第21話 迫るテロ
ブリタニア滞在二日目の午後。
ロンディニウムでは既に即位50周年記念式典の準備が始まっており、街頭には無数の国旗が飾られていた。
私はその様子を車窓から眺め、少し気分が高揚していた。
今日はまだヴィルヘルムたちと合流する予定ではないので、私はライオネルらとともに買い物に出かけることになっていた。
なんでもレオノラたっての願いとのことで、無下にすることはできなかった。
買い物ついでにブリタニアの現状を観察しようと思っていたが、どうもその考えは正解だったようだ。
「ここがロンディニウムいちの高級ショッピング街、ヴォンド・ストリートだ。ここで手に入らない物は世界のどこでも手に入らないとまで言わしめる場所だぞ」
「アリスちゃん、必要なものがあったらなんでも言ってちょうだい。買ってあげるわよ」
「レオノラ様……そんな子供におもちゃを買い与えるような感覚で……」
私たちは車を降り、ヴォンド・ストリートに降り立つ。
そこにいるのは、数えんばかりの富豪たちだ。
彼らは持てる富を総動員し、日々終わりの見えない周囲との財力の勝負に明け暮れていた。
そんな良き紳士たちを傍目に見ながら、私はウィンドウショッピングを楽しむ。
呉服店、宝石店、時計店に香水店、傍や銀食器の専門店まで様々だ。
そんな物があふれる中、ふと私の目に留まったのは高級茶葉であった。
「アリス、この茶葉が気になるのか?」
「ええ。この茶葉はどこで作られたものなのでしょうか?」
「この茶葉はバーラトのプランテーションで作られたものだ」
「なるほど、植民地産ですか。その目で見ればあれもこれも……」
ヴォンド・ストリートに並ぶ嗜好品の数々は、どれもブリタニアでは採れない物ばかり。
真珠に金、ダイヤモンドや砂糖、煙草、コーヒー……それらは全て植民地で生産されたものだ。
帝国の経済を、繁栄を支えているのはその膨大な植民地である。
それに比べ、ゲルマニアはほとんど植民地を有していない。
それは、無数の鉱物資源や嗜好品などを独占的に売買できるブリタニアとの差が広がる要因となっていた。
もちろんゲルマニアがよく思うはずはなく、ヴィルヘルムもまた海外領土を欲していた。
「ゲルマニアは植民地を持たないからな。これほどの物がこれだけの価格で売られているのは見たことないのじゃないか?」
「ええ。しかし……ヴィルヘルム殿下はおっしゃいました。誰も日陰に追いやることを望まないが、我々も陽の当たる所にいたい、と」
『誰も日陰に追いやることを望まないが、我々もまた陽の当たる所にいたい』、それはヴィルヘルムが最初に発した言葉ではない。
実際にはドイツ帝国の外相ビューローが発した言葉で、帝国の運命の分かれ道となった世界政策を正式に認めた言葉であった。
懐かしいものだ、と思いながら私はその言葉を口にしていた。
「ゲルマニアが植民地を……しかし一つだけ忠告しておこう。植民地を多く持つ国は派手に見えるが、その統治にかかる費用は想像を絶する。闇雲に獲得しようとしないように、とヴィルヘルム殿下に伝えておきなさい」
「……心得ました」
――結局、その日はただ商品を眺めるだけで、何も買わずに帰路につくことになった。
私たちは談笑しながら車に戻っていると、突然前にいた人が横によけるように動く。
そしてその間から、人影がすっと現れた。
ドン!
突然右腕に何かがぶつかり、そのまま過ぎ去っていく。
振り返ってみると、お世辞にもキレイとは言えない服装に身を包んだ男が走り去っていくのが見えた。
私が呆れたようにその背中を見ていると、レオノラが私の右腕をまくって傷がないか確かめ始めた。
「全く、当たったならば一言謝るべきよ。怪我でもしていたらどうするつもりだったのよ」
「レオノラ様、大したことはありませんので……」
「今回はただ当てられただけだが、中には金持ちに恨みがあるのか、ナイフを持って差してくる者もいると聞く。十分注意しておきなさい」
ライオネルはそう言い、私の右を守るように立った。
そしてレオノラは左を固めるように立ち、私は二人に挟まれて歩く。
その後は何が起こることもなく、無事に邸宅に帰るのであった。
◇
「……兄弟、遅かったじゃないか」
「金持ちの連中が邪魔でね。俺らのことなんざ部品としか思っていない連中め、忌々しい……」
ロンディニウムの裏路地にひっそりと佇む、一軒の酒場。
普通の人であればまずたどり着かないであろう場所にあるその酒場には、大勢の人が集まっていた。
彼らは一人残らず無精髭を生やし、黒い服に山岳帽を被っていた。
そんな彼らの多くは、東の方からやってきた出稼ぎ労働者であり、ここロンディニウムで最下層を形成している集団でもある。
そんな彼らは、仕事の憂さ晴らしのための強い酒を求め、この酒場に集まるのであった。
カランカラン……
再び酒場の扉が開いたかと思うと、そこには黒髪を長く伸ばした男が立っていた。
彼は酒飲みたちとは違い、立派なスーツに身を包んでいる。
そして彼が酒場に入ってくると、男たちの目線は皆彼に注がれた。
「やあ親愛なる同志諸君。ご機嫌のほどは如何かな?」
「ジャクレイスさんよ、俺たちの機嫌がいいとでも?」
「はは、酷な質問であったかな同志諸君。資本家たちの飼い犬よ」
「……ジャクレイス、君が我々のリーダーでなければ、今の時点で貴様の命はなかったぞ?」
酒場の男たちは、ジャクレイスと呼ぶ髪の長い男を見据える。
彼はニコニコと笑いながら店内を歩き回ると、カウンターに置かれていた酒を勢いよくあおった。
それは、彼が酒場の仲間であると示す行動であった。
「……明後日、ついに同志諸君らを苦しめていた旧支配層に一矢報いる最大の機会が訪れる。ジュビリー、女王陛下サマの即位50周年記念式典だ。世界各国の支配層が一堂に会する、この先何度あるかわからない絶好の機会だ」
「……」
「恐れることなかれ。諸君らの行動は、世界各国にいる同胞を刺激し、世界中で我々の目的を達するための起爆剤となるであろう。その使命が、天より諸君らに与えられたのだ!」
ジャクレイスはそう高らかに叫び、胸ポケットから拳銃を取り出す。
黒光りするその拳銃には、6発の銃弾が装填されていた。
その銃を彼は机の上に置き、一人の男の肩に手を置いた。
「我々はやり遂げねばなりません。その栄誉を君に託したい。いいですか?」
「……もちろん。望むところだ」
「よかったです。では獲物はわかっていますね……」
ジャクレイスはそう言い、男の方をポンポンと叩く。
その時の酒場には、異様な興奮が取り巻いており、人々は狂ったように酒をあおった。
……式典の水面下で、歴史は動こうとしているのであった。




