第20話 超大国ブリタニア
海原を護衛されながら進む装甲艦。
私はその甲板上で葉巻に火をつけ、煙をくゆらせていた。
吐き出された煙は海風に乗って流れてゆき、私はふとその流れていく煙を目で追う。
そんな私が前に目を戻すと、ヴィルヘルムはちょうど紙巻きたばこに火縄を用いて点火しているところであった。
上手く火が付くと彼は勢いよく吸い、そして細く吐き出す。
細く吐き出された煙もまた、海風に乗って流れていった。
私たちが優雅に煙草をたしなんでいる間、船はどんどんとブリタニアに近づいていた。
それもそのはず、ブリタニアとゲルマニアは海峡一つ隔てているだけでそこまで遠くはない。
私は葉巻を吸いきることもできないまま、ブリタニアのあるアルビオン島が水平線からゆっくりと姿を現す。
「陛下、本艦はブリタニアに近づきつつあります。ご準備を」
「……なんだ、先ほど火をつけたばかりなのだが」
ヴィルヘルムは少し不満そうな顔をしながら、灰皿に紙巻きたばこを押し当てた。
私も葉巻を灰皿の上に押しあてて灰をいくらか取り除き、そのまま海に投げる。
船に引火するのが何よりも怖いから、こうするのが手っ取り早いのだ。
「ヒンデンブルクよ。改めて言っておくが、君が元ガリア王妃であることは向こうの人間もよく把握している。それゆえ面倒な争いには巻き込まれないように我々とは別のルートで合流する。良いな?」
「心得ております、陛下。私も迎えに関しては用意させておりますので」
「そうか、ブリタニアにもロートシルド家の分家があるのであったな。それならば安心だ」
「ええ。では後ほど」
私は船内の自室に戻り、荷物を整える。
その後港に到着すると、私はヴィルヘルムらが降りていった後に船を降りた。
そこで待っているのは、またもや黒塗りの高級車の集まりであった。
「久しぶりだね、アリス」
「お久しぶりですわ、ライオネル叔父様」
「随分と大きくなって。いったい誰に似たのだろうね」
朗らかに笑いながらそう言う彼の名前は、ライオネル・ド・ロートシルド。
ここブリタニアに拠点を構える、ロートシルド家の分家の一つであり、父アンゼルムの従弟にあたる。
父と同じくここブリタニアのシティで銀行家を営んでおり、それに加えて庶民院の議員も行うなど、非常に多彩な活動をしていることで有名だ。
そんなライオネルと同じ自動車に乗った私は、船が付いた港町から別の町を経由して首都であるロンディニウムに向かった。
ロンディニウムについてもすぐにヴィルヘルムらと合流することはせず、数日の間はライオネルの屋敷に泊めてもらう算段になっていた。
彼個人としても私の動向は気にしていたようで、私の宿泊を快諾してくれたのだ。
世界で最も発展している国と謳われる、ブリタニアの首都ロンディニウム――。
それはルテティアともブランデンブルクとも全く異なる、壮麗な街並みであった。
そんな中を黒い高級車が、群衆をかき分けて進んでいく。
「こっちに来るのは久しぶりだろう。レオノラも君に会いたがっていた」
「レオノラ様にお会いするのも久しぶりですね。懐かしい思い出が蘇ってくるようです」
「あの頃はジュリーも一緒に……いや、何でもない。忘れてくれ」
「……構いませんよ。それが私たちがした選択なのですから」
少し気まずい空気になったが、ともかく私は彼の邸宅に足を踏み入れる。
その邸宅に踏み入れると、子供の頃に遊びに来ていた時と何も変わらない光景が広がっていた。
そしていつもと変わらず、ソファーにはライオネルの妻であるレオノラが座っている。
「いらっしゃい、アリスちゃん。随分と大きくなったわね」
「レオノラ様は変わりなくお美しいようで」
「あら、あなたに言われたくないわよ。あなたの方が何倍も美しくなっているじゃない」
軍人となったはずの私が美しい……その言葉は何とも不思議に聞こえた。
前世のように厳格な軍人として振舞おうとしても、王妃候補の時代に身に着けた所作が離れない。
アリスという新しい生が、自分に与えた影響は計り知れないものだ。
私たちはライオネルの書斎に移動し、彼に対面してソファーに腰かける。
彼が差し出してくれた葉巻を受け取り、吸い足りなかった煙を口腔にゆっくりと流しいれた。
その光景を見たライオネルは、クスクスと笑って私を見る。
「あのアリスが葉巻を吸うようになるなんてね。それに軍人になったと聞いたよ」
「まだ士官候補生の段階なので、性格には軍人ではありませんがね」
「それでも似たようなものだろう。マイアーが必死の様子で報告してきたときにはひっくり返るかと思ったぞ」
「マイアー様からですか。ゲルマニアにいるのにまだお伺いできていませんね。そのうちお会いしたいものです」
マイアー、彼もまた父の従弟でありゲルマニア系のロートシルド家の分家である。
ゲルマニアに居を構えているから会える距離ではあったが、都合がつかなかったので会うことは叶っていなかった。
随分と心配をかけてしまったようで申し訳がない。
「まあこうして無事に会えているからいいが、あまり無理はしないように。ガリアの状況はアンゼルムを通して逐次把握しているから安心するように」
「……ガリアは今、どうなっているのですか?」
「結論から言うと、より悪い方向に向かっているのは確実だ。アンゼルムが手を引いた時点で財政が好転しないことはわかりきったことだが、それに拍車をかけているのが貴族たちの散財だ。2世代前の王までは栄華を極めていた王国が培った文化が、今や自らの喉を締め付けている。革命も時間の問題だろう」
「そう……ですか。やはり時間に余裕はないのですね」
ライオネルは難しい顔をして、腕を組んで下を向く。
時間がないのもそうだが、どれほどの規模の革命が起きるのかも不透明だ。
……ブリタニアにいるこの間に、どうにか帝国の支援を取り付けることが出来ればいいのだが。




