第17話 皇帝陛下
ダイナがルーデンドルフであると判明してから数日。
私たち3人の関係は未だギクシャクしたものであり、まだ完全に回復とはいかなかった。
それは、学校中でも噂になるほどであった。
「最近、殿下の周りの空気がおかしくないか?」
「お前もそう思うか? しかもその周りにいるのは同学年最高とまで謳われたルーデンドルフ嬢と、新進気鋭のヒンデンブルク嬢だ」
「俺はヒンデンブルク嬢が殿下に連れていかれたと聞いたぞ。もしやそういう関係では――」
「そんなわけないだろう。あの二人の空気を見て、あれでも恋愛関係にある男女だと言えるのか?」
周りの兵士はあることないこと噂話をし、それが校内に広がっていく。
未来の士官といえどまだ思春期真っ只中の男子たち、その辺は年相応だ。
私はそんな彼らを呆れた目で見ながら、未だ互いを許しあっていないダイナ、もといルーデンドルフとヴィルヘルムの間に入って歩く。
ルーデンドルフもヴィルヘルムも、どちらも私を盾にしながら睨み合ったりしている。
まったく、前世ではうん十年と生きたのだからもう少し、それこそ年相応のふ振る舞いをしてほしいものだ。
そう思いながら歩き、私たちは教室に入る。
「では本日も図上演習を行う。ルールは前に説明した時と同じだ。各員新たな組み分けをもとに部屋に移動するように」
ベッカー少佐はそう言い、再び黒板に組み分けを書いた。
私はどうであろうか……どうやらルーデンドルフとは同じ組のようだ。
そしてあろうことか、ヴィルヘルムとも同じ組であった。
私たちは無言で、今回の振り分けである東軍の部屋へと移動する。
そして前回と同じく、ベッカー少佐から配られた紙に書かれた役割に目を通す。
――参謀総長、紙にはそう書かれていた。
「今回はより実際の役割に近しいように、つまるところ参謀本部の役割を追加してある。知っての通り参謀本部とは、軍全体の作戦を統括する軍の頭脳だ。諸君らの一部はこの学校を卒業後、参謀本部に行くことになる。責任は重大であるがその分実力が付く。役割を振り分けられたものは努力したまえ」
ベッカー少佐の言葉に、他の参謀本部配属の生徒らは喜びを隠せないようであった。
参謀本部は士官たちの最終目標――その一部を体験できるのだから。
そしてベッカー少佐は西軍の部屋に移動する直前、思い出したかのように言った。
「そういえば本日はヴィルヘルム1世陛下が自らご臨席あそばされる。諸君らの戦争指揮能力を推し量るとお考えだ。そのほかにも陸軍の重鎮の方々が多数お見えになる。全力を尽くすようにな」
「「「「……え?」」」」
その言葉を聞いた生徒たちは、凍り付いたように固まる。
皇帝が戦闘の様子を見るということは、どの生徒がどう兵を動かしたのか、軍の上層部が把握するということ。
それは、これからの立身出世において非常に重要になるポイントであった。
それをこの場にいるすべての生徒は理解しており、前回の演習と比べ皆目の色が変わった。
それは、未来の皇帝たるヴィルヘルムも同じであった。
自分の呪われているかのような左腕――母親に、自分が不出来ではないと証明するために必死なのだ。
「ヒンデンブルク。貴方の役割は?」
「私は参謀総長だ。ルーデンドルフ、君は?」
「私は参謀次長よ。あの時と同じね」
「そうだな――そして陛下もまた……」
私の目戦の先には、東軍の総司令官の席に座るヴィルヘルムの姿があった。
私たちはそれぞれ参謀総長と参謀次長として、それぞれ彼の横に座る。
その姿は、さながら第一次大戦時の大本営のようであった。
今度の私たちの陣営は東軍――つまり前回とは攻守が逆だ。
私たちは仮想敵国であるガリア王国を攻め落とさなければならない。
それはちょうどこの3人で、何度もやってきたことと同じであった。
「陛下、いえヴィルヘルム殿下。私は――」
「中立国経由で北方から侵攻、敵の本体を国境に留め置いている間に首都を占領する、そう言いたいのだろうヒンデンブルク? 何度君から同じ説明を聞いたと思っているんだ」
「その通りです。浸透戦術により敵の補給線を叩きつつ――」
「ルーデンドルフの戦術か。――これはあのボヘミアの伍長でも成し遂げられたことである。我々が再び集まった今、成し遂げられない理屈はない」
ヴィルヘルムはそう言い、レイキを手に取って部隊の駒を動かし始める。
シュリーフェン・プラン、前世に私たちが成し遂げることが出来なかった作戦。
しかし、やり直した今ならばできるかもしれない。
「……殿下」
「なんだね、ルーデンドルフ」
「浸透戦術は、あくまでも警備の手薄な後方を叩く戦術であり、強固な防衛線は残ったままになります。反撃を防ぐためにも、国境線の部隊と首都を攻撃する部隊で包囲できるように鉄道での輸送を考えてるべきかと」
「……そうだな。貴官の言っていることは正しい」
ルーデンドルフとの関係は修復されてないとはいえ、ヴィルヘルムも彼の優秀さを認めている。
彼はその提案を受け入れつつ、私もそこに幾分かの助言を加えた。
そして、私たちはあの時と同じように軍を、駒を動かしていく。
◇
「……ほう、これは大したものだ。アウグスト退役大将よ、貴官の見立ては間違っていなかったようだな」
「おほめにあずかり光栄でございます。しかし、何とも恐ろしい3人組です。参謀総長、次長、そして最高司令官に試しに役割を振ってみましたが、思い通り機能しているようです」
時の皇帝たるヴィルヘルム1世と、その他陸軍の高官は図上演習の戦況を見ながら感心したようにそう話す。
その中には、数々の試験を担当してきたアウグスト退役大将もいた。
今回の図上演習もその役割分担も、彼が決めたことであった。
「それにあのアリスという新人、まさかロートシルド家の人間だったとはな……少し話してみたいものだ」
ヴィルヘルム1世はそう言いながら、ご自慢のひげを撫でる。
その言葉を聞いた周りの高官たちは、その言葉の真意をくみ取る。
皇帝はアリスに興味がある――つまり目に留まったということを。




