあらゆる地で、私を支えてくれた国民の皆様の忠誠とたゆまぬ努力に、心からの敬意と感謝を捧げます。それは帝国の発展に大きな貢献を果たしただけでなく――」
そう演説するヴィクトリア女王の横に立っていた衛兵が、突如目つきを変える。
そして女王を守るように立ち、何か大声を張り上げた。
すると、黒い服に身をまとった男が銃を持って乱入してくるのが見えた。
その光景を見た時、私の体は動き出していた。
男の銃口は、決して女王に向けられていない。
彼が狙っているのはまさに――。




